THE21 » キャリア » 生産のアメリカ回帰は起こらない? トランプ関税に隠された「真の狙い」

生産のアメリカ回帰は起こらない? トランプ関税に隠された「真の狙い」

2025年03月14日 公開

海老原嗣生(サッチモ代表社員、大正大学表現学部客員教授)

トランプ関税

トランプの関税政策が、世界中を惑わせている。カナダとメキシコに対し「一律25%の関税は不可避」と脅しておきながら、発動を延期、もしくは発動直後に対象を緩和するという迷走を繰り返した。一方で中国に対しては公言通り関税を着々と積み増し、税率は20%にまでなっている。

鉄鋼とアルミニウムについては、国を問わず25%の関税を3月12日から発動した。さらに、4月2日からは、世界各国を対象に10%の関税をかけるという。

いったいトランプは何を考えているのか。本人談にしたがえば、「麻薬と不法移民の流入を阻止する」「不当な通商慣行をただす」「国内製造業の復活」が目的という。がしかし、本当の狙いは別のところにあると、私は考えている。トランプの本命は、4月2日から始まる全世界向け一律関税であり、これについては発動の延期も対象の緩和もない。なぜそう考えるのか。以下、説明してみたい。

 

トランプ関税の真の狙いはどこに?

まず、関税とはどのように徴収されるものか。この点について改めて明らかにしておこう。関税は、税関を通過する時点で、輸入業者がいったん支払う形になるが、その税額が再販売価格に上乗せされて流通に乗ることになる。そうして業者を渡るごとに当初の税額が転嫁されて行き、最終的には消費者が負担する。

つまりこれも、消費税の一種と言い換えることもできるだろう。とりわけ、対象国や対象品を絞らず、広く一律に課した関税であれば、「輸入全品を対象にした消費税」に近しい。

その類似性を、日本が輸入品にかけている消費税を例に挙げて考えてみよう。日本への輸入品の場合は関税と同様に、入管した段階で、一律10%(軽減税率対象品は8%)が徴収される。ただし、消費税は入管後も、加工業者や流通業者を経るたびに、その増価分に対して10%(または8%)の税金が課される。この点が異なる。

消費税や付加価値税は、多くの国が導入している。一方でどの国でも産業活動や国民生活に配慮して、軽減品目や非課税品目を設けている。トランプ型一律関税をこれに擬えて言うのであれば、「国内での生産・流通を非課税とした」消費税と言えばよいだろう。

消費税や付加価値税は、規模の大きな財源であり、同時に、好不況の影響が少ない特性を持つため、財政の安定にも寄与する。だから、各国政府がこぞって導入してきた。

ところがアメリカの場合、州単位で類似の間接税制はあるが、国全体では消費税の類は、存在しない。同国では、歳入と歳出のギャップが年2兆$に迫り、国債発行残高はGDP比120%を超える財政状況のため、新規財源として消費税制度は喉から手が出るほど欲しいだろう。

ただ、日本を見てもわかる通り、消費税に対しては左派・右派問わず、猛烈な反発が起きる。ましてやアメリカでは、税金不払いを標榜するティーパーティ運動や、小さな政府を強く志向するフリーダムコーカス(自由議員連盟)の影響力が強く、彼らはトランプ支持層とも重なる。だから、口が裂けても「新規に消費税を導入する」などと言えはしない。

そこで、「関税」の登場だ。「麻薬と不法移民対策」「工場の国内回帰」などのお題目で擬装しているが、一皮むけば、単なる大型間接税に他ならない。こう考えると、全てに合点がいかないか。自動車ビッグ3経営者との折衝も、トランプにとっては、論点をそらすための茶番でしかなかったのだろう。

 

トランプ関税は、アメリカにとってもマイナスでは?

トランプ政権の下で財務長官を務めるベッセントは、今回の関税の効果を熱心に説く。彼は、ジョージ・ソロス門下で最優等生だったほどの経済通であり、単にトランプのご機嫌取りで、非合理な政策の片棒をかつぐことなどありえない。ベッセントは関税が「消費税的なもの」と熟知し、なおかつ、それを実行しても、経済に破滅的な影響を及ぼさないとわかった上で、これを広くアピールしているのだろう。

いわく、
①関税は通商交渉の大いなる武器となる。
②関税は生産の国内回帰を促す。
③関税は税収を上げ、財政に余裕を持たせる。
この3点に関しては、外野から以下のようなデメリットが指摘されている。

「報復関税などが発生し、アメリカ企業の輸出が減る」
「世界で生産を分担しあうという合理的な分業体制が壊される」
「アメリカでは生産ノウハウのない産業が多く、工場の国内回帰は起こりにくい」
「国内への生産の回帰が起きたとしても、工場設置には時間がかかる」

ベッセントの頭の中では①②などどうでもよく、本音が③だとしたら、全てに合点がいく。

まず、全ての輸入品に10%の関税をかけるのなら、どの国の製品にも等しく税金がかかるのだから、競争条件は今までと変わらない。だから、輸入経路は「世界各国の中で一番安い国から」と、旧来のままとなるだろう。

輸入品は、国内で再加工や流通のコストが乗って、消費者に渡るときには倍の値段になったとしよう。その場合、10%の関税率は、最終価格ベースでは5%にまで下がっている。これは、消費者から見れば、輸入品を買えば5%の消費税が取られるだけのことだ。たった5%しか差がつかないのであれば、自動車など生産インフラもノウハウも有するもの以外は、基本、製造のアメリカ回帰など起こりはしない。

ちなみに、アメリカの年間輸入総額は約500兆円だから、一律10%関税だと、税収は50兆円となる。これは、同国のGDP比1.2%程度の水準だ。日本の消費税収はGDP比約4%なので、今回のトランプ関税は日本と比べれば、1/4程度のかなり軽微な国民負担でしかない。しかも、アメリカは食料品の自給率が高いので、飲食などの生活物資での新たな税負担は極めて低くなる。だから、ベッセントは、「一時的な混乱は起きるが、そのうち収まる」と言うのだろう。

 

今回の関税は擬装した「大型間接税」?

紙幅の関係で詳細な説明は控えるが、今回の関税については、その他の目的として、以下3点が日本では騒がれているので、簡略に意見を述べておきたい。

①「中国経済への打撃」。世界一律関税の中で、中国だけに別途、追加関税を課すのであれば、確実に、「生産拠点の脱中国化」は進む。この狙いは確かにあると考えられる。

②「輸出戻し税への制裁」。これは日本から輸出する場合、国内流通段階で支払った消費税が、その分だけ、輸出業者に戻されるという話だ。インボイス制のもと、流通段階ごとにしっかり課税されていたのであれば、中間業者は増価分の消費税を受け取り、それを国に納めている。輸出業者は仕入れ時に、流通業者が支払った消費税分が上乗せされた価格で製品を購入しているので、その分が還付されるだけの話だ。だから、何ら不当ではない。国内保護にもならないし、中間業者の損にもならない。

③鉄鋼、アルミニウム、自動車に関しては、25%もの高関税をかけ、本気で国内への工場回帰を狙っているのかも知れない。鉄鋼は売価に占める人件費率が8%と極めて小さい。アルミニウムは原材料費の過半が電気代であり、アメリカはそれが先進国一安い。自動車はアメリカに生産設備が潤沢にあり、製造ノウハウもしっかりある。だから回帰可能と考えているのだろう。

実はトランプには、関税に擬装した大型間接税を、導入しないわけにはいかない裏事情がある。公約に掲げた減税策の財源が足りないのだ。彼が前政権時に時限的に導入した減税制度を恒久的化し、加えて、チップや残業代まで非課税にすると公言している。そのためにも「関税が必要だ」と彼自身、何度も述べている。

こうした発言を併せて解を求めるならば、「大型間接税の導入」に他ならず、4月2日発動の「全世界一律10%関税」という名の大型間接税は、必要不可欠と言えるだろう。

議会に目を向ければ、共和党にはフリーダムコーカス参加者が多く、昨年末のつなぎ予算審議でも、「政府支出が多すぎる」と身内の共和党予算案に反対者が38名も出ている状況だ。彼らの攻撃の矛先をかわすために、ここまで手の込んだ芝居をしているとしたら、トランプも大した男と言えるだろう。
この読みが正しいかどうかは、4月2日になればわかる。

 

著者紹介

海老原嗣生(えびはら・つぐお)

サッチモ代表社員、大正大学表現学部客員教授

1964年生まれ。リクルートエイブリック(現・リクルートエージェント)入社後、リクルートワークス研究所にて雑誌「Works」編集長を務め、2008年にHRコンサルティング会社サッチモを立ち上げる。テレビ朝日系でドラマ化された『エンゼルバンク――ドラゴン桜外伝』の主人公のモデルでもある。

THE21 購入

2025年3月号

THE21 2025年3月号

発売日:2025年02月06日
価格(税込):780円

関連記事

編集部のおすすめ

なぜ巨大企業トヨタの衰退が予測されるのか? 「行政」が最大の足かせとなる可能性

鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)

「疲れがとれる」膨大なタスクに追われるアメリカのエリートが、毎朝欠かさない習慣

河原千賀(アメリカ在住ジャーナリスト)

グーグル社員は日曜日に何している? 「厳しい社会で競うエリート」の休み方

河原千賀(ジャーナリスト)