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SNSに溢れる“わかりやすい答え”の誘惑にどう向き合うか...『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』【書評】

2025年04月05日 公開
2025年06月03日 更新

大村壮太(作家)

ネガティヴ・ケイパビリティで生きる ―答えを急がず立ち止まる力

日々、多忙なビジネスパーソン。限られた時間の中で、いかに効率良く知識や教養を身につけるかは、常に頭を悩ませる問題だろう。本連載では、そんな悩みを抱えるビジネスパーソンに、スキル向上に役立つ書籍を厳選してご紹介する。今回は、谷川嘉浩, 朱喜哲, 杉谷和哉著『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる ―答えを急がず立ち止まる力』(さくら舎)を取り上げる。

 

『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる ―答えを急がず立ち止まる力』

ネガティヴ・ケイパビリティで生きる ―答えを急がず立ち止まる力

現代社会では、何か問題に直面すると即座に答えを出すことが至上命題のように語られがちだ。特にビジネスの場では、スピーディな決断や短いプレゼン動画といった「一問一答的」思考が称賛され、複雑な背景や文脈はしばしば捨象される。

しかし私たちは、本当にそれでいいのだろうかと首をかしげたくなる瞬間を持っているはずだ。答えを求めてやみくもに検索しても、いざ蓋を開けると"わかりやすい"だけの情報が溢れ、自分自身が「検索汚染」に巻き込まれている感覚に陥ることはないだろうか。

そんな「即断即決」「わかりやすさ」至上主義の風潮をゆるやかに問い直すのが、本書『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』だ。

ネガティヴ・ケイパビリティとは、英国の詩人ジョン・キーツが生み出した概念で、「答えが出ないままの状態」にとどまり続ける力とされる。著者たちは、この"立ち止まる勇気"こそが、複雑な課題に向き合うための鍵だと訴える。問題を簡単に単純化せず、「わからなさ」をあえて抱えたまま観察し続けることでこそ、新しい認識や深い洞察に辿り着けるというわけだ。

この態度は、一問一答的思考が引き寄せる"陰謀論的"な想像力とも対照的だ。陰謀論を信じる人々は、あらゆる事象の背後に"黒幕"を設定してしまうが、それは実のところ、すべてを直線的な因果関係で説明しようとする「簡潔さ」への欲求と表裏一体でもある。

しかし、人間が本来対峙している世界はそんなに単純ではない。理解できない事柄が山積みだからこそ、私たちは容易な回答で安心したくなり、頭の中が「検索汚染」のように軽量な情報で埋め尽くされてしまうのだ。結果、一つでも"それっぽい"理屈を見つければ、複雑な全体像を見ようとする努力を放棄してしまう。これこそ「わからなさ」に耐え続ける力――ネガティヴ・ケイパビリティ――が喪失した状態だといえる。

本書の魅力は、このネガティヴ・ケイパビリティを、哲学・公共政策・心理の専門家たちが多角的な視点から丁寧に論じている点にある。ただ抽象的に「曖昧さを受け入れよう」と語るのではなく、SNSやアテンション・エコノミーに代表される現代社会の構造を見すえつつ、あえて問いを抱え続けることの意味を具体的に提示する。

たとえば、仕事上の難題やチーム内の対立など、今すぐに正解を出せない事柄こそ、焦らず状況を観察してみる。あるいは、相手を「わからないから」と安易に切り捨てるのではなく、彼らが立つ文脈や背景を根気強く汲み取ってみる。そうすることで浮かび上がる"つながり"や"新たな視点"が、実は遠回りに見えて近道だったりする。

このように、「答えを急がずに未決の状態を味わう」姿勢は、何も学術的な世界の話だけではない。作者たちはむしろ、現実のビジネスパーソンや、日々の生活に翻弄される私たちに向けてこの概念を説いている。情報に溢れ、自己アピールや即断を迫られがちな時代だからこそ、片隅にある"わからなさ"を無視せずじっと見つめることが、新たな知と創造の源泉となるのだろう。

本書が提案するのは、いたずらに答えを探すのではなく、問いのなかにとどまる"粘り強さ"だ。そこでは、常に反証可能性に開かれた対話や他者との協働が大切にされる。陰謀論が閉鎖的な思考パターンを生むのに対し、ネガティヴ・ケイパビリティは自分自身や他者を「絶えず撹乱」できる柔軟性を育むのだ。

本書を読み終えると、「わからない」を排除せずに抱え続けることが、いかに豊かな可能性を秘めているかを改めて考えさせられる。何事も即断即決が求められる現在だからこそ、あえて立ち止まって複雑な文脈を見極める力は、まさにこれからの知的サバイバルを支える必須のスキルになるかもしれない。

ネットやSNSにあふれる"わかりやすい答え"の誘惑とどう折り合うか――その問いへの具体的なヒントが、本書の随所に詰まっているはずだ。陰謀論的思考の陥穽を他人事と切り捨てられないからこそ、「一問一答ではない世界の複雑さ」を生き延びるための一冊として、多くの人に手に取ってほしいと思う。

 

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