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「32歳のホリエモン」が本気で泣いた日...重鎮・亀井静香に挑んだ伝説の衆院選、その知られざる真相

藤田晋(サイバーエージェント会長)、堀江貴文(実業家)

「心を鍛える」

「ホリエモン」こと堀江貴文氏が、かつて国政に打って出たことを知っているだろうか。出馬の理由と、政治挑戦で得た“視点の変化”を振り返った。

※本稿は、藤田晋、堀江貴文 共著『心を鍛える』(角川文庫)から一部抜粋・編集したものです。

 

堀江貴文:老害や旧勢力には抵抗していい

先の球団買収騒動に続いて、同じく旧態依然の世界に飛び込もうとしたときの話をしてみよう。衆議院選挙に立候補したときの話である。

僕自身は、それまで政治の〝門外漢〞だった。政治家の二世でもなければ、地方選挙に出たこともない。でも、外にいるからこそ、よく見えることだってあるだろう。

また、「おかしいんじゃないの」という思いを抱きつつも行動しないなんて、ストレスがたまる一方だ。精神衛生上よろしくない。もちろん「おかしい」と声を上げるからには、それなりの具体策を提示するのは最低限のルールだが......。

「政治家として日本を変える」、そんな情熱に駆られていた頃の話をしよう。

2005年。32歳の僕は、当時の小泉純郎首相の演説を聞いて感動していた。
「郵政民営化をして数十万人の公務員を一気に減らす」というアイデアにしびれた。

しかし小泉氏は、首相として2期目。もし郵政民営化を成し遂げたら辞めてしまうのではないか、と危惧した。彼の構造改革路線を引き継ぐ人が誰もいないような気がしたのである。

「僕が首相になって小泉首相の跡を継ぐしかない」

本気でそう思い、同年8月に出馬を決めた。選挙に出るために、会社の実務は宮内さんたち経営陣に任せた。そして僕は、どこから立候補をするのか検討を始めた。

小泉さんの後継者を目指していたので、まず自民党に連絡してみたところ、武部勤幹事長と二階俊博総務局長(ともに当時)と面談することになった。出馬への思いを説明すると、話はトントン拍子に進んだ。しかし「公認が欲しい」と要請すると難色を示された。

そこで、当時小泉首相の秘書官だった飯島勲さんと面会した。

飯島さんには「自民党の公認を与えるための条件がある」と言われた。まず「ライブドアの社長を辞めろ」というのである。確かに当選したら、今までのようには働けなくなるかもしれない。でも僕が社長を辞したら、何かあったときに株主らに対して責任が取れなくなるではないか......。結局、押し問答の末、「無所属として出馬し、当選したら公認をもらえる」ことになった。

驚いたのは、自民党のエラい人たちの頭の固さだ。「構造改革を推し進めるべく政治家になりたい」といくら説明しても、理解してもらえない。また、「一企業の社長を辞めろ」と要求してくる点も相当おかしい(笑)。

きっと「経営者なんてすぐ辞められるけれども、国会議員は特別な存在」という特権意識があるのだろう。つまり、政治の世界も「老害」的な世界なのだ。

そんな「老害」の集積である日本を根本的に変えるため、僕は具体的な改革案をたくさん考えていた。

国家のシステムを徹底的に解体してコンパクトにすること。
公務員を大幅に削減すること。
自治体を合併させて広域化をはかること。

自治体が合併することで、職員の数も削減できる。そもそもIT技術が進歩しているから、多くの定型作業はネット化・自動化できるはず。昔と同じ数の人員なんて必要ないはずだ。

さらには、県を「道州制」で廃止すること。そうすれば「広域市」と「道州」のみになり、職員を大幅に減らせる。また、自治体業務はどんどん民営化すればいい。

下部組織の天下り団体も、整理して株式会社などに再編する。
「任意契約」は原則廃止して「完全入札制」にする。

国の機関も同じ。各省庁から必要のない業務を減らして民営化すればいい。その象徴が「郵政民営化」だったはずだろう。特殊法人なども株式を順次売り出して、すべて民営化。政府系金融機関なども同じで、つぶすべき企業はさっさとつぶして延命させないほうが世のためだ......。紙幅に限りがあるので、ここらへんにしておこう。

そして僕は、広島6区から出馬することになった。元自民党の重鎮、亀井静香さんの地盤が強固すぎて、「自民党が対立候補を立てても歯が立たない」と思われていた選挙区だ。空いている選挙区として紹介された大都市の中から選ばせてもらった。

ライバルとなる亀井さんが「郵政民営化反対の急先鋒」であり、ここで倒しておくべきという計算も働いた。彼に勝てば、選挙に強いというイメージもできるはず。

〝旧態依然とした政治家〟対〝堀江貴文〟という、わかりやすい図式ではないか。これまでのプロ野球参入やニッポン放送買収が、単なる〝ビジネス〞という枠組みを超えた世代間抗争に発展したように、ここでもやはり僕は、旧世代の権力の象徴と戦うことになったのだ。

亀井さんが相手というだけで、「分が悪い」「ほかの選挙区を選べなかったのか」という指摘が相次いだ。でも僕としては「亀井さんをつぶさなければ、せっかく走り出した構造改革が元に戻される」と思っていた。傲慢に聞こえるかもしれないが、「亀井さんと戦い、彼に勝ち、引導を渡すのが自分の使命」とすら捉えていた。

選挙戦は1ヶ月に及んだ。地元の熱狂ぶりは、すさまじかった。

当時は朝から晩まで選挙区を回り、分刻みで演説を繰り返していた。握手やサイン、記念撮影の求めに応じ続けた。インターネットでの選挙活動が禁じられていた時代、とにかく体力勝負のドブ板選挙活動だった。どこに行っても多くの人たちが手を振ってくれた。

僕も腕がちぎれるかと思うほど手を振り返した。季節は折しも真夏。炎天下、汗でドロドロになりながら走り回った。祭りのように盛り上がった。

9月11日。亀井さんの当選確実のニュースが流れた。亀井さんが11万票、僕は8万4000票を獲得した。「大善戦」と称してくれる人もいたが、負けは負けだ。

「力及ばず、すみませんでした。そして、ここまでありがとうございました」
挨拶をしながら、悔し涙が流れた。

投票率は全国1位の約79%。それほど有権者の注目を集めた戦いだったようだ。

また、出馬の経験は、僕の視点を大きく変えてくれた。出馬当時は「この国のシステムを変えたい」と考えていた。でも、選挙区を駆け回り、多くの人たちに接するうちに、「僕が変えたいのは、今を生きている人たちの暮らしそのもの」だと気づけた。

杖をつきながら演説を聞いてくれたご老人、子どもの手を引きながら握手を求めてくれたお母さん......。僕は僕の仕事で、彼らの人生に関わっていけるはず。多くの人たちの生活を、より便利で楽しいものに変えていけると今でも信じている。

皆に「立候補せよ」と言いたいわけではない。新旧対立の構図はどこにでもある。黙って古い勢力に従うだけが能じゃないだろう。従うだけではストレスでつぶされかねない。失敗してもいい。行動を起こせば、新たな地平が見えてくるだろう。

プロフィール

藤田晋(ふじた・すすむ)

サイバーエージェント会長

1973年、福井県生まれ。サイバーエージェントを1998年に創業し、2000年に史上最年少社長(当時)として東証マザーズに上場。「21世紀を代表する会社を創る」をビジョンにABEMA、インターネット広告、スマートフォンゲームなど革新的なビジネスを数多く手掛ける。2025年12月、サイバーエージェント社長を退き代表取締役会長に就任。『勝負眼』、『渋谷ではたらく社長の告白』『起業家』など著者多数。

堀江貴文(ほりえ・たかふみ)

実業家

1972年、福岡県生まれ。SNSグループファウンダー。ライブドア元代表取締役CEO。ロケットエンジンの開発やスマホアプリのプロデュースのほか、予防医療普及協会理事を務めるなど幅広い分野で活動中。会員制サロン「堀江貴文イノベーション大学(HIU)」では多彩なプロジェクトを展開し、2024年には「ホリエモンAI学校」を設立。『ゼロ』『本音で生きる』『多動力』など著書多数。

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