2025年04月30日 公開
「人間力」を磨き、部門経営者を育てることを目的としたPHPの研修事業。講師陣は、企業・組織において様々な現場を経験し、時に修羅場を乗り越えてきた実務者ばかりだ。本連載では、その研修内容の一部を誌上講義してもらう。初回は、「今の時代、リーダーに何よりも求められているのは『人間力』」と語るトレーナー・コーチの染屋光宏氏が、その高め方を熱く説く! (構成:坂田博史)
※本稿は、『THE21』2025年5月号より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
今、なぜ「人間力」が求められているのでしょうか。私は、その背景や理由として次の3つがあると考えます。
1つ目は「組織と人材の多様性と変化への対応」。グローバル化が進み、言語や文化の異なる人々、多様な価値観を持つ人たちと一緒に仕事をする機会が増えています。
働き方も変わりました。2020年の新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、リモートワークが一気に普及。それに伴い、対面でのコミュニケーションの機会が減少しました。
組織と人材のマネジメントが難しくなる中、リーダーには、多種多様な考えに共感し、それらを尊重、統合しながら新しい価値を生み出す度量の大きさと柔軟性が求められます。
2つ目は「持続可能な未来を目指した経営の必要性」。経営を短期的に捉え、目先の利益ばかりを追うと、本来生み出すべき価値への意識が薄れてしまいます。「ESG(環境・社会・ガバナンス)」や「SDGs(持続可能な開発目標)」の重要性が叫ばれる中で、企業にとって長期的な価値創造と持続的な成長は不可欠です。
では、その実現には何が必要でしょうか。大きな鍵となるのが未来を見通すビジョンです。私たちは何のために存在し、何を創り出していくのか。理想の未来を明確に描き、社会に貢献する。実現に向け人々を巻き込み、共に歩む姿勢が重要です。
3つ目は「日本的経営の良さを再評価する流れ」。グローバル化が進む一方で、今こそ、日本的経営の良さや価値を見直し、今後の経営に活かす時ではないでしょうか。例えば、「人を大切にする経営」や「現場主義」「高い倫理観」などが挙げられます。
従業員を家族や仲間のように捉え、仕事だけでなく人生全般に関わっていく。人を大切にし、長期的な信頼関係を築く経営こそ、これからの時代に必要とされるものです。
こうした3つの背景や理由から、経営をより良くしていくために、人間力が求められているのです。
皆さんは、ご自分の人間力をどのように捉えていますか。上の「人間力自己チェックシート」を使ってチェックしてみてください。
点数に一喜一憂する必要はありません。人間力の定義、構成要素は人によって違います。
自分にはどのような要素がありますか? 人間力が高い人は、どういった特徴を持っていますか? ぜひ人間力の構成要素に対する考えを深めていってください。
PHPゼミナールでは、人間力を「人や組織を惹きつけ、動かす、対人影響力や行動力、発想力の総称」と定義しています。その構成要素は2つ。1つが「人徳」、もう1つが「熱意」です。人徳とは、人を惹きつける人間的魅力。熱意とは、人と組織を動かす人間的な迫力、底力のことです。
そして、人徳と熱意は独立した存在でありながら、互いに補い合い、相乗効果を生み出しつつ、高まっていきます。
例えば、リーダーがメンバーを思いやる(人徳)だけでなく、自ら先頭に立ち、挑戦を続ける(熱意)ことで、組織全体が活気づきます。そのリーダーの姿勢(熱意)はメンバーからの信頼(人徳)を生み、組織をさらに強くしていきます。こうした好循環を意識することで、より豊かな人間力が育まれていきます。
それでは、人徳と熱意について、もう少し詳しく考えていきましょう。まず「人徳」です。私は、人徳を形成するうえで特に大切にしたい要素が3つあると考えています。
1つ目は「誠実さ」。言葉と行動が一致し、嘘偽りがない人に私たちは誠実さを感じます。
ある女性経営者の話をしましょう。数年前、彼女の組織は望んだ実績を出せませんでした。
ある日、全国から経営者が集まる会で、自分が仲間たちを勝利に導けなかったことへの悔しさの大きさに気づき、「仲間たちと一緒に成功するために、自分に何ができるのか」と考え、勉強会を始める決意を固めます。「週に一度、必ず勉強会をやろう。基本を身につけ、やるべきことを明確にし、実行する。仲間を力づける」と決めて、行動を開始しました。
彼女は、一度決めたことを愚直なまでに継続されています。勉強会は300回を超え、その組織は着実に成長しています。
言行一致の姿勢は、誠実さの現れであり、それが信頼の証となります。人徳を形成するうえで、まず欠かせないのが誠実さです。
2つ目は「共感力」。他者の感情や立場に心を寄せる共感力は、これからの時代、ますます重要になってくるでしょう。
実は、私は人の気持ちに共感するのが苦手でした。大切だとわかっていても、多忙な時ほど向き合う余裕がなく、「構っていられない」と思っていた時期があります。それでも、ついてきてくれる人はいましたが、離れていった人も少なくありません。後になって、自分には思いやりが足りなかったのだと気づきました。
価値観が違う人の考えや意見であっても受け止め、受け入れ、それらを束ねていく。人は感情の生き物です。相手の自己重要感を満たすことが大切です。共感力は人徳を身につけるために大切にしたい要素です。
3つ目は「謙虚さ」。自分の限界を認識し、他者から学ぶ姿勢や失敗を受け入れる器量が、謙虚さにつながります。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉があります。地位や名声、実績があるにも関わらず、「なぜ、ここまで学ぼうとされるのだろう」と思わせる人がいます。ある経営者は、私の専門分野について、興味深そうに次々と質問してきました。その姿勢と成長意欲に触れ、私自身も学び続ける大切さを改めて実感しました。謙虚さも人徳を高めるために心がけたい要素です。
人間力を構成するもう1つの要素「熱意」についても考えてみましょう。こちらも特に大切にしたい要素を3つ挙げたいと思います。
1つ目は「明確な目的意識、『観』の明確化」です。自分が大事にしている価値観、存在理由を明確にすることが大切です。「観」は人生観、仕事観、人間観、死生観などを指します。これらをどのように捉え、どのように定義しているか。言い換えれば、自分自身の価値観やビジョンを明確にすることが、熱意の出発点になるのです。
2つ目は「強い使命感」です。社会や組織における役割を理解し、求められる責任と成し遂げるべき使命を自覚すれば、熱意が生まれます。
私は17年半勤めた製薬会社を2010年に退職し、同じ志を持つコーチング仲間とともに会社を立ち上げました。チームコーチングメソッドを基軸にして関わる企業、組織を強くしていくことが目的です。掲げた方向性は、「チーム・ニッポンの創生」でした。
日本中に、ビジョンを達成する組織を星の数ほど生み出そう。その強い使命感がありました。
自分が大事にしたいこと。目指す世の中。そこに向かう自分の想い。それらが1つに重なった瞬間、起業を決意しました。
しかし、想いだけでは十分ではなく、3つ目の要素が不可欠でした。それが「行動力」です。
行動なくして成果なし。想いを形にするには、まず動くことが必要です。頭や心の中に素晴らしいビジョンを持つ人は多いでしょう。しかし、それを実現するために一歩踏み出しているでしょうか。人を巻き込んでいるでしょうか。
目的やビジョンを明確にし、強い使命感をもって行動することを意識してください。自分の内側からあふれ出るエネルギーを大切にし、人と世の中のために活かしていきましょう。
今挙げた3つを意識しながら、上の3つの円を書いてみてください。1つ目が「MUST:何をすべきか」。2つ目が「CAN:何ができるか」。3つ目が「WANT:何をしたいのか」。これら3つを明確にして、かつ円の重なりを考えてみましょう。
私は20代後半の頃、何かの専門家になりたいと強く思いました。税理士の資格取得を含め財務経理部門を目指しましたが、希望はかなわず、人事部に異動。当時、できる業務は何一つありませんでした。
それでも、目の前のやるべきことに、不満を言わず取り組みました。するとMUSTとCANが重なり、組織の中に居場所ができました。さらに突き詰めた先に、人を育て、成長に関わること、その環境をつくることこそが自分の本当のWANTなのだと気づきました。
もし今、何をやりたいかが明確でないなら、まずは目の前のことに一生懸命に取り組む。やりたいことが見えている人は、実現のためにできること、やるべきことを増やす。
3つの円(MUST・CAN・WANT)の重なりが大きくなるほど、内側から熱意が湧き上がり、行動につながります。
皆さんの内側には必ず炎があります。自分にとって大切なものは何か。自分自身に問いかけ、熱意を確かめてみてください。かつて熱意が高かった時期を思い出してみるのも良いかもしれません。
私はさらに、人徳と熱意を支える土台のようなものとして、「素直な心」が大事であると考えています。
「素直な心」とは、パナソニックグループの創業者・松下幸之助氏が生涯にわたり探求した生き方の姿勢です。氏は、「経営者が経営を進めていく上での心がまえとして大切なことはいろいろあるが、いちばん根本になるものとして、私自身が考え、努めているのは素直な心ということである」と述べています。
ここで言う素直な心とは、一般的に言われる「素直さ」「従順さ」とは異なるものです。「なにものにもとらわれることなく、物事の真実を見る心」「私心、私利私欲にもとらわれず、ありのままを見、物事の実相を明らかに見る心」のことです。
一見優しい言葉に見えますが、素直な心を身につけることは、実は簡単なことではありません。例えば、職場の仲間、同僚のことを、つい自分の思い込み、決めつけで見てしまうことはありませんか。
素直な心を深めるために、幸之助氏は、「いっぺん自分というものから外に出て行って、そして自分を見る」、氏の言葉でいう「自己観照」をしていました。
そして「今日一日、素直な心でいよう」と強く願い、それができたかどうかを一日の終わりに振り返る。そういう日々を繰り返していたそうです。
研修でお会いする受講生の多くが、異口同音に「振り返る時間が取れていない」と口にされます。仕事の質を高めるだけでなく、自らの人間力を見つめ直すためにも、折に触れて内省する習慣は持ちたいものです。
以上、人間力を構成する「人徳」と「熱意」、そしてそれらを支える「素直な心」についてお話ししてきました。
私自身もまだ道半ば。研鑽と実践を重ね続けています。ともに人間力を高め、明るい未来を切り拓いていきましょう。
更新:05月01日 00:05