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入社3年目で起きたリクルート事件...苦境に立って得た「仕事の意義への目覚め」

2025年02月21日 公開

小笹芳央([株]リンクアンドモチベーション代表取締役会長)

小笹芳央

新卒で(株)リクルートに入社し、14年間の勤務後、世界初の「モチベーション」にフォーカスした経営コンサルティング会社、(株)リンクアンドモチベーションを設立した小笹芳央氏。リクルートでのリーダー時代には、世間を大きく揺るがしたリクルート事件があった。小笹氏は、困難な局面をどう乗り切ったのか? (構成:川端隆人)

※本稿は、『THE21』2025年1月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

リーダーにしか味わえない「達成」の醍醐味

 ――「管理職は大変なだけの罰ゲーム」とさえ言われ、出世したがらない若手も多い時代ですが、リーダーという仕事の魅力を小笹さんはどうお考えですか?

【小笹】一人ではできないことを、みんなで協力しながら達成するということでしょうね。人間には生物としての限界があるので、例えば、大きなダムを一人でつくることはできない。

けれども、リーダーとして集団のメンバーに影響を与えて導くことで、ダムもつくれるし、「こんな世界をつくろう」というビジョンさえ達成できる。この達成感はリーダーでなければ味わえない仕事の醍醐味です。若い人であろうが、中年以上の方であろうが、ぜひ味わってもらいたいと私は思っています。

――目標やビジョンが達成できればいいですが、挫折する場合もあります。そこでモチベーションを保てるものでしょうか。

【小笹】モチベーションを維持できない理由があるとしたら、現状のリーダーへかかる負担が大きいためでしょう。上から下へ、下から上への情報の結節点になって、他部署との横連携も確保して、さらに最近ではハラスメントの対策や労働時間管理などにも目を配る必要がある。そのうえでプレイヤーとしても第一線で活躍されている方が多いわけですから。

――そんな多忙さが心に火をつけてくれるという人もいれば、潰れてしまう人もいます。差はどこにあるのでしょう。

【小笹】私は「リーダーに限らず、働く人は全員がアイカンパニーの経営者であれ」と言っています。「アイカンパニー」という「自分株式会社」を経営し、できれば優良企業にしていくこと。誰もが組織に依存することなく、主体的にキャリアや人生を切り開いていくことが重要だと。

その意味では、組織目標が達成できれば、リーダー自身のアイカンパニーがメンバーや会社から信頼を獲得できる。信頼を得たリーダーは、さらに大きな次の目標に向かうときもみんなが協力してくれる。一方、リーダーが途中で挫折したり、モチベーションが下がってしまうと、目標も達成できないし、メンバーも達成感を得ることができない。そういうリーダーは見放されてしまう。負のループに落ちてしまうわけです。

そのときに、リーダーとしての真価が問われます。「この挫折は、単に目の前の目標に対しての挫折ではない。もっと長い時間軸で、正のループに入っていくのか、 負のループに入っていくのか、アイカンパニーが成長するか、倒産に向かうかの分かれ目だ」と十分に理解できているリーダーは、そう簡単には挫折しないだろうと思います。

 

折れないリーダーを支える空間と時間のマジック

負のループに入ったときの切り替え法

――では、「自分はすでに負のループに入っている」と感じている人はどうすればいいでしょう。切り替えは可能ですか?

【小笹】それはね、私もよくやってるんですが、空間と時間の魔法(マジック)を使うんです。

――魔法、ですか?

【小笹】ええ。私にもへこんでしまうことは時々あります。そんなときは、地球儀を回しながら、「この地球上に80億人が存在する中で、10億人近い人たちが今日明日の食料に苦しんでいる」ということに思いを馳せます。すると、「平和な日本で経営者として自分が悩んでいることなんて、 いかにちっぽけなことか」と思えてくるんです。要は、空間の捉え方によって視点を変えるということ。これが空間のマジックです。

もう一つは時間のマジック。私はエクセルで数年単位で過去の出来事をまとめ、未来については目標やビジョンを書き留めるようにしています。それを見ると、「10年後にこのビジョンを達成するためには、今日のつまずきなんて大したことじゃないな」と思えたりする。これは時間軸を引き延ばす方法です。

逆に時間軸を短くする方法もあって、やはりエクセルで創業したときから毎日つけている「1行日記」を見てみる。日々の出来事を50~60字程度で書いてあるものです。それを見ると「とにかく、目の前のことに集中しよう」という前向きな力が湧いてきます。

自分がへこんだり、悩んでいるときというのは、頭の中にモチベーションが下がるような世界観を構成してしまっています。その世界から抜け出すためには、時間軸をいじるか、空間の捉え方を変えるか、あるいは両方をやってあげればいいわけです。

 

リクルート事件を乗り越えた仕事の「意義」への目覚め

――小笹さんが「駆け出しリーダー」だった時代の思い出で印象深い出来事は?

【小笹】1986年に新卒でリクルートに入社したとき、同期は672人いました。私の一つ下の世代が800人以上で、その下は1000人超。どんどん下の代が入ってくるうえに、すでに人事部の採用担当として成果を出していたので、3年目にはチームのリーダーを任されました。その年の夏前に、リクルート事件が世間を揺るがしたんです。

その後の半年間、激しいバッシングが続きました。電車に乗っていても胸につけている社章を睨まれるし、人事部にはいたずら電話と嫌がらせの手紙が毎日届く。こんな状態の中で、自分はもちろんですが、チームにいる1年目、2年目の新入社員がどんどんリクルートという会社に対する自信を失っていくのがわかりました。「悪いことをした会社に人を採用していいんだろうか」と。

そのときに考えたのが、「事件は事件として、自分たちの本業、会社としてのビジネスの本質を見直そう」ということです。

「抽象の梯子」という考え方があります。リクルートの仕事は、「行為」レベルで言えば企業に求人広告を売ること。抽象の梯子を一段昇って 「目的」レベルで言うと、多くの求人情報を集めて求職者に届けるのが仕事。さらに抽象度を上げて「意義」レベルではどうなるだろう。これをメンバーと話し合いました。すると、我々の仕事は「職業に関する選択肢の多い社会をつくること」だという結論が出た。

事件は確かに悪いことだけれども、「意義」レベルで考えれば、自分たちの事業は情報化社会の中でますます求められるんだ。そう納得したことで、再びメンバーたちは採用活動に誇りを持って取り組めるようになりました。自分自身もリーダーとして一皮も二皮も剥けることができた。これは強烈な思い出です。

 

目先の評価を超え「自分の使命」に邁進

――ワークライフバランスが重視されるなど、マネジメントが難しい時代です。現代のリーダー像は、どうあるべきだとお考えですか?

【小笹】ワークライフバランスについて、一つ危惧していることがあります。現在の日本人の年収の中央値は396万円と言われていますが、その小さな円の中でワークとライフのバランスを取ったとして、それが持続可能なのかということ。長期的にバランスを維持するためには、むしろこの均衡を揺さぶる必要があるんじゃないでしょうか。

例えば、一時的にワークに注力して年収を600万円にする。そこで改めて、大きな円でバランスを取ったほうが安定しやすい。逆に、ライフのほうでドライブ好きなら、思い切って400万円の車を買う。年収396万円ではローンが厳しいので、必然的にワークを頑張るようになる。

つまり、ワークとライフの均衡状態をあえて揺さぶることが、外部環境の変化が激しい時代には必要なのではないか。

これはチームについても言えることです。まずまず成果も出ていて、メンバーの居心地もいい。実は、これは危険な状態です。生物と同じで、新陳代謝が止まった組織は死が近い。リーダーがもっと旗を振って、メンバー一人ひとりの自立を目指すとか、新たな目標にシフトするとか、組織を揺さぶることが大切なんです。そうしないと環境変化には対応できない。

――なるほど。小笹さん自身があえて均衡を揺さぶった経験というと?

【小笹】31歳のときに「これからは広告だけでなく、コンサルティングでお金をもらう事業を立ち上げるべきだ」と役員に直談判して、新部署を立ち上げたことですね。

それまでの私は人事部で高い評価を受けていましたが、そのときは「会社からの評価なんかどうでもいい。これは本当に自分がやるべき事業だし、リクルートにとってもやるべき事業だ」という心境でした。

目先の評価をいったん脇に置いて、「これは自分の使命だ」と思える目標に向けて一歩踏み出すと、必ず協力者が出てくるものです。それが普段は目に見えないアイカンパニーの資産。いざ自分が何か事を起こしたときに、初めて自分の「信頼残高」が顕在化するわけです。

私の場合は、コンサルティング事業を立ち上げた31歳のときも、38歳で起業したときも、「こんなにみんなが応援してくれるんだ」と感じました。だから、リーダーは普段から地道にアイカンパニーの信頼残高を高めなくてはいけないし、できれば目先の評価を超えたチャレンジをするべきだと思います。

――小笹さんが挑戦されたのは31歳のときですね。40歳を過ぎてからだと遅すぎませんか?

【小笹】これからは多分、70歳を過ぎても働く時代でしょう。大丈夫、あと30年もありますよ。

 

【小笹芳央(おざさ・よしひさ)】
(株)リンクアンドモチベーション代表取締役会長。1961年生まれ、大阪府出身。早稲田大学政治経済学部卒業後、(株)リクルート入社。組織人事コンサルティング室長、ワークス研究所主幹研究員などを経て、2000年に(株)リンクアンドモチベーション設立、同社代表取締役社長就任。2013年、代表取締役会長就任。『モチベーション・ドリブン 働き方改革で組織が壊れる前に』(KADOKAWA)他著書多数。

 

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