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『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』実用書の顔をした、深い社会洞察【書評】

2026年05月08日 公開

大村壮太(作家)

なぜ働いていると本が読めなくなるのか

日々、多忙なビジネスパーソン。限られた時間の中で、いかに効率良く知識や教養を身につけるかは、常に頭を悩ませる問題だろう。本連載では、そんな悩みを抱えるビジネスパーソンに、スキル向上に役立つ書籍を厳選してご紹介する。今回は、三宅香帆著 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)を取り上げる。

 

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

なぜ働いていると本が読めなくなるのか

「最近、仕事が忙しくてまったく本を読む時間がない」
 「家に帰ると疲れてしまって、ついスマホを眺めてしまう」

多くのビジネスパーソンが、そう感じているのではないか。インプットの重要性は理解しているが、日々の業務に追われ、読書が後回しになる。あるいは、読もうとしても集中力が続かない。そんな悩みを抱えるあなたに、ぜひ手に取ってほしい一冊がある。それが、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)だ。

タイトルだけを見ると、「読書時間を確保するためのテクニック」や「集中力を高める方法」が書かれた、いわゆる「読書術」の本のように思えるかもしれない。もちろん、あとがきには「働きながらでも読書時間を確保するためのマイルール」が4項目、簡潔にまとめられており、忙しい私たちへの配慮も感じられる。

しかし、本書の真価は、単なるノウハウの提供に留まらない。むしろ、「なぜ、私たちは本を読めなくなってしまったのか?」という問いを、個人の努力不足や怠慢の問題として片付けるのではなく、日本の労働史や読書文化の変遷を丹念に紐解きながら、その構造的な原因に深く切り込んでいく点にある。

 

「読めない」のは、あなたのせいだけではない

著者の三宅香帆は、かつてリクルートに勤務し、多忙な日々を送る中で「本が読めなくなった」経験を持つ当事者でもある。そのリアルな経験に基づき、本書は「読めないのは個人の問題ではなく、社会の仕組みに根差している」という、ある意味で衝撃的な、しかし多くの読者にとって「救い」となる視点を提示する。

明治期の自己啓発書の登場から、高度経済成長期のモーレツ社員、バブル崩壊後の成果主義、そして現代の「スキルアップ競争」や「学び直し」のプレッシャーに至るまで。本書は、日本の「働き方」がいかにして私たちの時間と精神を蝕み、「読書」という行為から遠ざけてきたのかを、豊富な歴史的資料をもとに解き明かす。

長時間労働、常に成果を求められるプレッシャー、自己投資としての「学び」の強要...。こうした社会全体の圧力が、私たちの心身を疲弊させ、じっくりと本に向き合う余裕を奪っているのではないか。本書を読むと、日々の忙しさの中で感じていた漠然とした息苦しさや、「読めない」ことへの罪悪感が、自分だけの問題ではなかったことに気づかされ、少し肩の荷が下りるような感覚を覚えるはずだ。

 

現代日本の労働環境や社会に対する鋭い批評精神

本書が多くのビジネスパーソンに支持されている理由は、そのユニークな構造にもある。カバー帯に書かれた「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」というキャッチコピーは、まさに私たちの日常を言い当てており、思わず手に取ってしまった人も多いだろう。Amazonのレビュー欄には、「会議続きの合間に読めた」「まさに自分のことだと思った」といった共感の声が溢れ、読書会や勉強会の課題図書として選ぶ動きも見られる。

一見すると、忙しいビジネスパーソンの悩みに寄り添う「実用書」のような顔をしている。しかし、その中身は、現代日本の労働環境や社会に対する鋭い批評精神に貫かれているのだ。この「実用性」と「批評性」の二層構造こそが、本書の大きな魅力と言える。

表層的には、私たちの「読めない」という悩みに共感し、具体的なヒントを与えてくれる。しかし深層では、「なぜそうなってしまったのか?」という根本原因を問い、社会全体のあり方について考えるきっかけを与えてくれるのだ。

SNSで「#半身で働く」というハッシュタグが広がりを見せたのも、本書が単なる問題提起に終わらず、「じゃあ、どうすればいいのか?」という問いに対する具体的な方向性を示しているからである。

 

「半身で働く」という、新しい働き方の提案

本書が最終的に提示するのは、「全身全霊で働くのをやめ、半身で働ける社会へ移行しよう」という提案だ。

これは、単に「もっと楽をしよう」「手を抜こう」ということではない。常に120%の力で走り続けることを強いる社会から距離を置き、仕事に全てを捧げるのではなく、自分の時間や人間らしい営みを取り戻すための、持続可能な働き方へのシフトチェンジを意味する。

ビジネスパーソンにとって、「半身で働く」という考え方は、一見するとキャリアダウンや成長の停滞を招くように感じられるかもしれない。しかし、長期的な視点で見れば、燃え尽きを防ぎ、心身の健康を保ち、結果として創造性や生産性を維持・向上させることに繋がるのではないか。

また、仕事以外の領域(読書、趣味、家族との時間など)にリソースを配分することで、より多角的な視点や発想を得られ、それが仕事にも好影響を与える可能性も秘めている。

 

読書と働き方を見つめ直す

私たちはこれまで、「自己成長」「スキルアップ」のために、多くのビジネス書や実用書を読んできた。それ自体は非常に価値のあることだ。しかし、常に「役に立つか」「効率的か」という観点だけでインプットを捉えていると、どこかで息切れしてしまうかもしれない。

本書は、そうした「自己投資」としての読書観に一石を投じ、効率や成果とは別の次元にある、知的好奇心を満たす喜びや、思考を深める楽しさといった、読書本来の豊かさを思い出させてくれる。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、日々のタスクに追われ、立ち止まることを忘れがちな私たちビジネスパーソンにとって、自身の働き方、そして読書との向き合い方を根本から見つめ直すための、またとない一冊となるだろう。

単なる時間術やノウハウ本では得られない、深い洞察と未来へのヒントが詰まっている。読了後、あなたはきっと、少しだけ軽くなった心で、新しい気持ちで本を手に取りたくなるはずだ。そして、自分らしい「半身」の働き方を探求する旅を始めたくなるかもしれない。忙しい日々を送るすべてのビジネスパーソンに、強くおすすめしたい一冊である。

 

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