
リージョナルフィッシュ㈱を創業した梅川忠典社長は、「水産業」こそが、これからの日本を支える産業だと言う。コンサルティング会社や投資ファンドでキャリアを積んできた梅川氏は、なぜ水産業に着目したのか。話を聞いた。(取材・構成:川端隆人、写真撮影:丸矢ゆういち)
※本稿は、『THE21』2026年5月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
――もともと水産業に興味があったのでしょうか?
【梅川】そういうわけではないんです。僕は、日本の経済が豊かになることに、自分の人生を使いたいと思っています。私たちがこれだけ豊かな生活を送れているのも、病気の子どもたちが命を落とすことが少ないのも、日本が先進国だからです。
そして、この国が先進国でいられるのは、強い日本企業があってこそだと考えています。就職でコンサルやファンドを選んだのも、日本の会社を強くしたいという想いからでした。
では、10年後、20年後に、どんな産業がこの国を支えるのだろうか。よく「日本は、技術は優れているけれど、経営で負けている」と言われますよね。しかし、技術においても、ほとんどの分野ですでに日本は負けていると、前職で感じました。
日本はどんな産業でなら世界に勝てるかを考えると、答えの一つが食でした。中でも魚は世界で一番うまい。世界最強のプロダクトを持っているのだから、世界で戦える産業になると考えたのです。
日本の水産業は、日本人の魚食離れに加えて、人口減も相まって、右肩下がりです。しかし、世界を見ると、水産物の市場は拡大しています。日本の水産業は、まだ海外の需要を取り込めていないのです。
――日本の魚は世界一うまいのですか?
【梅川】世界中を泳ぎ回っている魚は、世界のどこで獲っても同じ魚かもしれませんが、神経締めや血抜きをはじめ、加工、冷凍、輸送の技術、さらには調理まで含めた職人技が、日本は優れているんです。
そのうえに、魚を品種改良して、生産体制も整えたら、輸出産業として世界で戦える。そう考え、そのための技術を求めて品種改良加速技術(ゲノム編集技術)に出会ったところから、当社はスタートしました。
――品種改良加速技術とは、どのような技術なのでしょうか?
【梅川】農業の1万年の歴史は、品種改良の歴史でした。例えば、バナナは種がありませんよね。けれども、野生種には種があります。品種改良によって、種のないバナナが生まれたのです。私たちが食べている野菜や果物、穀物などは、すべて品種改良によって生まれたと言っていいでしょう。
家畜も同様です。品種改良によって、鶏も豚も成長速度が大幅に速くなり、乳牛から採れる牛乳の量も格段に増えました。農産物の品種改良は、突然変異によって生まれた個体を選び出して、掛け合わせることで、長い時間をかけて行なわれてきました。
一方、水産物の完全養殖は、わずか50年ほどの歴史しかありません。ですから、品種改良が進んでいないのです。当社が使用している品種改良加速技術は、ゲノム編集技術のうち「欠失型」と呼ばれるもので、狙った遺伝子をピンポイントで切るものです。別の遺伝子を組み込むことはしません。
これによって、農産物では長い時間をかけて行なってきた品種改良を、短い時間で行なうことができます。地魚というものがありますが、例えば「大間のマグロ」は水揚げ地が大間だということであって、品種ではありません。
当社は、品種改良加速技術を含めて、様々な品種改良手法を組み合わせることによって、それぞれの地域に根差した品種、従来の地魚であるローカルフィッシュを超えたリージョナルフィッシュを生み出す。これが社名に込めた想いです。
――地域に根差した魚とは?
【梅川】養殖でも外気温の影響を受けますから、例えば、暖かい海域に生息するエビを北海道で育てるのは非効率です。水質の影響などもあります。
また、食文化も重要な要素です。例えば、九州の魚食文化では鮮度を重視します。刺し身にしたときに「角が立つ」のがいい魚とされるのです。タンパク質が分解されてアミノ酸になると生まれる旨味は少ないので、甘い醤油につけて食べるのです。
これに対して、江戸前の寿司は、「漬け」にしたり「昆布締め」にしたりと、熟成を重視します。こうした文化があるので、九州では筋肉質で身にハリのある魚に品種改良し、関東では旨味の強い魚に品種改良する、といったことも考えられます。
今後、海外にビジネスを広げていくうえでも、地域による好みの差などに合わせていくことになります。
――世界の水産物の消費量が増えると、資源の枯渇も懸念されます。
【梅川】天然の水産物の漁獲を増やせば、それだけ自然界の資源にダメージを与えることになり、魚食の持続可能性が脅かされます。
一方、我々は「イノシシが獲れない」といって困ることはありませんよね。イノシシは品種改良によって豚になっていて、需要に応えるのは家畜の豚になっているからです。
水産物の未来も、人間が消費するものはほぼすべて人間が養殖したものになるでしょう。天然でしか獲れない魚介類は「ジビエ」という位置づけになるのではないでしょうか。
魚を卵から孵化させて育て、また卵を生ませる完全養殖の技術で、日本は世界のトップを走っています。ウナギやマグロの完全養殖に世界で初めて成功したのも日本です。魚は、水流や水質の影響を受けやすかったり、餌がよくわかっていなかったりと、養殖が複雑で面倒、手間がかかる生き物です。そこに対応できる職人技があるのが、日本なんです。
僕は、日本の産業の得意分野は「面倒くさいこと」だと思っています。標準化しづらい、面倒くさいことを好き好んでやるのが日本人の強みです。日本が誇る養殖技術を持つ近畿大学や京都大学と組むことで、当社は現在までに、マダイやヒラメなどの魚類と、エビやイカなどの無脊椎動物を合わせて、20種ほどの養殖を行なえるようになっています。
――販路はどのようにして開拓しているのですか?
【梅川】僕たちは、基本的に稚魚までしか育てません。それを養殖事業者に売って、大きく育ててもらって、市場に出ていくという形です。
養殖の拠点は、大企業と合弁を組んで展開していきます。すでにNTTと合弁会社(NTTグリーン&フード)を設立しています。リージョナルフィッシュを作るわけですから、NTTのように全国津々浦々に拠点を持っていて、それぞれの地域を盛り上げたいという価値観を共有できる会社と進めていくべきだと考えているからです。
漁港の周りには、水産物の加工業者もいれば、発泡スチロールを扱う業者も氷を扱う業者もいて、水産業のバリューチェーンが揃っています。そこに養殖プラントを作れば、地域のみんなが喜んでくれるでしょう。そんな事業ができたらいいなと思っています。
――今後の目標や展望を教えてください。
【梅川】2030年には、日本で養殖されている魚のうち、回遊性がないものについては、おおむね品種改良がされているようにすること。かつ、売上の海外比率が30%ほどになっていること。そんな予測を立てながら動いています。
無毒のフグも研究しているところなので、いつか、毒がない、安心して食べられるフグの肝と出会ったら、当社のことを思い出していただけると嬉しいですね。
更新:03月29日 00:05