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ドラクエ3が名作である理由 当時のゲーム少年が語る「ラーミアに乗った瞬間の感動」

2026年05月25日 公開
2026年05月25日 更新

ジャンクマン(ゲーム配信者)

ジャンクマンのレトロゲーム1000本ノック
イラスト:ジャンクマン

Twitchを中心に活躍するゲーム配信者、ジャンクマンさん。

「レトロゲーム1000本ノック」という壮大な挑戦を掲げ、膨大な数のタイトルを遊び尽くしてきた、筋金入りのゲーム愛好家としても知られています。本連載では、そんなジャンクマンさんに、今なお色褪せない名作の数々をたっぷりと語っていただきます。

第3回となる今回は、ジャンクマンさんのゲーム遍歴の原点ともいえる「ファミコン」時代にフォーカスします。『ドラゴンクエストIII』の魅力、そしてその成功を支えた偉大なクリエイターの功績について語ってもらいました。

 

初めて得た「冒険している!」という感覚

――ジャンクマンさんが最初に手にしたハードは何だったのでしょうか?

ジャンクマン:最初はファミコンでした。ただ、購入したのは1989年頃だったんです。1983年発売のハードですから、世間ではもうスーパーファミコンへの移行期に入っていた頃ですね。うちの母親がゲーム嫌いで、「勉強しなくなる」なんて言われてなかなか買ってもらえなくて(笑)。小3の誕生日にようやく手に入れたのですが、翌年にはもうスーファミが出ましたから、ファミコン末期にようやく遊ぶことができたんです。

正直なところ、ファミコンとスーファミではグラフィックもサウンドもだいぶ違いましたから、少し古さを感じながらプレイしていました。友人からも「まだファミコンやってんの?」なんて言われて劣等感を感じることもありましたが......それでも、ファミコンで遊ぶのは楽しかったですね。

――その当時、特に夢中になったタイトルはありますか?

ジャンクマン:何といっても『ドラゴンクエスト』シリーズですね。当時の子どもたちは大体みんな通ってきた道というか、これでRPGというジャンルを知るような時代でした。中でも一番思い入れがあるのは『ドラゴンクエストIII』です。

ドラクエはファミコンで4作まで出ていましたが、シリーズを重ねるごとにどんどん洗練されていって。僕自身、『I』や『II』もプレイしていましたが、面白かったけれど、どこかハマりきれない部分があったんです。難しかったですし。ところが『III』になって、初めて「冒険している!」という感覚になったんです。機械の向こう側に広がる世界へ、自分が入り込んで冒険しているんだ、という強い没入感。あれは『III』が初めてでした。

 

「世界が広がった」不死鳥ラーミアの衝撃

――『I』『II』と比べて、特に何が違ったのでしょうか。

ジャンクマン: 世界の広がり方ですね。『I』や『II』は、自分の中ではまだどこかこじんまりとした世界という印象でしたが、『III』は今でいうオープンワールドゲームのような感覚でした。マップの範囲がとにかく広くて、それまでのゲームにはなかった自由を感じました。

特に忘れられないのが「ラーミア」という不死鳥が登場するシーンです。ラーミアに乗ると、海を越えて世界中のどこへでも行けるようになる。その瞬間に、視界がぶわっと広がって感動したんです。子供ながらに「飛行機に乗って旅をしているんだ」という感覚で、のめり込むことができました。世界の広がりを感じたという点で、ファミコンで一番印象に残っているゲームです。

――当時の熱狂ぶりは凄かったと聞いています。

ジャンクマン:そうですね。発売自体は88年で、僕が遊んだのは89年だったのでリアルタイムではなかったのですが、当時のニュースを見ても凄まじい大ブームでした。おもちゃ屋さんの前に大人も子供もずらりと行列を作っていて。当時、ドラクエの『I』や『II』でファンになっていた層が『III』で結集し、社会現象にまでなったのだと思います。

 

鳥山明という偉大なクリエイター

――当時のドラクエブームには、キャラクターデザインを務めた鳥山明先生の存在も大きかったのでしょうか。

ジャンクマン:それは間違いなく大きいと思います。当時、鳥山先生は『Dr.スランプ』を経て、84年から始まった『ドラゴンボール』の連載で人気を不動のものにしていました。そんな世界的な作家がキャラクターデザインを手がけたからこそ、あれだけキャッチーな作品になって、人気が出たのだと個人的には確信しています。

当時の子供たちは、ゲーム雑誌だけでなく『週刊少年ジャンプ』でドラクエの情報を得ていました。いつも読んでいるジャンプで情報を知ったことで、より一層「ドラクエをやってみたい」という気持ちになったんじゃないでしょうか。『ドラゴンボール』ファンの子たちも、「鳥山先生が手がけているなら」と興味を持ってゲームに触れたケースも多かったはずです。

何より、モンスターのデザインが秀逸でしたね。本来であれば怖い存在であるはずのモンスターたちを、2〜3頭身のポップで、かわいらしくも格好いいキャラクターに仕上げてくれた。その「絶妙なバランス」こそが、ドラクエを大衆へ広めた一番の要因だと感じます。

 

(取材・文:THE21オンライン編集部)

プロフィール

ジャンクマン

ゲーム配信者

名前の由来は、1982年公開のカーアクション映画『ジャンクマン』。
レトロゲームから最新タイトルまで、迷作も神ゲーも全力で遊び尽くすゲーム配信者。ジャンルも時代も問わない守備範囲の広さが自慢。週5〜6日、19:00〜24:00まで配信中。
Twitch:https://www.twitch.tv/junkman_5555

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