2026年04月18日 公開

福岡ソフトバンクホークスのメンタルパフォーマンスコーチとして、チームの優勝・日本一に貢献した伴元裕氏。氏が実際に目にした、トップアスリートの集中の技術について解説してもらった。
※本稿は、伴元裕著『集中力革命 ブレても力を発揮するメンタルの技術』(Gakken)より一部抜粋・編集したものです。
「来た球を打つだけ」――。
柳田悠岐選手は、よくそう表現します。すごい選手ほど、最初から何も考えずにプレーしているように見えるかもしれません。注意が逸れても、無意識のうちに自然と戻せている。そんな印象を受ける人も多いでしょう。ただ、本人に話を聞くと、必ずしもそうではありません。
柳田選手も、若い頃は自分が反応できるゾーンを意識的に絞り、その範囲に来た球だけ、反応しようとしていたと言います。結果を考えないようにするため、というよりも、反応できる場所を限定することで、注意が散らないようにしていたのでしょう。
その積み重ねの中で、反応できる範囲が少しずつ広がっていきました。今は「来た球を打つだけ」と感じられる状態ですが、それはゾーンを意識しなくなった、という意味ではありません。調子が悪いときには、あらためてゾーンを絞ります。
つまり、意識的に注意を戻そうとする段階に、必要に応じて戻しているのです。これは打撃技術の話のように聞こえるかもしれません。しかし実際には、「どこに注意を戻すか」という集中の設計の話でもあります。
このエピソードは、集中とは「あるかないか」で決まるものではないということを教えてくれます。集中とは技術であり、一気に身につくものではないのです。
注意が逸れたとき、その戻り先がわかっていても、実際の場面では、いつもそこに戻れるとは限りません。頭ではわかっているのに、うまく戻れない。むしろ、戻ろうとするほど注意が散っていく。そんな経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。
実際の現場を見ていると、集中の技術には、いくつかの段階があるように見えます。ここからは、その違いを整理していきます。
最初の段階は、自分にとっての「戻り先」がどこにあったのかに気づく段階です。あとから振り返ってみると、その場では「何もできなかった」と感じていても、時間の流れは完全には途切れていなかった、あるいは身体のどこかにかすかな感覚が残っていたなど、注意のすべてが失われていたわけではなかったことに少しずつ気づき始めます。
この段階では、何かを立て直した感覚はありません。それでも、完全に崩れていたと思っていた状況の中に、次につながる手がかりが残っていたことに気づき始めます。
次に見られるのが、注意がズレたときに、意識的に戻り先へ戻そうとする段階です。どこかに戻れる場所があるとわかってくると、人は自然と、そこに注意を戻そうとします。視線を戻そうとする、リズムを整えようとするなど、頭の中では「今はここに注意を戻すべきだ」という理解がはっきりしています。
ただ、この段階では、思った通りに戻れないことも多くあります。戻そうとした瞬間に、「本当にこれでいいのか」「まだズレているのではないか」と確認が入り、注意が再び忙しくなる。戻れないこと自体が問題なのではなく、戻そうとする操作に意識が向きすぎることで、注意が散りやすくなる段階でもあります。
さらに、注意を「戻そう」とする操作そのものが、あまり意識にのぼらなくなる段階があります。ズレたことに気づいても、それを問題として扱わず、評価や確認を挟まずに、出来事の流れにそのまま注意が向き続ける時間が増えていきます。
この場合、注意は特定の戻り先に引き戻されるというより、行動や出来事と同調したまま動いていきます。ここでは、「集中している」という感覚すら、あまりはっきりしません。ただ、行動が途切れず続いている。あとから振り返ったときに、「あの場面は、何も考えていなかった」という言葉が出てくるような状況です。
これらの段階は、一度到達したら、そこから先に進む一方というものではありません。先ほど触れたように、柳田選手でさえ調子が悪いと感じたときは、意図的にゾーンを絞るなど、意識的に注意を特定の戻り先に向けようとする段階に戻ることもあります。
この整理が意味を持つのは、「わかっていても戻れなかった」という経験の捉え方が変わる点にあります。戻れなかったことは、失敗でも、集中力の欠如でもありません。そのときも、戻す技術を育てている過程にいただけなのです。
更新:04月18日 00:05