
佐々木チワワ氏の衝撃的なデビュー作『「ぴえん」という病』は、現代日本の若者、とりわけ新宿・歌舞伎町に集う少年少女たちが抱える心の闇と、承認を求める切実な渇望を鮮烈に描き出したルポルタージュである。
著者は2000年生まれ、執筆当時は現役女子大生でありながら、十代の頃から歌舞伎町でのフィールドワークを重ね、「歌舞伎町社会学」を研究。『「ぴえん」という病』(扶桑社)では、そのリアルな視点から、「ぴえん系女子」、「トー横キッズ」、「SNS洗脳」といったキーワードが示す現象の背後で、未成年たちがなぜ深い闇へと堕ちていくのかという問いに迫る。

「ぴえん」は、単に泣き顔の絵文字や一時的な感情表現に止まらない。本書が指し示す「ぴえん系女子」とは、歌舞伎町界隈に現れる特定のファッション、すなわちネット上のルッキズムの圧力の中で承認を求め、結果として容姿への消費へと繋がりやすい「量産型」や「地雷系」といったスタイルに身を包み、SNSでの「いいね」やフォロワー数を自らの価値と直結させる「SNS脳」を持つ若者たちを指す。
彼女たちは、オーバードーズやリストカットといった自傷行為すらもファッションの一部として消費し、「#好きで好きで仕方なかった」という、ホスト殺人未遂事件の加害者の言葉とされる過激なハッシュタグに共感を示すことさえある。
『「ぴえん」という病』は、歌舞伎町という特殊な空間を舞台にしながらも、現代社会に共通する普遍的なテーマを炙り出す。
著者が捉える「病」とは、承認欲求を満たそうともがく若者たちが、その過程でさらに深い「闇」へと引きずり込まれる構造そのものである。そこでは、SNSは自己表現や繋がりの場であると同時に、常に他者の視線に晒され、数字によって評価される過酷な承認ゲームの舞台となる。
この承認への渇望が、ホストクラブでの高額な「売掛」、すなわちツケ払いといった搾取的な消費行動へと繋がり、若者たちを経済的にも精神的にも追い詰めていく。
彼女たちの刹那的な行動の根底には、現代的な「つながりの貧困」とも呼べる、希薄な人間関係とそれゆえの孤独感、そして埋めがたい空虚感が横たわる。こうした貧困さが、時に希死念慮や自己破壊的な行動へと繋がる危うさを孕んでいることも本書は示唆する。
家庭や学校に居場所を見出せず、従来のコミュニティからこぼれ落ちた少年少女たちが、歌舞伎町やトー横、すなわち新宿TOHOビル横の広場といった場所に流れ着く。そこは搾取や危険と隣り合わせである一方、彼ら彼女らにとっては束の間の安心や承認を得られる、いわば現代的な「アジール」、すなわち一種の避難所として機能している側面も持つ。
佐々木チワワ氏の最大の魅力は、対象と同世代でありながら、研究者としての客観性を保ちつつ、深い共感をもって彼ら彼女らに「寄り添い」、その「当事者性」を尊重しながら発信を続けるスタンスにある。彼女自身が「なぜ未成年たちは深い闇に堕ちてしまうのか」という切実な問題意識を抱え、その答えを現場での丹念な取材を通じて模索している。
本書は、メディアで時に扇情的に報じられがちな「ぴえん」や「トー横」といった現象の表層だけでなく、その背景にある構造的な問題を冷静に腑分けし、若者たちの生々しい声を私たちに届けてくれる。それは、単なる同情や批判を超え、この世代が直面する「病み」と、そこから垣間見える「承認」への渇望という光と影のコントラストを鮮明に描き出している点に、本書の独自性と貢献があると言えるだろう。
著者の筆致は、時に突き放すような冷静さを保ちつつも、対象への共感と問題解決への意志を失わず、困難な状況の中に希望の萌芽を見出そうとするかのようなバランス感覚に貫かれている。
『「ぴえん」という病』は、現代日本の若者文化、特にSNS時代の光と影を理解する上で必読の一冊と言える。親世代や教育関係者だけでなく、変化の激しい現代社会に関心を持つすべての人々にとって、多くの示唆を与えてくれるだろう。
SNSによって可視化され増幅された承認欲求が、いかに若者たちの自己認識を歪め、時には危険な領域へと誘うのかという警告は重く響く。「トー横」現象が大阪の「グリ下」など他の都市にも飛び火している事実は、この「病」が特定の地域に限定されたものではなく、現代社会に生きる若者たちが共通して抱えうる問題であることを示唆している。
本書を通じて「ぴえん世代」の抱える痛みや渇望に触れることは、彼らを単に「理解できない若者」として切り捨てるのではなく、同じ社会に生きる一員として、何ができるのかを考えるきっかけとなるはずだ。
佐々木チワワ氏が鳴らす警鐘は、私たち自身の価値観や社会のあり方をも問い直す力を持っている。それはまた、彼らが抱える問題の根源を映し出すことで、図らずも私たち自身の内に潜む闇をも照らし出しているはずだ。この「ぴえん」という名の現代病に、私たちはどう向き合っていくべきなのか。その重い問いを、本書は私たちに突きつけている。
更新:06月23日 00:05