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「在庫は悪だ!」 トヨタの生産システムが打ち破った、米欧の製造業の常識

2025年10月24日 公開

三谷宏治(K.I.T.虎ノ門大学院教授)

トヨタ

今や世界的企業となったトヨタ。「KAIZEN(カイゼン)」はグローバルな共通語となり、欧米の製造現場でも採用されている。では、この日本発の独自の生産システムはどのように誕生したのか。書籍『経営戦略全史〔完全版〕』からその背景を解説する。

※本稿は、三谷宏治著『経営戦略全史〔完全版〕』(日経BP)より内容を一部抜粋・編集したものです

 

デミングの統計手法に学んだ日本企業

1970年代以降、世界を席捲したのは資源のない極東の島国、日本の企業群でした。その成長にもっとも貢献した外国人をもしひとりだけ挙げるとすれば、それはおそらくエドワーズ・デミング(W. EdwardsDeming, 1900~1993)その人でしょう。

彼は第二次世界大戦後の1947年、日本政府が行った国勢調査支援のために、来日します。数学と物理学の博士号を持ち、統計のプロであったデミングは、その品質管理手法が、製造現場だけでなく経営全般に活かせることを理解していました。それが、日本科学技術連盟の目にとまります。

デミングは以降、何度も日科技連などに招かれ、多くの日本人経営者、技術者、学者にその考えを伝えることになりました。

「規模に頼らずとも、品質を上げればコストも下がり、顧客満足も上がる」
「そのためには統計を駆使して、モノだけでなくプロセスの品質を上げよ」

日本企業は彼の統計的プロセス制御や品質管理技法を深く理解し、それを製造現場におけるQC(Quality Control)活動や、それを全社に展開したTQC(Total Quality Control)活動に発展させていきました。

デミングこそは日本企業にとっての「科学的管理法」の父であったといえるでしょう。その学びを、最大限に取り込んだのが自動車メーカーでした。

 

人を核にした日本独自の生産システム

ホンダが80年代、アメリカ自動車市場で戦えたのは、GMやフォードに規模で大きく劣っていても、その生産技術でまさっていたからでした。

同じくその頃、国内市場でホンダを圧倒していたトヨタが、もともと目指していたのも、規模に頼らない生産性向上でした。その中心となっていた大野耐一が後年まとめた『トヨタ生産方式』(1978)の副題は、まさに「脱規模の経営をめざして」でした。

トヨタ生産システムとは、「かんばん方式」「JIT(Just In Time)」「平準化」「7つのムダ」「自働化」「改善」「ポカヨケ」「見える化」など、さまざまなコンセプトの集合体で、ここで紹介しきれるものではありませんが、それまでの米欧の製造業の常識を、打ち破った概念が「在庫は悪」という考え方と「人の能力を核にした生産・改善活動」でした。

どちらも、それまでの西洋流の生産管理や分業の概念を、真っ向から否定するものでした。

 

在庫は悪、みんなでKAIZEN

在庫というのはそれまで「必要に応じて持つもの」であり「生産や販売をスムーズに流すための緩衝材・潤滑剤
」でした。

販売現場では毎日モノが売れていきますが、特定商品の生産は月1回かもしれません。それなら、1月分在庫を手元に持たないと、販売側は怖くて仕方ありません。一方、工場内のある工程(Process)は信頼性の問題で丸一日止まるかもしれないので、次の工程との間に1日分の在庫(工程間在庫(Work InProcess)という)を用意しておきます。こうすることで生産から販売までがスムーズに流れるはず、というのがそれまでの考え方でした。

でも大野たちは考えました。その在庫をゼロにしよう、と。そうすれば、流れは一時的に滞って生産も販売も減るだろうが、イヤでもそういった緩衝材で隠されていた各工程のムダ・ムリ・ムラがわかるはず(※1)。極限まで在庫を引き下げることで、自然と品質は上がりコストは下がる!

在庫はすべての「まずさ」を覆い隠す悪と考えたのです。

そして、人の能力を最大限に活かした取り組みを進めました。細かい分業をしすぎるのではなく、ひとりでいくつもの作業をこなせる「多能工」であれと求めました。これによって、互いが助けられるようになり、作業の平準化や安定につながりました。

「改善」活動も現場の作業者たちが中心で行いました。米欧流にいえば、ワーカーがエンジニアの仕事をしたのです。いずれもアメリカではそれだけでもエンジニア職域の侵害であり、ワーカーへの労働強化と捉えられ、大きな訴訟ごとになりました。

しかし今や「改善」は「KAIZEN」となり、世界の生産現場の共通語となりました。日本企業の生産システムは、デミングの教え(統計手法)を超えて、その先(人間中心の生産システム)にまで到達したのです。テイラー主義とメイヨー主義の融合とも呼べる領域です。

 

アメリカではほとんど無名のままのデミングでしたが、日本企業の躍進をうけて有名となり、フォードが遂に自社の品質活動の改善を彼に依頼します。1981年、デミング81歳のときでした。

(※1)ムダをなくした生産方式ということで「リーン(Lean)生産方式」とも呼ばれた。

 

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