2026年03月17日 公開

「部下からの挨拶が目に見えて減った」「役職定年で収入が激減した」ーー55歳前後になると社内での立ち位置や待遇が激変し、心身のバランスを崩してしまう人が少なくない。事実、50代以降の気分障害患者数は、全体の過半数を占めるというデータも。元外務省主任分析官で、作家、評論家として活躍する佐藤優は、「時間の質の変化」をしっかり見極めるべきと説く。本記事では「残りの時間」を豊かに楽しく、有意義に生きるため、必要な考え方を提案する。
※本稿は、佐藤優著『残された時間の使い方』(クロスメディア・パブリッシング)より一部抜粋・編集したものです。
私は長い人生の時間を俯瞰して見た時、45歳くらいから時間の質が変わるように考えます。簡単にいうと、45歳までは「足し算の時間」がベースで、45歳以降は「引き算の時間」がベースになります。
45歳までは自分の中にいろんなものを吸収し、ため込んでいく時間です。45歳からは、持っているものを増やすというより、有効に使っていくというイメージが強いので、「引き算の時間」という表現になります。
45歳からは引き算をベースにした時間が増えていく──。そう言うと、なんだか暗い話のように聞こえます。しかしそれは間違いです。
仮に45歳までの足し算の時間に、目的意識を持って有効な時間を使っていれば、当然ながら知識や経験などが増えていきます。
豊かな蓄積があれば、そのソースを使って残りの人生をより豊かに、かつ楽しく生きることができるようになります。
引き算の時間とは、言い換えれば応用の時間でもあります。
全く新しい仕事や業種に挑戦することはリスクが高く、避けるべきだと思います。
ただし、これまでの仕事の延長上であれば、思い切って転職や起業するのもありでしょう。
営業の仕事をしていたならば、その知見と経験を活かして自分なりの話し方や説得の仕方の理論をまとめることもできるかもしれません。それを自身のホームページで紹介することも可能でしょう。
あるいは金融関係に勤めていたら、その知識を利用してファイナンシャルプランナーやコンサルタント業などを副業でやったり、個人事業主となって独立するということもあり得ます。
そう考えると、実は人生の大きな転換や展開があるのは、むしろ引き算の時間ということになります。
引き算の時間は、「完成の時間」でもあります。
残りの人生を展開する中で、最終的に自分の人生をどう締めくくるのか。どんな完成形を描き、それに向かってどのように残りの時間を使っていくか。
その意味では、引き算の時間は足し算の時間以上に、クリエイティブかつ有意義な時間であるということができると思います。
それを可能にするのは、ひとえに足し算の時間にどれだけたくさんのものを蓄積することができたかにかかっています。
人生の「足し算の時間」と「引き算の時間」の本質をしっかりと見極めていないと、余計なストレスや不安に苛まれる危険があります。
とくに役職定年以降は、社内での役割や扱いが大きく変わります。
その時に、これまでの足し算の時間と同じ意識で臨んでいると、様々なズレや障害が起きてきます。
例えば、これまで部下の方から「おはようございます」とあいさつをしてきたのに、それが急に少なく感じられる。それまで部下からいろいろ相談されたのに、それがぱったりと止んでしまう......。
役職や肩書がはずれ、部下からすればもう自分の上司でもないわけですから、多少の変化があるのは当然と言えば当然です。しかし、これまでとは違う部下らの反応に、受け取る側からするとショックに感じてしまうわけです。
人によってはどんどんマイナス思考だったり、被害妄想的になり、普段ならスルーしてしまうような周囲の言動に過剰に反応してしまうでしょう。
自分が若い頃を思い出してみれば、役職を外れた上司に対して悪気はなくてもどうしても注意や関心が薄くなってしまうということがあったはずです。ところがいざ自分がその立場になると、過去の自分を忘れてしまうのです。
あとは、どんどん減っていく収入に関しても不安が沸き起こります。
55歳前後で役職を外れることで、まず収入が減少します。その後、定年で雇用継続となるとさらに減少します。人によっては半分以下や3分の1以下にまで減ってしまうでしょう。
すると自己肯定感が一気に下がり、自信を失ってしまうし、収入減の不安感からますます気持ちがふさぎ込み、不安定になってしまいます。
55歳以降から65歳までの大きな課題は、「うつ」にならないようにすることです。
厚生労働省の調べによると、うつ病や躁うつ病などの気分障害の総患者数は、2000年以降増加傾向にあり、23年は159万3000人となっています。うち、50歳代以降は93万6000人と過半数を占めています。
それまで一生懸命に仕事をしてきて、それなりに認められ、成果を上げてきたという自負があればこそ、役職定年以降の環境や待遇の急な変化に戸惑ってしまう人が少なくありません。
そこで昔の自分や環境に執着していたら、現実とのギャップに対してストレスや不安が大きくなるばかりです。
45歳を過ぎたら、時間の質が変わるということを認識することが大事です。足し算の時間から引き算の時間に変わったことを意識するのです。
そして引き算の時間にふさわしい生き方をするということが大切になります。
2025年4月1日より、すべての企業が以下のいずれかの措置を取ることが義務化されました。
・65歳までの定年引上げ
・定年制の廃止
・65歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
厚生労働省の令和6年度「高年齢者雇用状況等報告」によると、定年制の廃止を決める企業は全体の3.9%と少なく、多くは3つ目の65歳までの継続雇用制度の導入を選び、全体の67.4%を占めています。
さらに同調査によると、雇用継続制度適用の年齢に到達した人のうち、92.5%が雇用継続となっていることがわかりました。
何歳まで会社で働くのか、定年後は完全に引退するのか、それとも何らかの仕事を続けるのか......。判断は人それぞれでしょう。
いずれにしても大事なことは、定年を悲観的に捉えないことだと思います。むしろ定年をいい区切りとして捉え、チャンスとして考えるのです。
先ほどもお話ししたように、これまで積み上げてきた自分のキャリアを利用して、新たな仕事を始めるのも手でしょう。
もっとも理想的なのは、これまで働いてきた会社とのかかわりを続け、業務委託的に仕事を請け負うことだと考えます。
正社員やアルバイト、パートというのは、企業との間に雇用契約を結んで仕事をします。雇用契約を結べば、雇い主と従業員というある種の主従関係が生じます。仕事の仕方や時間配分、様々なことに関して、会社が被雇用者に指示を出すことができます。社則などはその典型でしょう。
それに対して、委託契約はあくまで対等の契約であり、契約した業務や成果物を仕上げることで報酬を得るという形になります。ですから、就業時間だとか仕事の仕方に関して、会社側が指示を出すことはできません。
定年後はもちろんですが、場合によってはその前の雇用継続期間中でもいったん会社を辞めて、業務委託契約を結んで仕事をするというのは一つの方法だと思います。
これまで仕事を続けてきた会社の仕事ですから、勝手がよくわかっています。
しかも会社からしたら、安いお金で仕事をアウトソーシングできるメリットがあります。
自分の元の会社だけでなく、さらに他の会社とも契約を結んで大きく仕事をしたいということなら、個人事業主として登録するのもいいでしょう。あるいはやる気があり、資本金などの余裕もあって、さらに事業を伸ばしていきたい場合は法人化することも選択肢に入ります。
いずれにしても定年をマイナスに捉えるのではなく、人生の次の舞台へ移行するための区切りやきっかけとして捉えてみるのです。
そのためには、「足し算の時間」と「引き算の時間」を意識し、早めに人生設計を固めることが大事になります。
更新:03月17日 00:05