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働きながら本を読むのは贅沢? いつから読書は「労働の邪魔」になったのか

2024年10月03日 公開

三宅香帆(文芸評論家)

なぜ働いていると本が読めなくなるのか

時代とともに、人々の働き方も読書の目的も変わってきた。そして現代人は、自分を効率的に市場適合させるための情報収集に走り、「読書」はノイズとして敬遠されるものに。しかし、本当にそれで良いのか? 『THE21』2024年11月号では、文芸評論家の三宅香帆氏に、これからの時代でより良く生き、働くための「読書とのつき合い方」を聞いた。

※本稿は、『THE21』2024年11月号特集「これから10年の生き方・働き方」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

日本人の読書量が減ったのは90年代

今年4月、かねてから世に問いたいと思っていたテーマを一冊の本にまとめました。タイトルは、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。この疑問、読者の皆さんにも少なからず思い当たるところがあるのではないでしょうか。本書には、これに対する私なりの答えも記されています。

詳しくは、ぜひ本書をお読みいただくとして(笑)、ここでは主に、読者に多いと思われる40~50代の方々と読書との関係性を、時代背景とともにお話ししたいと思います。

皆さんはよく「読書離れ」という言葉を耳にされるでしょう。このワードは1970年代から連綿と言われ続けていますが、日本の書籍購入額が実際に減り始めたのは90年代後半、今50代の方々が、新入社員や若手社員だった頃です。

その背景に何があったかというと、一つは91年のバブル崩壊です。ここから日本は、長い景気後退局面に入りました。

それまでは、働けば働いただけ、研鑽を積めば積んだだけ成功できて、ひいては経済も成長し、良い世の中になるという考え方が人々の間で自然に共有されていました。しかし90年代には、頑張ったところで経済は成長しないし社会も変わらないという認識が広がり、「社会は変えられないが、『自分』は市場に適合して生き残ろう」という考え方が色濃くなっていきます。

同時期に浸透したのが、欧米から入ってきた新自由主義思想です。国や自治体による福祉やサポートを最小化し、民間や個人の頑張りを期待する、つまり個人主義と自己責任論の考え方が、社会に浸透していきます。

 

読書に伴う「ノイズ」は労働の邪魔?

この流れは、読書にどのような傾向をもたらしたでしょうか。

90年代、読書量が減る中で売れてきたのは自己啓発書です。毎年ベストセラーの上位を占め、以降も右肩上がりに数字を伸ばしていきました。

自己啓発書に共通するのは「(社会はともかく)自分の行動を変えよう」というメッセージです。他者・社会・世界などの変えられないものではなく、コントローラブルな自分自身の行動を変革すべし、ということです。

その目的は、特にビジネスパーソンの場合、前述の「市場適合」にありました。行動を変えれば仕事で成果を出せて、市場から選ばれ、成功できる。その考え方は多くの働き手に「刺さる」ものだったでしょう。

しかし逆に言うと、それは「変えられないものについて考える時間は無駄」という考えにつながります。そして、他者の感情や、社会の課題といったテーマは、邪魔な「ノイズ」だという価値観を徐々に醸成することになりました。

それは、働く人にとって本が、(実用性・即効性のあるもの以外は)縁遠いものになっていくことを意味します。架空の人物を描き出す小説、過去をひもとく歴史書、社会の矛盾を掘り下げる論考などなど、本は総じて、その手のノイズに満ちているからです。

2000年代以降になると、インターネットの普及によって、今度は「情報」が台頭し、読書の地位はさらに後退しました。

読書とネット情報の違いは、まさにノイズの有無です。読書の場合、著者の思考に数時間「つき合わされる」ことになりますが、ネット検索なら、ピンポイントで即座に知りたい情報に到達できます。効率的で実用的、働く人にとって理想的です。

仕事でサバイブしたい、市場に適合したい、そのための情報だけを素早く受け取りたい。今の自分に必要ないもの、自分と異質なものを受け容れる余裕はない......。こうして、「働く」と「読書」は両立しづらいものとなっていったのです。

 

「仕事で自己実現」という謎の理想像

2000年代以降、もう一つ顕著に見られるのが、仕事と「自己実現」を結びつける価値観です。その影響をダイレクトに受けたのは、今の20~30代。彼らは学齢期に個性重視の教育と、「好きなことを職業にするのがベスト」というキャリア教育を受けました。

本を含めたあらゆるメディアも、「『好き』を仕事にせよ」というメッセージを発しました。その基盤には自己決定や自己責任の重要性を説く新自由主義思想がありますが、少なからずひずみを生んでいるのも事実です。「『好き』が見つからない(から仕事に就けない)」など、「自分探し」の迷路に入る若者が多く出たからです。

40~50代の方々も、自らのアイデンティティを仕事と同一視する価値観を、知らず知らず持たされてはいないでしょうか。家庭生活、趣味、友人との交流といった様々な要素よりも仕事が優先となる状況は、当然、読書離れを促進します。

さらに2010年代には、「働き方改革」により、長時間労働が是正されました。このこと自体は、心の余裕をもたらす追い風ですが、そこに付随してきたのが、「空いた時間に個々で稼げ」という社会的要請です。副業などの「新しい働き方」を奨励しつつ、「会社に頼らず、自分の市場価値を上げよ」と説く。これまた「自己責任」の文脈と重なるものです。

個人の意識は必然的に、仕事に全身でコミットする方向に流れます。これが続けば、今後も読書はノイズとして敬遠され続けるでしょう。それは、果たして良いことでしょうか?

 

仕事に占領されない「半身」の生き方を

全身と半身の比較

ご存じの通り、情報収集は、「知りたいことを検索する→知る」こと。つまり、想定内の営みです。対して読書は、知りたいことの外側、すなわち「想定外」というノイズをもたらします。

加えて、本は原則的に、一人の著者の思考をつづったものです。読者は、著者という「他者」の思考や思想、どのような文脈でどう語るか、といったことを一冊ぶん受け取らなくてはなりません。

しかし、それこそが読書の最も素晴らしい点だ、と私は考えます。そうした時間を持たずに生きていると、他者の考えに思いを致す能力=想像力が衰えます。ノイズ回避社会はやがて、人と社会、人と人の分断を招くのではないでしょうか。

そこで私が提唱したいのは、先ほど触れた「全身コミット」の逆、すなわち「半身(はんみ)」の働き方です。仕事はもちろん、家庭・趣味・学び・友人との交流といった生活の諸要素に「力半分」で関わっていく。そうした生き方ができれば、働きながらでも、本を読む余裕が生まれるはずです。

現代日本においても、半身の働き方は、十分に可能だと思います。日本の時間当たりの労働生産性は諸外国に比べて低い、とかねてから指摘されていますね。職場には慣例的に行なわれている無駄な作業が多々ありますし、日本人ならではの「丁寧さ」に基づくサービスにも簡略化の余地があります。

何より大事なのは、皆さん一人ひとりが「全身コミット」という理想像に疑いを持つことです。競争心が過剰に煽られる時代にあって、人は無意識のうちに「もっと頑張れるはず」と自分を追い立てています。その末に、疲弊してメンタル不調に陥る人は後を絶ちません。

ほかにも、ストレスのせいで部下にパワハラを働く可能性や、家庭をおろそかにして家族の信頼を損なう恐れなど、「全身コミット」は危険要素に満ちています。

「なぜ自分はそんな危うい状況にいるのか?」「社会がつくった理想像を真に受けていいのか?」

本が読めないでいる方はぜひこの自問から、第一歩を踏み出してほしいと思います。

 

社会を変えるために上司世代ができること

40~50代ビジネスパーソンにおすすめの本

拙著を通してこう提言したところ、たくさんの感想やご意見をいただきました。興味深いのは、世代によって、感想の色合いに差があることです。

若年層は、「半身」に賛同してくださる方が多数派。すでに実践している方も多くいます。また、30代以上の方々からも、「本が読めないくらい疲れていたと気づいた」という声が多数寄せられました。若い世代を中心に、新しい生き方が徐々に浸透するのでは、と予測しています。

一方、40~50代からは賛成の声も届いたものの、「働きながら本を読むなんてそもそも贅沢では?」といった声もちらほら。社会が変わっていくには、この「上司世代」の意識と行動が変わることも大事な鍵となります。

上司の立場にいる方ができることは、多々あります。例えば部下を評価する際、「時間」を重視しすぎないことです。

働き方改革以前の日本は、「徹夜で頑張る」といった行動が過大に評価されました。「一生懸命」「熱心」といった指標も、同じく重きを置かれてきました。

しかし長時間働かなくとも、ことさらに熱心でなくとも成果があがっているなら、その点こそ評価されるべきです。その価値観を持つ上司が増え、職場が変わることが望まれます。

働き方改革は現時点で、「思ったよりも進んでいない」という印象を私は持っています。コロナ禍で一時期増えたリモートワークも、コロナが落ち着けば元通り、という職場が多数あります。根づいているのは都市部の企業やIT系など、限られた業種にとどまっています。

この停滞の原因も、世代差にあるのではないかと思います。若年層が働き方改革を「必要不可欠」と捉えるのに対し、決定権を持つ上司世代は、さほど必要性を実感していないのかもしれません。

この差は、世代ごとの「共働き率」の差とも言えます。20代や30代の働き手は多くが共働きで、夫婦双方が仕事と家事育児に関わっています。こうした家庭では、就業時間の短縮やリモート活用は、ライフラインに等しい重要事項となります。対して50代は、夫が働き、妻が家事育児をする家庭が多いため、さほど切迫感がないのです。

海外でも、共働き家庭が多くを占める国は勤務時間が短めです。私は10数年前、大学生時代に英国でホームステイをしていましたが、大企業勤務のお父さんの帰宅時間はいつも17時。たまに18時近くになるだけで、お母さんに怒られていました(笑)。

また海外赴任中の友人によると、育児中の社員は誰でも「子どものお迎えの時間に帰る」のが当たり前だそうです。日本では、母親が時短勤務をして迎えに行く形が主流ですね。ここにも違いを感じさせられます。

日本社会は女性が仕事・家事・育児に「全身コミット」を求められやすく、こうした女性の疲弊は著しいものですが、これからは夫婦双方が仕事に半身で関わり、家事育児も半身ずつ、二人で関わる家庭が増えていくことを期待しています。

 

格差の拡大は「読書格差」も生む

私自身の期待を込めた予測を語ってきましたが、残念ながらシビアな予測もあります。向こう10年間で、格差はさらに広がるでしょう。生活格差のみならず、働き方と読書の格差も大きくなる可能性があります。

少子化と労働人口減少により、人手不足は今後も続き、働き口は十分にあるはずです。しかしそれらの職種も二極化すると思われます。AIで代替できない仕事、すなわち高度な知識やスキルが求められるエリート職と、もう一つ、人力に任せてもコストのかからない低賃金の職業です。後者に就いた人は、いくら働いても生活は苦しく、心の余裕もなく、読書どころではなくなります。

仕事やプライベートに「半身」で関わって心豊かに暮らす人が増えても、その選択さえ叶わない人も出てくるなら、それは憂うべき事態です。この数十年で根づいた「自己責任論」は継続されるのか、個人は自分のことだけを考えていればいいのか。一人ひとりが問われるところでもあるでしょう。

もう一つ憂慮しているのが、書店の減少です。減っているのみならず、若い世代、とりわけ読書習慣のない層には、書店に入ったことが一度もないという人もいます。これは生活格差や教育格差に加え、「文化格差」を促進させる危険があります。本と出会う機会=タッチポイントをいかに確保するかは、重要な社会課題です。

 

2034年に望むのは「書店がある環境」

働きながら本を読む6つのコツ

そうした先の未来、2034年の日本に「書店がある読書環境」が保たれるよう、私は強く願うばかりです。

対策は容易ではありませんが、若い世代に訴求するには、書店に行くことが「体験」になるような仕組みが有効だと思います。若い世代にとって、飲食店や娯楽施設は「スマホで撮って楽しむ場所」であることが必須。

書店もSNSで共有したくなるような場であれば、大いに足を運ぶでしょう。本の撮影は「デジタル万引き」にもつながりやすいので、何らかのルールが設定される必要はありますが、書店復活のための、一つの鍵だと思っています。

ちなみに私自身は、そうした要素のない「昔ながらの書店」も非常に好きです。書店には、ネット書店にはない豊かさがあります。買いたい本を検索して選ぶのと違い、店内を歩くと偶然の出会いが無数にあります。検索画面に出てくるリコメンドとは比較にならないほど、多くの本が視野に入ってきます。新刊情報も、ネットではわずかしかもたらされませんが、書店では自然に目に留まります。

つまりは「未知」の情報量が多いのです。それまで意識していなかった、潜在的な興味が掘り起こされることも多々。想定外という意味ではこれもノイズですが、快いノイズです。

皆さんもときどき書店に立ち寄り、ノイズを楽しんではいかがでしょうか。上に、「働きながら本を読むコツ」として6つのポイントを挙げましたが、「⑤今まで読まなかったジャンルに手を出す」はとりわけお勧めです。

人生の経験を積んでいくことで、読める本の幅は広がっていくもの。これまでは小説やエッセイが好きだったとしても、ビジネス書が面白く読めるようになっているかもしれません。ぜひ、書店で色んなジャンルの棚を眺めるようにしてください。固定化しがちな関心に刺激が加わります。

こうしたノイズを取り入れ、受け容れ、楽しむこと――それは皆さんの10年後を、きっと豊かにするでしょう。

 

著者紹介

三宅香帆(みやけ・かほ)

文芸評論家

文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院博士前期課程修了(専門は萬葉集)。京都天狼院書店元店長。IT企業勤務を経て独立。著作に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない——自分の言葉でつくるオタク文章術』、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』など多数。

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