2025年02月05日 公開
せっかくの休日もスマホを触るだけで終わってしまい、休んだ気になれない......。そんな悩めるビジネスパーソンも多いだろう。しっかりとリフレッシュするためには、どうすればよいのか。アメリカの山々に囲まれたコミュニティで暮らす河原氏に、世界のビジネスエリートが実践している「自分を見つめ直し、日々の活力を取り戻すための休日の過ごし方」について聞いた。(取材・構成:辻由美子)
※本稿は、『THE21』2025年3月号特集[休みたいのに休めないリーダーを救う「休養術」]より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
私はアメリカの大学院で教育心理学を専攻しました。その後、アメリカ人と結婚。3人の子どもを育てながらフルコミッションの不動産営業を12年間勤めた経験があります。今はカリフォルニアにある国立森林公園内のプライベートコミュニティに住まいを移し、ジャーナリストとして活動しています。
その過程で、グーグルなどテック企業で働くエリートたちと知り合う機会を得て、彼らの休養の仕方に注目するようになりました。例えば、彼らは休みになると積極的に山や森に入ります。中には私が住むコミュニティに住まいを移し、生活自体を自然の中に置いてしまう人もいます。なぜ彼らはそうした休み方をするのか。その理由を探るうちに、休養の取り方がエリートたちの仕事の質を支えている事実に気がついたのです。
初めてグーグル社を訪問したときの衝撃を、私は今でもはっきり覚えています。広い敷地内にはレストランだけで数十カ所! 食事はもちろん、飲み物、お菓子も食べ放題です。社員は敷地内のどこで仕事をしても自由で、服装、出勤のタイミングも個人に任せられています。
誰もがうらやましくなるような快適な職場環境ですが、その裏には厳しい現実もあります。2023年、1万2000人が突然解雇されたのは記憶に新しいところです。その後も優秀な社員ばかり200人の解雇が発表されました。
夜中の3時に突然届く一通の解雇メール。快適な職場からいきなり無職の現実に突き落とされ、未来が遮断される......。グーグルの社員たちはそんな厳しい環境下に置かれているのです。だから彼らは、どのような状況になろうともたくましく生き抜くために、真剣に自身のアップデートの道を探っています。
休日、山や森で過ごすグーグル社員やテック企業のエリートたちが増えてきたのは、ちょうどグーグルが大量解雇を断行した頃からでした。自分自身を見つめ直そうとしたときに、最適な環境だったのが、山や森といった自然の中だったのです。
彼らが山に入るようになった直接のきっかけはコロナでした。ステイホームを強いられた彼らは、人込みを避けて、山や森に出かけるようになりました。
ところが、この行動が思わぬ副産物をもたらしたのです。自然と触れ合うとストレスが解消し、リラックスできるだけでなく、考え方がクリアになったり、直感力が磨かれたり、アイデアがひらめくことがわかったといいます。
また自然の中で深く内省することで、自身の心の声に気づき、使命や生きがいを見つけて、新たに仕事に取り組む人も出てきました。つまり、休日に山や森に入ることで、驚くほど仕事のパフォーマンスが上がり、人生に新しい展望が開けたのです。
こうした効果には科学的な裏づけもあります。自然が認知機能にプラスの影響を与えるとした論文は、世界中で1000本以上書かれています。例えば、英国エクセター大学のマシュー・ホワイト教授は、2万人のデータを分析し、週120分自然の中で過ごすと、身体と健康、認知機能にプラスに働くという調査結果を発表しています。
経験的にそのことをつかんだビジネスエリートたちは、先が見えない将来を生き抜くために、自然に触れ合う休日の過ごし方を積極的に取り入れるようになったのです。
なぜ自然がパフォーマンスを向上させるのか、もう少し掘り下げてみましょう。
ひらめきやアイデアは、集中したあとのリラックスした状態で生まれます。そのときの脳波を測ると、心身のリラックスやストレス軽減を促すα波になっています。
そしてこのα波が、自然に触れると発生しやすくなるのです。理由の一つは視覚の問題であり、一点ではなくぼんやりと周辺を見つめたり、自己相似形(一部分を切り抜いても、全体と似た形のこと。左上図参照)を見つけると、脳波がα波に変わることが実験でわかっています。
都会ではパソコンの画面や相手の顔など一点を凝視しがちですが、自然の中に入ると、ぼんやりと周辺に視野を広げるようになります。また、木の枝や雲などの自己相似形に自然と注目するようにもなります。つまり、自然の中では脳がα波の状態になりやすいのです。
視覚だけではありません。風のゆらぎや水が流れる音、鳥のさえずりはα波と同じような周波数ですし、森の植物が出すフィトンチッドという物質には、リラックス効果のあるα-ピネンという匂い成分が含まれています。
ニュートンがリンゴの木の下にいたときに重力の存在に気づいたのも、脳波と自然の関係を考えると納得できます。
では、近くに山や森がない都心のビジネスパーソンには、彼らのような休日の過ごし方はできないのでしょうか。そんなことは決してないと私は考えます。
なぜなら日本には思いのほかたくさんの自然があるからです。私はアメリカから帰国するたびに、日本ほど緑に恵まれた国はないという思いを強くします。
街にはいたるところに計画的に街路樹が植えられていますし、ビルやマンションの周囲にも必ず木や花が配置されています。小さな公園や神社、お寺が多いのも日本の特徴でしょう。耳をすませば、都心の真ん中でも虫の声を聞くことができますし、あたりを見回せば、視界に緑が飛び込んできます。
ただ、私たちは忙しすぎてそれに気づいていないだけです。せっかく身近にある自然を利用できるのに、気づいていない。もったいないことです。昼休みはオフィス内で過ごすのではなく、外に出て、街路樹の下をぶらぶら歩いたり、公園のベンチに座ってみてはどうでしょうか。
在宅勤務の方なら、ベランダに植物の鉢を置いて、太陽光の下でくつろいでみる。それだけでも気分が変わって脳波がα波に変わり、パフォーマンスが上がります。
もちろん、休日はグーグル社員と同じように山や森、海に出かけてみるのが理想ですが、身近な公園や川辺でも十分だと思います。家でダラダラ過ごしていても、疲れは取れないというデータもあります。家の外に出て、積極的に自然と触れ合うことで、新しいひらめきや考え方がつかめるかもしれません。
グーグルには「SIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)」という、マインドフルネスをベースにした能力開発プログラムがあります。
マインドフルネスは、上座部(テーラワーダ)仏教から仏教色を取り除くかたちで、アメリカで体系化された瞑想の方法です。将来への不安などを忘れ「今、ここ」に意識を集中させることで、過去の後悔や未来への不安を断ち切り、客観的に状況を観察できる心の状態のことをいいます。先に述べたように、グーグルの能力開発プログラムに取り入れられたことから注目され、今では多くの企業で導入されています。
マインドフルネスの効果は様々な実験でも証明されています。ストレスを解消し、健康増進につながるだけでなく、集中力を強化し、仕事の効率アップにもなります。
また、脳波がα波やさらにリラックス状態が深いθ波になるので、新しいアイデアやひらめきが生まれ、イノベーションに貢献できる能力が引き出せます。グーグルの「SIY」がマインドフルネスを土台にしているのもなるほどとうなずけます。
スティーブ・ジョブズはどんなに多忙なときでも、毎朝必ず1時間の瞑想を欠かさなかったそうです。そこからアップル社の革新的な技術やサービスが生まれたわけです。
毎朝1時間もの瞑想の時間を取るのは難しいとしても、マインドフルネスの良いところは、たった2分間でもその状態をつくることができる点です。
空いた時間が少しでもあれば、マインドフルネスで「今、ここ」に集中する。そうすることで仕事の質を高めることができるのですから、移動中や昼休みなどの限られた時間でも、マインドフルネスを意識的に取り入れて、有意義な時間に変えてみてはいかがでしょうか。
瞑想を通じてマインドフルネスを実践する、「マインドフルネス瞑想」のやり方は簡単です。ラクな姿勢を取って、「今、ここ」に意識的に注意を向けます。最初は気が散りやすいので、息を吸って吐く、自分の呼吸に意識を集中させるのが良いでしょう。
ユーチューブなどにも初心者向けの解説動画がたくさんあげられていますので、これらを利用するのも良いと思います。瞑想のやり方は、マインドフルネス瞑想以外にも数多くありますので、それらの中から自分にあったものを選ぶのが良いでしょう。
瞑想をしていると、色々な雑念が浮かんできます。そのことに気づいたら、「気が散ってダメだ」とか「こんなことを思い出してはいけない」などと善悪の判断をせず、ただ「今、こう思った」と認めて、また呼吸に集中してください。心に浮かぶ思いをジャッジメントしないことが大切です。
また、わざわざ瞑想のポーズを取らなくても、日常の中で簡単に行なえるマインドフルネスもあります。それは一つひとつの所作を丁寧に行ない、五感を使って味わうことです。
例えば、朝起きて、コーヒーをいれるとき。お湯を沸かし、ポコポコと沸騰してきた音を聞く。お湯を注いだとき、立ち上るコーヒーの香り。カップを手に持つときの肌触り。そしてひと口含んだとき、いっぱいに広がるコーヒーの味。一つひとつに注意を向けるこの瞬間、意識は「今、ここ」にあります。これも立派なマインドフルネスです。
マインドフルネスは歩いている最中でもできます。歩いていることに意識を集中するのです。「今右足を出している。かかとが地面についた。地面の感触を感じる。かかとから重心が爪先に移動した。今度は左足が出る」。こんなふうに歩くことだけに注意を向けるのも、「今、ここ」に集中する立派なマインドフルネスです。
満員電車の中ですら、マインドフルネスは可能です。目を閉じて、ボディスキャンをするように、頭から額、鼻、口、顎、首と少しずつ下に意識を集中していきます。足の先までいったら完了です。
頭の上にバターを乗せて、そのバターが少しずつ溶けて身体全体に流れていく様をイメージしても良いでしょう。身体に注意を集めることで、意識を「今、ここ」に向けられ、マインドフルネスの状態に持っていくことができます。
休みをただダラダラと過ごしていたら、無為に終わってしまいます。アメリカのエリートたちが実践しているように、積極的に自然と触れ合ったり、マインドフルネスを取り入れて、休養の質を上げることが大切です。
しかし、せっかくの休養を阻害する現代特有の大きな問題があります。それがデジタルデバイスです。休日であってもしょっちゅうメールをチェックしたり、暇さえあれば延々とスマホを見続け、時間をムダに過ごしてしまう人も多いのではないでしょうか。
こうしたデジタルデバイスの弊害が、今あちこちで指摘されています。例えば、スマホを見る時間が長ければ長いほど情報処理能力が落ちるという報告が注目されましたし、特定の感情に引っ張られる感情バイアスに陥りやすいという研究報告もあります。また、デジタルデバイスにはアルコールと同じように依存性があると主張する研究者もいます。
そのため、エリートたちの多くは、デジタルデバイスから距離を置く生活を実践し始めました。例えば、ビル・ゲイツは子どものスマホ利用を制限していますし、投資家のウォーレン・バフェットはガラケーしか使わず、つい最近貰ったiPhoneは電話機能しか使用しないそうです。グーグルの社員たちが山や森に入るのには、デジタルデトックスの意味もあると思います。
仕事であれば、デジタルデバイスを使わないわけにいきませんが、せめて休日くらいはこれらから距離を置く。そして仕事であろうと、休みであろうと、デジタルデバイスを使うときは意図を持って意識的に使う「デジタルマインドフルネス」を心がけるべきです。
どうすればデジタルマインドフルネスができるのかというと、まずデジタルデバイスをオフにする時間を決めることです。例えば睡眠中や休日は必ずオフにすると決めます。もっとも、家族からの連絡などでオフにできないこともありますので、私の場合は、相手先に応じて通知音を変えています。わざわざ出る必要がない通知音はすべてコオロギの鳴き声にして、「虫だから無視」と決めているのです。
また、寝室は休む場所なので、デジタルデバイスは持ち込まないこと。緊急連絡などでどうしても置かざるを得ない場合は、上に布をかぶせるなど見えないようにして、距離を置く工夫が必要です。なお、スマホを時計がわりに使っているとそれに縛られてしまうので、時計は別に持つようにしましょう。
一人になって内省する時間を意識的に持つことも重要です。自分の心の声に耳を傾ける。自分がやりたかったことや将来の方向性について、しっかり見つめる。いわゆる通常のマインドフルネスをすることで、デジタル情報を遮断しましょう。
上座部仏教が発祥のマインドフルネスは日本の坐禅との類似性があるため、日本人はマインドフルネスに非常に高い親和性があるといえるでしょう。海外暮らしが長い私から見ると、日本人は存在そのものがマインドフルネスだと言っても言い過ぎではありません。
例えば、挨拶一つとっても丁寧ですし、電車にはきちんと整列して乗車します。道路にもゴミは少なく、どこに行っても清潔です。
いずれも心をこめて、一つひとつ丁寧に相対する、すなわち意識を「今、ここ」に集中するマインドフルな日本人の心があらわれています。
日本人のDNAには生来マインドフルネスの精神が刻まれているのですから、その良さに気づいて、生活の中に活かし、仕事の質も高めていっていただきたいと思います。
更新:02月06日 00:05