2025年10月16日 公開
「人間力」を磨き、部門経営者を育てることを目的としたPHPの研修事業。講師陣は、企業・組織において様々な現場を経験し、時に修羅場を乗り越えてきた実務者ばかりだ。本連載では、その研修内容の一部を誌上講義してもらう。連載最終回は、自身も14年間の企業マネジャー経験をもつ西尾克幸氏が、「メンバーのやる気=モチベーションの高め方」を熱く説く! (構成:坂田博史)
※本稿は、『THE21』2025年11月号の内容を一部抜粋・再編集したものです。
業種業態を問わず、採用難や離職により慢性的な人手不足が続いています。企業は、現有の人的資源の最大化を図る必要がありますが、モチベーションの高い社員が多いとは言えないのが現状ではないでしょうか。
突然ですが、ここで質問です。
「最高のモチベーションとは、どのような状況のときでしょうか?」
私の答えは、「現状維持」です。意外な答えだと思われたかもしれません。人はどこかで「動かなくてよい理由」を探しています(現状維持バイアス)。しかし、変化が激しい現代において、現状維持では、その企業組織に持続的発展はありません。
そこで上司がメンバーのモチベーション、やる気を高める2つの方法をご紹介しましょう。
1つ目が「貢献感を高めること」。自分の仕事が、組織や社会の役に立っていると感じられるとき、やる気は高まります。
2つ目が「成長実感を与えること」。仕事や会社生活を通じて、自分が確実に成長している、あるいは成長していけると実感できているとき、やる気は高まります。特に、若手のやる気を高めるのが、この成長実感です。
そして、これらの基盤になるのが「魅力のある上司の存在」。将来、あの人のようになりたい、あの人がいるから頑張れるなどと思うロールモデルがいるとき、やる気が高まります。
それでは、これらやる気を高める方法について、さらに詳しく見ていきましょう。
貢献感を高めるために必要となるのが、「使命感の共有」です。自社の企業理念やミッション(使命)、パーパスなどが個人にしっかりと認識され、共有されていることが、貢献感を高める前提になります。
研修の中で、「あなたの会社の企業理念は何ですか」と質問すると、答えられない人も少なくありません。
上司であれば、自社の理念などについて、今日入社した新人にもわかるように「自分の言葉」で解説できることが求められます。
そこで、次の3項目について、取り組まれると良いと思います。
①企業理念は、社会に対して、その会社が存在する意味の発信です。部門のメンバーで企業理念の意味について話し合うことでその認識が合致していきます。
②部門にも本来ミッションがあるはずです。もしないなら、新たにつくることをお勧めします。
方法としては、自部門が存在する社会的な意味を、部門のメンバーが話し合って決めます。部門長が決めて、それをメンバーに押しつけるのではなく、全員で話し合って決めるのです。
③個人の理念やミッションとは、働く意味や目的です。お金や生活のためではなく、なぜこの会社で働くのか、なぜこの仕事なのかといったことを考えてもらいます。会社や仕事を選択したのは自分です。その理由や目的を言語化します。
企業、部門、個人の理念やミッションが一致したとき、一気通貫になり、この会社で、この部門で働く意味がより明らかになります(図1参照)。
私も前職時、メンバーが思ったように動いてくれない、やる気を出してくれないということがありました。「ありがとう」を伝えるカードを配りあったり、目標達成したときには垂れ幕をつくってみんなでお祝いするなど、メンバーのやる気を高めるために、様々なことをやりました。
一番効果的だったのは、週のはじめに目的と今週の目標を付箋紙に書き、それを見える化するという方法です。そして、金曜日に目標に対する進捗状況などを振り返ってもらいます。
これを毎週毎週繰り返しました。2カ月半ぐらい経ったとき、メンバーたちの行動が変わり、「私にできることはないですか」「こういう提案があります」などと私に言ってきてくるようになりました。
私がこの一件で学んだのは、人間はどこかで意味のある仕事をしたいと思っているということです。日々の仕事が忙しいと、目的が次第に失われ、やらされ感にさいなまれていきます。目の付くところに目的や目標が書かれてあれば、それを忘れることはありません。
貢献感を高めるポイントは、いかにして他人事から自分事化するかということです。人間は目的やメリットがないと動きません。目的やメリットは何か。今一度それらを認識する仕組みを考えてみてはいかがでしょうか。
やる気を高める2つ目の方法は、成長実感を与えることです。そこで重要になるのが、「振り返り」と、上司からの「フィードバック」です。
まず振り返りについてですが、「経験学習モデル」がその参考になるのでご紹介しましょう。
経験学習モデルでは、「具体的経験」→「内省的観察」→「抽象的概念化」→「能動的実践」と進み、また具体的経験へと戻ってループします。
「具体的な経験」をし、その結果、どのようなことが起こったのかを上司とメンバーが一緒に振り返るのが、「内省的観察」です。そして、その振り返りを言語化するのが、「抽象的概念化」です。なぜうまくいったのか、逆に、どうして失敗してしまったのか、メンバー自身に考えてもらい、言語化してもらいます。自分で気づき、発見したことは持論となります。
裏を返せば、上司や他人から言われたことは持論になりません。持論は自分の軸になり、それが成長につながっていきます。そして持論をもとにあらためて行動してみるのが、「能動的実践」です。これら4つを回し続けることで、成長の循環に入っていけるのです。
では、メンバーに持論をつくる気づきや発見をしてもらうために、上司にできることは何でしょうか。
それが、ナラティブ──腹落ち感をもってもらうこと。そのための3ステップについても見ていきましょう。
ステップ1は「目的を握ること」。上司としてあなたは会社や部門の目的をメンバーに伝えているでしょうか。「なぜやるのか(Why do)」。「なぜ私なのか(Why me)」。「なぜ今なのか(Why now)」。そして、「メリットは何か(What's merit)」。これら4つを押さえて目的を伝えることが大切です。
ステップ2は「WHYを切り取らないこと」。WHYとは、伝えたい事項の理由や背景、過去・現在・未来、想いなどです。上司は、「なぜこれをやる必要があるのか」WHYを削除して伝えがちです。
また、上司は往々にして主語を省略します。上司はそれでも理解できると思っているかもしれませんが、メンバーには伝わっていない可能性が高いです。言葉を削除・省略することなく、丁寧に伝えることが、メンバーに腹落ち感をもってもらうためには重要なのです。
ステップ3は「メンバーの解釈を確認すること」。聞いたことを自分なりの言葉で表現しないと真の意味で人は納得しません。指示一辺倒では、指示通りの行動だけで終わってしまい、それはやらされ感につながります。どのように考えたのか、どのように理解し解釈したのか。メンバー自身の言葉を傾聴し、確認してください。
次に、成長実感を与えるためのメンバーへのフィードバックについて見ていきましょう
上司からメンバーへのフィードバックの前提となるのが、「観察」です。メンバーを観察していなければ伝えることができません。まずはメンバーをじっくり観察しましょう。
観察のポイントは4つあります。1つ目が表情、2つ目が姿勢と身体の動き、3つ目が目線、4つ目が声のトーンと話し方です。これら言葉以外のノンバーバルな反応からメンバーの状態や感情面を察知します。
せっかく観察しても、それを記録しておかなければ、フィードバック時に伝えられません。何人ものメンバーの日々の観察を正確に脳に記憶できる人は多くないでしょう。
そこで、お勧めしたいのが、「育成ノート」をつけること。観察したことをパソコンに入力するのではなく、ノートに書くのは指先が脳とつながっているから。ノートに書くほうが記憶されやすいのです。
育成ノートの左ページには、メンバーに関する事実を記載してください。「SBI(Situation:状況、Behavior:行動、Impact:影響)」に分けて事実を整理しておくとわかりやすくなります。
右ページには、「嬉しかった」「腹が立った」といった上司であるあなたの感情を記載します。上司の感情がメンバーに大きな影響を及ぼしていることが多いからです。例えば、声がとげとげしかったり、目が笑ってなかったり。それらは確実にメンバーにマイナスな影響を与えています。
ノートに書かれた感情を後から見ると、その感情がメンバーに悪影響を与えたかもしれないことが自身でもわかってきます。
私自身も育成ノートをつけていました。ノートを見てから面談をすることで、「そこまで見ていてくれたんですね」といった言葉を何人ものメンバーからもらいました。育成ノートは、面談の効果を上げるだけでなく、互いの信頼関係構築にもつながったと考えています。
フィードバックには、ポジティブ・フィードバックとネガティブ・フィードバックの2つがあります。
ポジティブ・フィードバックとは、相手の強みにつながる行動を把握・強化し、成長を促すためのフィードバックで、1の状態を3や5に高める方法です。
ネガティブ・フィードバックは、メンバーに耳の痛いことを伝え、メンバーの成長を立て直すためのフィードバックで、マイナス3の状態をマイナス1や0にする方法です。
今回はやる気を高める観点からポジティブ・フィードバックの進め方を見ていきましょう。
ステップ1は「場づくり」。面談されるのが好きな人はあまりいないと思います。ですから、ねぎらいの言葉から話し始めるなど、まずは会話がしやすい状態をつくります。
ステップ2は「強みの通知」。メンバーの強みや良い点を事実に基づいて具体的に伝えます。
「昨日のチームミーティングのあと、若手に何かフォローしてくれたみたいで、ありがとう」
これでは何が強みや良い点だったのかメンバーに伝わりません。前述したSBIになぞらえて伝えると次のようになります。
「昨日のチームミーティングのあと(S)、自主的に若手のフォローに入って丁寧に説明してくれていたね(B)。そのおかげで若手社員もスピード感をもって仕事を終わらせてくれた(I)。ありがとう」
このように、SBIを整理して伝えることで、より具体的でわかりやすくなります。SBIで情報を収集し、SBIでメンバーに伝えることを実行してみてください。
ステップ3は「対話」。上司が一方的に話すのではなく、「どう思う?」「どう感じた?」といったメンバー自身の受け止めを聞き、明らかにしていきます。そのうえで、腹落ち感と共通理解をつくっていきます。ここでのポイントはメンバー自身の言語化です。
ステップ4は「行動づくり」。今後、強みを伸ばしていくために、どのようなストレッチ目標が考えられるのかを話し合い、明らかにします。ここでも、具体的な目標をメンバー自身に言語化してもらうことが重要です。それが、次への行動につながるからです。
ステップ5は「感謝と期待通知」。最後に、感謝と今後への期待を伝えることで、メンバーの自己効力感を高めます。最後に、「今後も一緒に頑張っていこう」と伴走の意思を示すことは魅力のある上司の存在にもつながってくることでしょう。
更新:10月18日 00:05