2026年01月14日 公開

4歳でサッカーを始め、プロサッカー選手を経て、1998年から指導者の道を歩み始めた曺貴裁氏。2021年に京都サンガ監督に就任し、就任1年目で、12年間J2で低迷していた京都サンガのJ1昇格を成し遂げた。その指導者としての哲学と、リーダーに求められる条件を聞いた。(取材・構成:三枡 慶 写真撮影:五十嵐邦之)
※本稿は、『THE21』2026年2月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
――2021年、長く低迷していたチームを立て直し、就任1年目でJ1昇格を果たされました。監督の何がチームを変えたのでしょう?
曺 サッカーの監督に限らず、チームを運営していくうえで、逆境を乗り越え、組織をつくり上げるためにはリーダーシップが欠かせません。そして、私の場合はサッカーになりますが、リーダーは取り組む対象を「誰よりも好きでいるべき」だと考えています。
監督か選手かにかかわらず、そのことに真摯に向き合う一人の人間としての姿勢が、チームを変えたのかもしれません。
――長く携わってこられたサッカーを好きであり続けるコツはありますか?
曺 私は毎年必ず1回、ブンデスリーガやプレミアリーグなどヨーロッパサッカーを体感しに行きます。自分で航空券を手配し、スタジアムのある街まで向かう。その過程はすべてが楽しく、まったく億劫ではありません。
バスや電車に揺られ、現地の観客と共にワクワクしながらスタジアムに向かっていくときに、自分がサッカーを好きで仕方がないことを再確認します。
監督は通常、客席から試合を観戦することはありませんが、実際に客席から観ることで、どんなプレーでお客さんが湧いて、どんなプレーで落胆するのか、普段とは異なる視点で体感できます。サッカーの本質的な熱狂を感じられるのです。
サポーター、選手、スタッフが一体となってつくり出す、この熱狂こそが、私がサッカーを好きでいる根源的理由の一つです。
――監督が指導者を目指されたきっかけは?
曺 私は選手を退いた後ドイツへ渡り、ひとまず指導者ライセンスの取得を目指したんです。現地の子どもたちにサッカーを教えることが試験課題で、身振り手振りで一生懸命伝えたところ、「一番楽しい授業だった」と子どもたちが評価してくれました。
自分が関わることで、こんなに喜んでくれる人がいるのだと感じたことが、本気で指導者を志したきっかけになりました。
――好きでいることと、勝負で勝つことには違いがあると思います。
曺 サッカーに限らず、大縄跳びでもじゃんけんでも、勝負はそもそも勝ちたいものです。勝利への意欲は、選手、コーチ、サポーターが必ず持っている根源的感情でしょう。
そして、チームを勝利に導くために私が重視しているのがコミュニケーションです。そのコミュニケーションも一方的なものではいけません。自分が伝えた言葉を相手がどう感じたのか、それを確かめようとしない指導者は意外に多いものです。
選手に対して「もっとやれるだろう」と言うだけなら誰でもできます。本当に大切なのは、選手の力をどう引き出していくかにあります。
考え方が違っても、共通の目的に向かう中で、誰かが譲り、別の誰かが意見を出し、それぞれが責任を背負って共通のゴールに向かっていける枠組みをつくる。それが監督の立場で一番大事なことだと思います。
――コミュニケーションで意識されていることはありますか?
曺 リーダーとしてチームを導くために大切なのは好奇心です。この人は何を考えているのか、どんなふうにしたら興味を持ってくれるのか、反対にどうしたら嫌な気持ちになるのか。そうした好奇心を持ち続ける努力を怠らないことが重要です。
ただ、選手の数や状況の数だけ答えがあり「こうすればいい」という唯一の正解はありません。1億通りのやり方があって、もしかすると1億1番目のやり方が正解かもしれない。大切なのは、目の前の選択肢の中のどれかが必ず当てはまると思い込まないことです。
それには、組織全体をよく見渡し、常に好奇心を持ち、考え続ける必要があります。考える対象はサッカーに限りません。サッカー以外の分野からも学び、探求し、自分自身を成長させようとする姿勢が大事です。
――練習などで、具体的にはどう活かしているのですか?
曺 「昨日やったことが今日も当てはまるとは限らない」。そう考えているからこそ、ミーティングや練習でも、直前まで試行錯誤して内容を決めています。
チームの空気、選手の雰囲気などをつぶさに見て内容を変えていく。直前まで決めないから「より良いものを」と改善できるし、決まらないから面白い。 ただ、ずっと思考し続けるには精神的体力が必要です。だからリーダーには強靭な精神的体力が求められるとも言えます。
リーダーは考えるスイッチを切らない。そしてこの「考えるスイッチを切らない」ということは努力でできるものです。
――コミュニケーションの取り方で気をつけている点は?
曺 人は基本的に話を聞きたくないものだと考えています。難しい話をしても、どこか他人事のように聞いてしまう。心が動かなければ行動にはつながないから、好奇心を掻き立てる工夫が必要です。
ミーティングでも、15~20分の中で聞き手の心を惹きつけられるかが勝負。話が面白いと思えば、内容がグッと頭に入ってきます。そのためにも、具体例や出来事をベースに話を展開しています。例示をもとに話すと話す内容にリアリティが生まれ、ミーティングの空気が変わります。
私は会話の中で、できるだけ具体例やサッカー以外の話を用いるように心がけていますが、こうした会話を成り立たせるために様々な事例の〝引き出し〟が必要です。その点でも好奇心を持って様々なことにアンテナを張っています。
――最近は、リーダーになりたくないという若手も多いようです。
曺 リーダーになりたくないという人の多くは、リーダーの仕事を実際に経験して嫌になったというよりも、自分が背負う未知の責任に不安を感じているのだと思います。
ただ責任というものは、リーダーにだけあるのではありません。部下の立場でも行動に対する責任は生じます。立場を問わず、責任の受け止め方こそ注視されるべきです。 サッカーで言えば、ポジションのコンバートでそれまでとは違う責任を負う場面が挙げられます。
私たち監督は、多様な蓄積から選手に可能性を示します。「頂上に登る登山ルートは一つではない」と言ってみたりして。未経験を理由に拒むのはもったいないことです。本当にそれで幸せなのか、満足なのかと自分に問いかけてほしいですね。
――チームが苦境に直面したとき、監督としてはどのように応じるのでしょうか?
曺 苦境は、まず自分の中でどう解決していくかを考えるしかありません。一人で悩んで答えを探し、何十回も検証する。その過程の中でようやく、自分が信じられる言葉にたどり着くのだと思います。 周囲に意見を求めもしますが、それですぐに解決できるとは限りません。
大事なのは「今、自分が感じている苦しみの正体は何か」を自分の言葉で掘り下げることです。だからこそ、リーダーというのはしんどい仕事だともいえるでしょう。 多数決で決められる物事ばかりなら、リーダーは必要ない。自分の中で苦しみを受け止め、その思いを言葉にして伝える勇気こそが、リーダーに求められるものなのです。
実際、首位を争う鹿島アントラーズとホームで引き分けた直後、選手の前で何を言うべきかわからなくなりました。だから正直に「言葉が見つからない。誰か何か言いたいことはあるか」と伝えました。それを受けて選手たちが「顔を上げよう。自分たちを信じよう」と声を上げてくれたんです。
監督だからといって、常に正しいことや立派な言葉を言わなければならないわけではありません。監督だって間違えるし悩む。うまくいかないときや迷ったときに、それを隠さずに示して、失敗と向き合う姿を見せることが大事です。失敗を受け止めて、その姿をありのまま示し、工夫や努力を怠らない姿勢を貫くことこそが、リーダーには求められるのではないかと考えています。
――その他にリーダーに求められる能力は何でしょうか。
曺 サッカーの試合では、前回勝てたやり方で次も同じように勝てるとは限りません。ビジネスでも同じでしょう。状況を読み取って、そのときに最も適した判断をすることが大事です。
フィーリングや勘という言葉は、ビジネスの世界では軽視されがちですが、実はとても重要だと思っています。過去のデータも必要ですが、最終的に新しい発想は人の感覚や直感から生まれるものです。だからこそ、リーダーは自分の勘やフィーリングを信じられるように磨いておくことも大切だと思います。
リーダーとして、あるいは監督として、自分はまだまだ力不足だと感じています。こうすればうまくいく、という確信なんて全然ありません。「経験があるんだから大丈夫だろう」と言われても、まったくそうは感じません。しかし、それを恥ずかしいとも思っていません。
自分自身、もっといい指導者になりたい、試合を通じて人を熱狂させたい、試合に勝って喜びを分かち合いたいという気持ちは今も強く持っています。何歳になっても、それを追いかけ続けているのだと思います。
更新:01月22日 00:05