2025年08月13日 公開
映画「国宝」に出演する俳優の渡辺謙。映画のプロモーションでテレビに登場する姿を見て、「これぞ、リーダーがめざすべき聞き方だ!」と納得することが多い。そう述べるのは、レディー・ガガやヒュー・ジャックマンなど世界のVIP.にインタビューをしてきた国際インタビュアーの斉藤真紀子氏。ニューヨークで大手商社に勤めていた経験もある斉藤氏が絶賛する理由とは。
本稿では世界で称賛されるリーダーのありかた、相手を虜にするコミュニケーションテクニックについて述べる。
※本稿は、『たった1分で相手が虜になる世界標準の聞き方・話し方』(PHPビジネス新書)を一部抜粋、大幅に加筆を加えたものです。
自分の話を聞いてくれた。それだけで部下は救われ、認められたと安心する。
だが、社内を見渡してそういった、理想の聞き方ができる人はなかなかいないのではないだろうか。
リーダーの手本として推したいのが、世界的俳優の渡辺謙だ。日本だけでなく海外の監督からも「作品に出演してほしい」とひっきりなしに声がかかる、渡辺謙。『ラストサムライ』(2003年)、『硫黄島からの手紙』(2006年)、『インセプション』(2010年)などの代表作がある。
国内外で「一緒に仕事をしたい」と言われる渡辺謙は何が違うのか。「世界レベルの人など、壮大すぎる」と思わずに、聞いてほしい。簡単で、誰にでも取り入れられるヒントがあるからだ。
それがわかったのは、私が実際に、渡辺謙に取材をしたときだ。。
まず、座った姿勢で記者のほうに、身を乗り出すように前かがみになる。ハリウッドスター俳優の「目線」は、私よりも下にあった。もちろん、たまたまかもしれないが。
この時点での「話の聞き方」がすでに、相手と対等な立ち位置を示していると感じた。
思い切って質問をすると、「その質問、こういうことなんじゃない?」とカジュアルに突っ込まれた。こちらも意図をしっかり説明する。「そんなふうに思わないけれどね」と、正直ベースで言われると、「なるほど」とこちらもさらに質問をしたくなる。
まるで知人と話しているような口ぶりで、率直に話す。互いの距離を感じさせない。私もすっかり肩の力が抜けて、いろいろと聞きやすい空気ができた。
対等といっても、とりわけニコニコしているわけでもない。テンションもやや低め。それなのに、とにかく話しかけやすいのは、初めてでも距離を感じさせない、ざっくばらんな受け答えだからだろう。
「ハリウッドの人気俳優」としてではなく、ひとりの人間として、対等に相手と接する渡辺謙は、カフェも経営し、人びとと交流をはかっている。
東日本大震災後、宮城県気仙沼の復興支援のため、カフェ「K-port」をオープンした。コンセプトは人や社会を「つなぐ」。海外に住み、俳優として活動するかたわら、カフェに毎日、手書きのメッセージをファックスで送り、店にいるときはお客さんと一緒の席でピザをほおばる。
著名なスター俳優がこちらに「降りてくる」のではなく、いつの間にか横に立って、話をしている。そう、リーダーは殿上人であってはならないのだ。
演技、ファッション、ご飯......。
変なことを聞いたら、突っ込まれるかもしれないけれど、率直で自然体のまま、しっかり質問には答えてくれる。
どんな役割や、肩書きがあっても、人と人が対等に話すことって難しくないよ。
そう思わせてくれる、とにかく世界スケールの俳優なのだ。
「今度はこんなことを聞いてみたいな」。
すっかり虜になっている自分がいた。
渡辺謙が体現する、心を開いたコミュニケーションは、上司と部下との会話にも取り入れることができる。
あなたが部下だったとして、リーダーにどんな態度を望むだろうか。
力強く導くだけがリーダーではない。対等に話を聞いてくれれば相談がしやすくなる。心を開いて話ができれば、仕事が進めやすくなる。
私は米国でアメリカ人をはじめ、多国籍のリーダーや同僚とも仕事をしたことがある。
アメリカの職場で痛感したのが、上司や部下、職域を超えて、対等にコミュニケーションを取るということ。ファーストネームで呼び合うだけではなく、ざっくばらんに意見を交換したり、興味のあることについて話をしたりする機会が多かった。
大切なのは、相手に興味を持って、質問をする姿勢だ。
英語で「オープンマインド(open-minded)」といえば、自己表示の度合いではなく、「どれだけいろいろなことに興味を持つか」「偏見をもたずに意見を受け入れるか」といった柔軟さを示す。
たとえば、海外の人と話していると、「日本が大好き」とよく言われる。
私が取材先で会ってきた海外のビジネスエリートたちも、日本出身と言えば喜んでくれて、興味関心の幅広さを感じた。
ビジネスの状況に詳しい人、映画やアニメなどエンタメに通じている人、食べ物が好きな人などいろいろだが、なかには、日本のことをそれほど知らなかったり、ほかの国と区別がついていない人もいる。
それでも「日本通」を自認する人が多いのは、異文化にオープンマインドな姿勢を示せるからだ。
異文化に対してオープンマインドなのは、「あなたのことを尊重する」「知りたいという気持ちがある」「違いを理解したい」という気持ちを表す。
こうしたオープンマインドな姿勢を上司が部下に対して持つことで、互いの関係は対等になり、双方向のコミュニケーションが可能になる。
逆にやりがちだが、NGな「聞き方」「話し方」の例を教えよう。
あなたは、何とはなしに、仕事仲間の愚痴に同調していないだろうか。
ネガティブな心境を互いにさらけ出せば、親近感がわく。しかし、「不平不満をぶつけあう」のは、同調しながらうっぷんを晴らすのが目的になる。互いを知り、距離を近づけるためのものではない。
アメリカで愚痴を言ったところ、予想もしない反応が返ってきたことがある。留学中に、「宿題が多すぎて終わらない」とつい嘆いたら、仲間からたいそう心配され、「助けは必要か」「体調は大丈夫か」「言葉を理解するのはどんな困難があるのか」と解決法をみつける会議になってしまった。競争社会ゆえに、よほどのことがない限り仲間同士で弱みを見せあう文化がないからだ。
愚痴を「ただ言って発散する」「同意してわかってもらった気になる」のではなく、何のために言うのか。「So What?(それで、何がしたいの)」を明確にすることで、互いに信頼を深めたり、心の距離が近くなったりする。
ただ愚痴をぶつけ合うだけではなく、「問題をシェアする」という観点から、話をする。そもそも一生懸命活動をしていたり、考えや価値観に合わない事態が起きたりすることで生まれる「愚痴」もあるのだから、自分を知ってもらういい機会でもある。
もし愚痴を言いたくなったら、「あなたならどう考えるか」を相手に聞いてみよう。
自分の活動、目標、こだわり、想い、うまくいかないことを伝えながら、「君なら、どういうアプローチでこの問題を解決する?」と相手に質問をするのだ。
とくにあなたが上司の場合、相手の愚痴や不満を「聞く側」にまわったら、次のような会話につなげてみる。
「あなたは(愚痴が出るほど一生懸命取り組んでいるので)とても責任感があるからこそ、そのような分析をするのだろう。では、次のプロジェクトはどう進めていこうか?」
その人が持つ真面目さや細やかさ、勤勉さなどを自分なりに発見して、それを認めてあげる。さらに、前向きな質問で切り返す。
一見ネガティブに思える会話からも、こうやって部下の心をつかむきっかけが生まれるのだ。
ふとしたやり取りのなかでも、会議や面談でも、信頼を深める機会はあふれている。もしかしたら、相手の本音、希望や不満を聞けるチャンスを逃さない。
「その質問、こういうことなんじゃない?」
渡辺謙のような率直なツッコミは、部下への返しのお手本にしたい。
更新:08月15日 00:05