2026年04月13日 公開

福岡ソフトバンクホークスのメンタルパフォーマンスコーチとして、チームの優勝・日本一に貢献した伴元裕氏。アスリートに限らず、誰しもが頭を悩ませる「緊張」とどう向き合うべきか。プロの目線で解説してもらった。
※本稿は、伴元裕著『集中力革命 ブレても力を発揮するメンタルの技術』(Gakken)より一部抜粋・編集したものです。
大事な場面を前にして、頭の中でこんな言葉を繰り返した経験はないでしょうか。
「緊張するな」「不安になるな」「余計なことを考えるな」
スポーツでも仕事でもプレゼンでも、自分を整えようとして、こうした言葉を自分にかけるほど、胸の奥がざわつき、呼吸が浅くなり、かえって余裕がなくなっていく。そんな感覚を味わったことがある人は、決して少なくないはずです。
私たちはこれまで、「冷静に考えられればうまくいく」「不安を抑えられれば結果につながる」と教わってきました。その努力自体が間違っていたわけではありません。ところが、実際の心理学の分野では、以前からこんな逆説が知られています。
「考えないようにしよう」と思った時点で、私たちはすでに、そのことについて考えている――。
「今は緊張してはいけない」と意識した瞬間、頭の中にはまず「緊張」という言葉や感覚が浮かんでいます。「不安になるな」「ネガティブなことは考えるな」と自分に言い聞かせるほど、私たちは無意識のうちに、不安やネガティブな考えを何度も確認することになるのです。結果として、それらはかえって存在感を強めていきます。
これは、スポーツの場面でもよく起こります。たとえばゴルフで、右側に池があるホールに立ったときのことを想像してみてください。池が視界に入った瞬間、「あそこだけは避けたい」「池には入れないようにしよう」と頭の中で言い聞かせます。
すると、意識の中では、避けたいはずの池のイメージを、知らないうちに何度もなぞることになります。その結果として、実際には池に入る確率が高まっていく。そんな経験に、心当たりがある人もいるかもしれません。
この性質を、春季キャンプの中でホークスの選手たちにも体験してもらったことがあります。まず、ある写真を見せました。黄色いジープが写っています。形も色もはっきりした、少し目を引く車を、数秒間しっかり見てもらいました。そのあと、こう伝えます。
「これから1分間、黄色いジープのことを一切考えないでください」
1分が経過したあとに聞いてみると、試してもらった60人ほどの選手の中で、本当に一度も思い出さなかったと言えたのは、数名だけでした。多くの選手が、「ダメだと思った瞬間に浮かんできた」「消そうとしたら、逆に頭に残った」と口を揃えていました。これまで、黄色いジープのことなど、特別に考えたことがなかったにもかかわらずです。
ゴルフの池の例も、黄色いジープの実験も、起きていることは同じです。考えないようにしよう、避けようとしようとした対象に、注意が強く向いてしまう。その結果として、頭の中では何度もそのイメージが再生され、現実の行動にも影響を及ぼしてしまう。これは、意志が弱いからでも、メンタルが弱いからでもありません。人の心に備わっている、ごく自然な反応です。
これまで見てきたように、感情は出来事そのものから直接生まれているわけではありません。出来事と感情の間には、注意や捉え方といった段階があります。「考えないようにする」というアプローチは、その対象にかえって強く注意を向けてしまいます。だからこそ、良かれと思ってやっていることが、うまくいかない場面が生まれてしまうのです。
では、どうすればいいのでしょうか。考えないようにするのではなく、無理に前向きに捉え直すのでもありません。大事な場面で力を発揮するためには、これまでとは少し違う視点が必要になります。
これまで見てきたように、「考えないようにしよう」とするほど、かえってその対象が頭から離れなくなる、という逆説があります。
緊張するな、余計なことを考えるなと自分に言い聞かせた瞬間、私たちはすでに、その対象を意識の中心に置いてしまっている。これは人の注意が持っている、ごく自然な性質です。
また、スポーツの現場では、こんな声かけもよく交わされます。
「自信を持っていけ」「ミスを気にするな」「楽しめ」
これらの言葉が、選手を楽にすることも確かにあります。しかし同時に、こうした言葉が、思いがけず別の反応を引き起こす場面もあります。
自信を持とうとした瞬間に、ふと「今の自分は本当に自信を持てているだろうか」と浮かんでしまう。あるいは、楽しもうとしたはずなのに、「楽しめていない自分」に気づいてしまう。そんな経験に、心当たりがある人もいるかもしれません。
どちらの例でも起きているのは、捉え方をコントロールしようとしたときに、かえって考えたくなかった思考が浮かんでくるという現象です。
考えないようにしようとすると、そのことを考えてしまう。自信を持とうとすると、本当に持てているかを意識してしまう。良かれと思って行っているはずの試みが、意図とは別の方向へ注意を動かしてしまう。ここでは、まずその構造がある、という点を押さえておきましょう。
不安や緊張そのものが悪いわけではありません。それらは、本気で取り組んでいるときに、自然に起こる反応です。大切なのは、その中身をどうにかしようとすることよりも、そのとき注意がどこに向いているかです。
私たちの内側では、出来事があり、そこに注意が向き、その先で捉え方が生まれ、感情が立ち上がり、行動へとつながっていく流れがあります。
「考えないようにする」「整えようとする」という試みは、この流れの途中で、注意の向きに影響を及ぼしやすくします。その結果として、注意が当初とは違うところへ向いてしまうことがあるのです。
このように、注意は私たちが思っている以上に揺れ動きます。良かれと思って行ったことが、意図とは別の方向へ注意を動かしてしまうこともあります。不安や緊張、浮かんでくる思考そのものが問題なのではありません。大切なのは、「今自分の注意がどこに向いているのか」という点なのです。
更新:04月17日 00:05