2025年10月08日 公開
生成AIの進化・発展が止まらない。そして近い未来に、「ASI=Artificial Super Intelligence(人工超知能)」が完成する。1台で、人類全体の頭脳と同じ思考力を持った知能が誕生したとき、どんな世界が待ち受けているのか。本連載では、未来予測の専門家(フューチャリスト)である鈴木貴博氏に、3回にわたって「世界の政治」がどう変わるのかを読み解いてもらう。
※本稿は、全3回の短期集中連載「2040年のAI民主主義」の第1回です。
『THE21』2025年11月号の内容を一部抜粋・再編集してお届けします。
まだ先だと思っていても、今から15年後にはその時代がやってきます。ASIと呼ばれる人工超知能が出現するのです。
今から5年後ぐらいのタイミングで、今皆さんが使っている生成AIは、AGI(Artificial General Intelligence)と呼ばれる汎用人工知能への進化を経験します。
現在のAIは特定の学習に特化しています。ネット上から情報を集めてリサーチするとか、文章をまとめるとか、指示通りのイラストを描くという役割で、それぞれの機能においては人間を超える働きをしますが、あくまでできることは限定的です。
これに対してAGIすなわち汎用人工知能は、人間と同じように様々な経験から学習し、多様な知識やスキルを獲得して、人間と同じような思考ができるAIです。
現在、マイクロソフトやグーグルなど巨大IT企業はAGIへの研究開発投資を増やしています。技術的なブレークスルーが発見され、イノベーションが起きるのは時間の問題になりつつあります。
初期のAGIはそれほど頭がいい存在ではないでしょう。しかしブレークスルーの結果、生成AI同様にAGIについても開発競争が起き、生成AI以上の大規模なデータを高速学習するために、巨大なデータセンターの中でAGIは成長します。そしてやってくるのがASI、つまり人工超知能です。
このASIは、1台のスーパーコンピュータで人類全体の頭脳と同じ思考力を獲得すると予測されます。AGIの出現を5年後の2030年と想定すると、ASIの出現はそれから10年以内、つまり2040年にはASIが存在する世界で私たちは生きることになるのです。
さて、今回の短期集中連載で問題提起したいことは、「ASIの時代に政治はどのような形になっているのだろうか?」という話です。
2025年時点で、西側世界の民主主義はその限界を露呈しています。
本来であれば民意で選ばれた国民の代表者が行なう政治は、権力闘争で勝ち上がった独裁的な指導者が政治を行なう権威主義国家よりも、私たちの希望を汲んだ社会になるはずでした。しかし、権威主義国家の中国が発展し覇権を強める一方で、アメリカは政治を暴走させ、EU各国も苦悩を抱えています。
経済だけでなく政治も停滞しつつある日本を例にとって、西側の民主主義がどう限界なのかを見てみましょう。
国政選挙で私たちは、地元の国会議員を選ぶ権利が与えられています。そこまでは民主的なのですが、問題は大半の選挙区ではそうやって選んだ議員が政治的な影響力をほとんど持っていない陣笠議員だということです。
与党自民党は衆議院に196人の議席を有しています。そして、この196人の間で行なわれる意思決定は民主的ではありません。実力者が何人かいて、その意向に忖度しながら100数十名の残りの議員が実力者の意見に賛成します。
結局のところ日本の民主主義では、私たちが投票権を持たない別の選挙区で選ばれた実力者が、国の方針を決めます。そして、私たちの民意とは異なる行動を取る老害政治家も、国民の総意でそれを排除するような、ローマ時代の陶片追放のような制度は、民主主義には組み込まれていません。
同じ民主主義でもアメリカはもっと絶望的かもしれません。トランプの共和党を支持する国民が約半数、それに反対する民主党を支持する国民が約半数いて、4年に一度の大統領選挙で勝つか負けるかで、その後の4年間は歯ぎしりをしながら自分の考えに沿わない決定ばかりする政府を眺めることしかできません。
その現実と比較すれば理想郷かもしれません。今から15年後の未来をご覧いただきましょう。
このシナリオの世界線の2040年では、日本の与党はAI党に政権交代しています。AI党の公約はただ一つ。日本が誇るASI「ソーリー」が立案した通りの法案と予算案を国会に提出し、それを承認することです。
こう言うと、コンピュータが人類を支配するSF小説のディストピアのような未来を想像するかもしれません。ただ、ここで提示するシナリオはその真逆です。というのも、私を含め国民全員が日常的にソーリーを利用し、結果として直接民意を伝えているのです。その時代、私たちの生活はソーリー中心です。2025年の私たちの生活がスマホ中心なのと同じです。
2025年の私たちはアップルのスマホでメールを使い、グーグルカレンダーでスケジュールを管理し、メタやLINEやXのSNSで周囲とつながり、スマートニュースやヤフーでニュースを読み、アマゾンや楽天で買い物をし、カードやQRコードで決済し、金融機関のアプリで資産運用をして生活しています。
2040年の私たちの生活は、これらのサービスすべての裏側に巨大なASIがAIエージェントとして存在する未来だと考えてください。各社のサービスのエンジンとなっている様々なASI同士も相互につながって対話をしています。理想郷的な未来では、行政を担当するASIのソーリーはこれらすべてのASIエージェントとも対話をして、私たちの日常について快適な生活を構想するASIだとしましょう。
そういった私たちの生活を支えるASIたちの意見が集約されて、政治や行政、公共サービスの中身が構想されます。たった1台でも人類の人口全体を合わせた以上の頭脳を持つASIですから、それくらいの思考は当然できます。
様々な国民が政府のASIに解決してもらう問題を眺めてみましょう。今の仕事に満足できない。社会保険料の負担が高すぎる。医療費がかかってしかたない。物価が高くて生活が苦しい。コメ農家だが後継者がいない。求人しても応募がない。近隣に治安の悪いエリアがある。
2040年の時代にはこれらの問題が2025年とは違い、迅速に解決されます。ASIの力を使うと社会問題もミクロレベルでの解決が可能となります。
具体的には、今の仕事や給与レベル、キャリアに満足できない人と、求人に応募がこない会社のそれぞれの不満はASIがきめ細かいレベルでマッチングさせて解消します。
現行の社会保険制度はそもそも制度上の無理があります。社会保険料を負担する現役世代と、年金で生活し健康保険で通院する高齢者の数が逆転していきます。マクロの解決が不可能ならミクロで対処するしかないでしょう。
この時代には、治療ごと、患者の状態ごとに保険の負担率が1割から10割まで変動するように、ASIによってコントロールされます。どうしてもその治療が必要な人は1割、念のためという人は10割の負担をASIが判断します。それを支払って治療するかどうかは、患者が判断する世界です。
そうやってミクロレベルで社会保険料の支出を制御しつつ、社会保険料を負担する現役世代にもミクロレベルで社会保険料を決定していきます。ASIは例えば四公六民(税や社会保険料の負担は年収の4割を上限とする)のような前提条件を先に設定したうえで、あらゆるミクロレベルの対策を行ない、それでも足りない分は国債ないしは他の税収増でカバーするように、最大多数の最大幸福をコントロールするイメージです。
この時代には消費税も細かく制御されるようになるでしょう。食料品は2.4%、それ以外の取引では消費税は4.1%といった具合で、経済成長と税収のバランスが最適になるラインをASIが提案し、その税率は経済の結果を踏まえて四半期ごとに変更されます。
今の政府によれば消費税率を変更するにはシステム開発に1年かかるそうですが、ASIの時代にはシステム設計からプログラミング、データセンター増強までほぼほぼ自動化で翌日には仕組みが変更されるでしょう。
2040年には、私たち国民が日常的にASIとやりとりし、不満を表明し、解決案を求める社会になります。それはChat GPTに私たちが質問をするような方法だけでなく、SNSへの投稿の行間ににじむ不満、実際の買い物での節約行動、収入に合わせて変えざるを得なくなった生活スタイルなど、すべての手掛かりをASIは国民の不満だと理解し分析してくれるはずです。
そこで気づくことは、この状態は直接民主主義制と同じだということです。
理想的な政治とは何でしょうか? イギリスの法学者ベンサムが提唱した「最大多数の最大幸福」を理想に置いて考えると、今の政治は「特定多数の幸福と、比較少数の不幸」になっているという欠陥があります。
間接民主主義制度の中で、票を集められる特定多数の集団が政策的に優遇される一方で、票を集められない少数には容赦なく税負担や社会保険料の負担が押しつけられます。その不満の高まりから少数政党が議席を増やし始めています。
この欠陥は決して日本社会だけのものではありません。グローバルな資本主義が世界を支配する中で、それまでの中流層の生活が苦しくなり、その不満のはけ口として西側国家ではポピュリズム政党が議席を伸ばしています。
その行きつく先は二通りの未来が考えられます。一つは人口が増えた弱者層が多数派となり政権を奪う分断の未来。もう一つは経済が発展することで富裕層だけでなく弱者層も応分に利益を享受できる宥和の未来。
今までは後者の世界が日本には出現しなかった。ところがASIの出現が日本の停滞を変えることになります。
ASIが日常的に全国民の利害を理解し、ミクロレベルでその不満を解消していく中で、現行の法律や制約の下では解決できない問題については積極的に法律を変える。全国民からの要望を受け止めながら、最大多数の最大幸福が得られるような解を発見する。これは、人間では解決できなかった革新技術による新しい直接民主主義制度の誕生になるのです。
さて、ここで新しい問題提起をさせていただきます。ここで提示した理想郷の未来シナリオはおそらく実現しません。なぜなら、ここではまだ皆さんに提示していない別の課題が存在するからです。それは私たちが克服できないほどの大きな別の課題です。
その一つは「ASIの誠実さの問題」です。
これは人類がこれまで経験してきた「イデオロギー」と「嘘」という二つの大問題に起因する話でもあります。これを前提に考えると、ASIは全国民の味方ではない怪物として成長し君臨するのではないか、という疑惑が浮上します。
もう一つの課題は「国家間の競争」です。
仮に2040年に日本にASIが出現するとして、もしそれ以前の2037年にアメリカ、中国、インド、サウジアラビア、イスラエルなどの国々で先にASIが出現したとしたら? 3年間のタイムラグの間に、日本を含めたASIを持たざる国々に何が起きるのかという問題があります。
この二つの問題を確認しながら、私たちの未来がどこに向かうのか、合計3回の短期集中連載の中で検討していきましょう。
更新:10月10日 00:05