2025年01月31日 公開

いざ学び直しを始めようと思っても、具体的にどんなことを学び、どんなスキルを高めればいいのかわからない──。ミドルからよく寄せられるそんな悩みを、ライフシフト大学理事長の徳岡晃一郎氏にぶつけてみると、ミドル世代が磨くべき4つのスキル=「4つのS」を教えてくれた。(取材・構成:川端隆人)
※本稿は、『THE21』2024年2月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。

学び直しの必要性に異論はないものの、いざ手を出そうとすると、何をどう学べばいいかわからない。そんなミドルの方は少なくないと聞きます。
確かに「何のためにやるか」が定まらないまま学び直しに手を出しても、ただの「お勉強」になってしまうことは否めません。例えば、「どこかで役に立つだろうし、デジタルスキルでも勉強するか」とか、「周りがやっているから、自分も英語を習ってみよう」といった姿勢では、それを通じて自分の人材価値を高める(稼ぐ力を身につける)のは難しいでしょう。
では、どうすれば「学びの目的」や「学ぶもの」を明確にできるのか。それには、まずこの社会を俯瞰し、何が弱みになっているかを考えてみるのがお勧めです。
というのも、社会全体の弱みになっている分野とは、裏を返せば「得意な人が少ない=少ない労力で相対的に強みにできるかもしれない分野」だから。
そして、そういう分野について学ぶことは、個人の能力を伸ばすだけでなく、ひいては停滞するこの国を再び強くすることにも、ひと役買ってくれるはずです。それは、何も特定の資格や専門スキルでなくてOK。会社員としての基礎能力と言えるような部分も、鍛えていけば十分強みになり得ます。

もちろん「何を強みにするか=何を学ぶか」の最適解は、人によって様々。ですが一例として「そもそもなぜ今、日本はうまくいっていないのか」を考えてみると、私が「4つのS」と呼んでいる4つの分野にたどり着くように思います。現段階で「これを学ぼう」というものがパッと思い浮かばない方は、ぜひ参考にしてみてください。
この「4つのS」とは、シナリオ思考に科学リテラシー(サイエンス)、スピード感、そして危機管理意識(セキュリティ)の頭文字を取って、私がつけた呼び方です。
まず、シナリオ思考とは、理想とする未来像を考え、そこに至るシナリオを逆算して構築するスキルのこと。現実を直視し未来への道を描く、いわば戦略立案の能力とも言えます。
私の見立てですが、個人単位でも組織単位でも、この能力が弱いために場当たり的な努力ばかりすることになり、結果として怠けているわけでもないのになぜか成果があがらない――それが日本の現状ではないでしょうか。であれば、この力を高めるだけで、効率良く周りに差をつけることができそうです。
2つ目は科学リテラシー(サイエンス)。常日頃からしっかりとした裏づけの取れる理屈や数字に基づいて動く組織は、あなたが思っているほど多くはありません。
上の人間に忖度したり、迷信や思い込みで動いたり、声の大きい人が勝ったり――こういったことに巻き込まれず、まっとうな意見に従える素養を身につけるだけでも、あなたの人材価値は大きく高まっていきます。
3つ目に挙げたスピード感については、皆さんも日々「組織の意思決定の遅さ」を感じているでしょうから、ここでは詳しく述べません。肝心なのは、そんな状況下ではただ「素早くメンバーをまとめ、決断できる」という能力が、非常に重宝されるということ。これを逃す手はありませんよね。
最後の4つ目は、危機管理意識(セキュリティ)。個人情報の扱いから国防まで、日本はまだまだ甘いのが現実です。
身の周りのリスクに敏感になり、自分に有利なルールを作ろうとする諸外国と対等にわたり合わねばなりません。人と情報を堅固に守れる体制を構築するための人員は、これからニーズが高まっていくことでしょう。
こう言うと「そんなに話のスケールを大きくしなくても」と返されることもありますが、先述のように、国の弱点とは「周りがあまりできていない分野」です。これを探ることは、そのまま「鍛えることで売りにしやすい分野」を探ることにつながります。やみくもに学び始める前に、まずそこから考えを進めていってはいかがでしょうか。

色々と述べましたが、皆さんの最大の関心事は「それはわかったから、どうすればその能力を高められるか教えてくれ」ということですよね。
まず、シナリオ思考について言うと、「世の中はきっとこう変わっていくだろうから、これをやっていく必要があるな」というように、自分なりのロジックや未来予想図を持てるようにならねばなりません。
そのためには、とにかくアンテナを高く立て、専門外の領域まで含めた様々な情報に触れることで、常に現状認識をアップデートする習慣を持つことが重要です。
ぜひ、本や新聞、ニュースに触れる人が減っている今こそチャンスと考えてください。通勤時の電車の中で、その日の新聞記事をウェブで読むだけでも、周りでスマホゲームにふける同世代のビジネスパーソンに、一歩差をつけることができます。
また、歴史や社会学、社会制度といった「教養」も、広い視野を手に入れるためには欠かせません。私のイチ推しは「地政学」を学ぶことです。
この分野なら、旬な時事問題をテーマに、世界史や地理を含む豊富な知識・知見を、自然と頭に入れられます。ただ机に向かって「暗記」に取り組むよりもはるかに効率的で、かつ実務にも活かしやすい内容が身につくでしょう。
そして、ある程度の知識が身についてきたら、国内外や技術界における「問題点」や「解決策」について、自分の考えや未来予想をアウトプットし、見えない未来を見通す練習に乗り出していただけたらと思います。
MBAなど社会人大学院で、社外のフラットな学び仲間との「対話(議論)」の機会を得るのはとても楽しく視野を広げられますし、異業種の人脈も広がります。「今の社会には、こんな課題があると思う」「10年後には、こんなことで社会に貢献していきたい」といったことを話して、率直な疑問や意見をぶつけてもらいましょう。
そして、このようにしてインプットや議論を重ね、視野を広げ、世界にどんなチャンスがあり、何が課題で、何が求められているかを知れば、「リタイア後はこんなことに取り組もう」「このスキルで食べていこう」と思えるものが、ふとした拍子に見つかるかもしれません。
シナリオ力(戦略立案力)を高めるための「インプット」の努力は、そのまま「自分自身の人生戦略を立てる」ためにも役立つことなのです。

次に、科学リテラシー(サイエンス)については、自分の興味のあることに引きつけることが極めて重要になります。かつての私を含め、多くの文系出身の方は、データの活用や科学知識といった「理系チックなこと」に苦手意識を持ちがち。切り口を工夫することで、これを乗り越えなければなりません。
例えば私の場合、投資に興味があったので、データドリブン投資(データ分析に基づく投資手法)を学ぶ、という切り口から統計学に挑戦しました。他にも、野球が好きな方なら自分の贔屓チームの強みや弱みをデータ面から分析するなど、いくらでも切り口はあるもの。とにかく「楽しみながらかじる」というような学び方がお勧めです。
なお、まったく見当がつかないという方は、ぜひ細谷功さんの『地頭力を鍛える』(東洋経済新報社)を読んでみることから始めてみてください。理系的な思考の面白さを手軽に味わえる名著です。

さて、3つ目のS、スピードを手に入れるには、当然決断力が必要になります。ですが、メンバーを納得させられないままでの拙速な決断では、いくら速くてもあまり意味はありません。
つまり、スピード感を身につけるために必要なのは、チームの意見を取りまとめ、リスクも織り込んで物事を前に進める、いわば「リーダーシップ」の力を育むことなのです。
私は以前日産にいた頃、のちに日産でCOOを務めた志賀俊之さんから、次のような示唆的な言葉をいただいたことがあります。曰く「知識は勉強すればいいが、リーダーシップは真似するしかない」と。
つまり、まずは自分が真似したくなるようなリーダーを見つけることが、優れたリーダーシップを育む一番の近道だということです。もし幸運にも社内でそう思える人がいればベストですし、著名な経営者の中から、自分が理想としたい人を探してもいいでしょう。
リーダーシップの成長は、知識を蓄えることではなく、お手本になるリーダーシップに触れて、見様見真似でも「実践」を重ねる中で始まるものと心得ていただければ幸いです。
そして、最後の4つ目「危機管理意識(セキュリティ)」については、自分のリスク感度を高めていくことから、着手していただければと思います。
具体的には、自分の身の周りのリスクとそれへの対応策を、リストにまとめてみるのがいいでしょう。自分は何を守りたいのか、それに対しての脅威は何かなど、丹念にリストアップしていくのです。
例えば「収入」を守りたいのであれば、一番の脅威は会社の主力事業におけるゲームチェンジや、それによる経営状況の悪化でしょう。自分のスキルの陳腐化や、迫りくる定年なども脅威といえます。具体的なリスクと、それに対して自分ができる対応策をセットで考えてみることで、きっとこれまで思いもよらなかった落とし穴に、気づくことができるはずです。
そして、もしさらに向上心があれば、ぜひ日本が大きく遅れを取る「自分に有利な土俵(ルール)を構築する力」についても、学んでいただければと思います。


加えて、「4つのS」とはまた別に、これまでの企業人生で積み重ねてきた自分の「仕事の流儀・ノウハウ」の言語化にも、ぜひ取り組んでいただきたいところです。
現場での仕事はもちろんのこと、管理職の方でも誰かを説得したり部署間の調整をしたり、部下の能力を引き出す手助けをしたりなど、様々なノウハウを持っているはず。
それらを自分でもうまく説明できないような「暗黙知」状態のままにせず、いわば「マニュアル=秘伝の書」のように言語化し、書き出してまとめてみるのです。別に、誰かに仕事を引き継ぐために......ということではありません。自分が持つスキルの内容や偏りを自分自身が理解し、これからやるべきことを探すための方策です。
また、シナリオ力の項目でも触れましたが、とりわけ「社会課題」への意識は、ぜひ高めていただきたいと思います。
世界中で起こる環境問題や紛争、貧困といった社会課題に対し、日本や諸外国がどのような解決策(法規制や補助金制度など)を打ち出し、国益に結びつけようとしているか。日本ではあまり注目されないこうした情報こそ、「未来を見通す」ためのカギになるものです。
事件や事故、ゴシップなどのニュースばかりでなく、ぜひこうした分野にも意識を傾けていただければ幸いです。
お勧めは、自分で海外メディアを直接チェックすること。高度すぎると感じるかもしれませんが、オリジナルの日本語版を出している会社もありますし、今や「自動翻訳」の精度も非常に高いものになっています。個人的には、あとは「学ぶ気があるかどうか」だけ、とさえ感じているところです。
学び直しをテーマに講演などをしていると、資格や検定について聞かれることもよくあります。こうして「4つのS」の話をすると、資格を通じた「学び直し」には否定的と受け取られることもありますが、「真面目に勉強する感覚」を取り戻すためであれば、資格の取得は非常に有益です。
かく言う私も、実は最近モーターボートの操縦免許を取得しました。勉強し始めて知ったのですが、操縦技術だけでなく、気象にまつわる知識やロープワークなど、思った以上に膨大な知識を覚えなくてはなりません。家族にも「なんだかずいぶん真剣に勉強するじゃないの」と驚かれたくらいです。
このように、社会人向けの資格はほとんどの場合、思った以上に勉強しなければ取れないように設計されているもの。確かに「特定の資格さえ取ればそれで将来は安泰だ」なんて資格はそうそうないと思いますが、学生時代のように「真面目に勉強する」感覚を取り戻すのは、社会人にとって大変です。
頭では学びの必要性をわかっているのに、どうしても身が入らないという方は、資格を利用して「学びの感覚」を取り戻していただければと思います。
【徳岡晃一郎(とくおか・こういちろう)】
(株)ライフシフトCEO。1957年生まれ。日産自動車に入社後、人事部門で業務に従事したのちオックスフォード大へ留学。欧州日産での勤務を経て99年に日産を離れ、人事や企業変革などのコンサルティングを扱う企業に参画する。2006年より多摩大学大学院教授を兼務し、研究科長や学長特別補佐などを歴任。17年にライフシフト社を創業しライフシフト大学を開校。著書に『リスキリング超入門』(房広治氏との共著/ KADOKAWA )などがある。
更新:02月01日 00:05