2025年01月21日 公開
2026年01月23日 更新

仕事・ビジネスでも、キャリア・人生でも、何か意思決定をする際に自分なりの軸を持っている人は、周りに流されずに適切な判断をできることが多い。では、そうした「自分の判断軸」を持つためには、いったいどのようなことを学び、考え、体験したらいいのだろうか。
本連載では、ボストンコンサルティンググループの日本代表を長年務め、現在はリーダー教育に携わっている御立尚資氏の考えをうかがっていく。(取材・構成:杉山直隆)
※本稿は、『THE21』2024年1月号より、内容を抜粋・編集したものです。
AIの進化、新型コロナのような世界的なパンデミック、世界各地で勃発する地域紛争......。こうした事象によって、近年のビジネスを取り巻く環境は激しく変化しています。今後も予期せぬ変化が次々と降りかかってくるでしょう。
こうした時代において、40~50代のビジネスパーソンに求められるのは、マネジャーにとどまらずリーダーへと成長することです。「仕事ができる人」=「決まったことを計画に落とし込み、予算や納期を守りながら効率良く遂行していくマネジメントができる人」だった時代は終わりました。
与えられたタスクを遂行するだけでなく、時代の流れを読み、「その方向に時代が進むなら、自分はこれからの未来をどう創るか」という想いや意志を持って、時には強みとしてきたことを破壊しながら会社や自分の人生を導いていく。そうしたリーダーシップが、経営者だけでなく現場のリーダーにも求められています。
そんなリーダーになるために必要なのが、「自分なりの軸を持つこと」と「時代を読むこと」です。単にここ数年の業界の動きではなく、世の中を広く見て、数十年、数百年単位の長いスパンで流れを読まないと、世の中の方向性は予測できません。
もちろん、時代を読むのは簡単ではありません。そこで本連載では、ビジネスパーソンに「自分の軸を持つための時代の読み方」についてお伝えしていくことにしましょう。「時代を読む」とはどういうことか。まず、私がどのような時代認識を持っているかをお話ししましょう。
今の時代をひと言でいうと、私は「並存の時代」だと捉えています。並存の時代とは、古い時代の最終盤と新しい時代のとば口が同時に走っている時代のこと。今は「工業化社会の最終盤」と「デジタル化社会のとば口」が同時に進んでいるといえます。

まずは「工業化社会の最終盤」とはどういうことか、ご説明しましょう。
18世紀の産業革命で幕を開けた工業化社会。その特徴は、工業化によって人間の力とスピードを飛躍的に拡大させ、人口爆発を可能にしたことです。
地球上の人口は、紀元0年頃は2億人強しかいませんでしたが、徐々に増え、産業革命以降に急激に増えました。第一次産業革命の真っ只中だった1820年は10億4200万人でしたが、2022年には80億人を超えており、約200年で約70億人近く増えています。
人口が増えただけでなく、豊かさも劇的に高まりました。世界の一人あたりGDPは紀元0年頃は445ドルと推定されていて、1820年の時点でも667ドル程度でしたが、2001年の段階では6050ドル、2021年の段階では1万2230ドルにまで成長しています。工業化で一人あたりGDPが急成長していくことが、人口爆発につながりました。
一人あたりGDPが3000ドル前後に達すると、乳幼児死亡率が劇的に低下します。
その背景にあるのは、石鹸の普及と、感染症に関する知識の広まりです。2歳以下で亡くなる子どもの死因のうち相当部分が、感染症に伴う下痢によって脱水や栄養失調を起こすことと言われます。しかし、工業化が衛生知識の普及を促しました。
感染症を起こしても、そこそこきれいな水を煮沸し塩や砂糖を入れて飲ませる知識が広まったことで、一命を取り留めるようになったのです。また、石鹸がいきわたることで、出産時の母子の死亡も減りました。
病気にかからなくても、食糧がなく栄養失調で亡くなる人達もいましたが、その問題も工業化によって解決されました。ハーバー・ボッシュ法の発明によって窒素化学肥料の合成と量産が可能になったこと。ブルドーザーなどの機械によって、農地を短期間で拡大できるようになったこと。これらによって農作物の収穫量が飛躍的に増え、隅々まで食糧が届くようになったのです。
その結果、かつては20歳を迎える子どもは半分もいなかった国でも、大半が生き残るようになりました。すると、人口が増えていき、人口ボーナスが得られます。これがさらに経済成長を生んでいきます。
このようなGDPが成長する現象は英米独仏といった欧米先進国から始まりましたが、日本も比較的早く追随できました。それは江戸時代から藩校や寺子屋などが各地にあったことで教育水準が高く、庶民も工業社会を形成するために必須な初等教育を受けていたからです。また、アジアの東端にあり、植民地にされなかったという地政学的幸運もありました。
さらに、第二次世界大戦後はブラジルや韓国、中国のような中進国でも経済が発展していきました。これは、資本と貿易の自由化を通じて、基礎教育が普及したが、相対的に人件費の低い国々に、次々と工場がつくられて工業化社会が実現していったからです。工業化の地理的拡大ですね。

ところが、近年はこの工業化社会の時代を揺るがす変化がいくつも起きています。
1つは、アメリカ一極体制の終焉です。工業化社会が広がってきた背景には、アメリカが一極体制でリードしてきたことがありました。
第二次世界大戦後、新たな覇権国家の地位についたアメリカは、戦前にルーズベルト大統領が構想した国際連合の発足を主導したり、国際貿易を促進させるためにGATT(関税及び貿易に関する一般協定)を誕生させたり、IMF(国際通貨基金)を設立したり、と世界のガバナンスと貿易の仕組みを先頭に立って築いてきました。
なぜアメリカがリードしたかといえば、技術力も生産力も世界一の国なので、世界の貿易が活発化すれば、自分たちが一番得をするからです。
軍事的には旧ソ連が対抗してきたものの、経済的にはアメリカ一極体制によって世界は豊かになりました。
その後、世界各国の経済が発展する中で、10億人を超える人口を抱える中国やインドが新たな経済大国として台頭してきました。GDP(国内総生産)でいうと、中国は2030年代にアメリカを上回り、インドも2075年までにアメリカに追いつくと予測されています。さらにEUも含めて、世界が4極体制になりつつあります。
すると、EUだけでなく、中国やインドも、今回のデータとAIによる産業革命では「自分たちの意見もルール形成に反映されるべきだ、新しい世界秩序作りでも同様だ」と主張するようになりました。産業革命ではほぼ植民地扱いをされたインドや、アヘン戦争で収奪された中国は、工業化のメリットを享受するのが数十年にわたって遅れましたから、当然の主張と言えるでしょう。

また工業化社会のひずみによって、気候変動や市場、地政学などのリスクも高まってきました。
中でも危機的状況にあるのが、「気候変動リスク」です。工業化の時代は言うまでもなく石油化学の時代であり、石炭や石油の形で凝縮され、地中にあったカーボン(炭素)を取り出し、猛烈な勢いで使い始めました。その結果、二酸化炭素等の温暖化ガスが増えて、地球が温暖化し、世界各地で異常気象が起こっています。
為替や金利、株式などが急激に変動する「市場リスク」も大幅に高まっています。
工業化する国が増える一方、先進国の職が新興国にシフトし、時には景気が低迷します。新興国はバランスシートが脆弱なので、時折経済危機に陥ることもあります。
こういった景気低迷期に多くの政府は、まず政府支出を増やします。それでも足りないと、大幅な金融緩和を行ないます。要するに、お金をどんどん刷るわけです。
特にリーマン・ショック後は、金融緩和が強力に行なわれ、市場にバブルの芽がたまっています。最近の金利高へのシフトは、かなりの確率で市場のバブルを破裂させることになるでしょう。
さらに「地政学リスク」も高まっています。アメリカ一極体制の時代はアメリカが世界中に目を配っていましたが、オバマ大統領が述べたように″世界の警察官"からフェイドアウトしつつあることで、4極で安定するまでの間世界は不安定になり、地政学リスクが顕在化しやすくなっています。ロシアのウクライナ侵攻や、最近の中東情勢がその好例です。
これらのリスクはビジネスにも大きな影響を与えています。近年は他社との競争よりも、「想定外のリスク」によって業績が下がることが激増しました。
エアライン業界を例にとりましょう。かつてこの業界は、JALとANAのような同じ路線を就航する競合との争いや、サービスを抑えることで格安の運賃を実現したLCCの参入など、他社との競争が業績を左右する最大のファクターでした。
ところが、21世紀以降は、9・11のような戦争・テロ、新型コロナやSARS、エボラ出血熱などのパンデミック、リーマン・ショックのような金融危機、東日本大震災のような天災が、業績を下げる原因になっています。
かつてはこれらのリスクが降りかかるのは10年に1回程度でしたが、今や3~4年に1回は何かが起こっています。もはや従来型の競争戦略論モデルでは、企業の業績を担保できなくなりました。
こうして工業化社会が最終盤を迎えると同時に到来したのが「デジタル化社会」です。AIとデータサイエンスによって、我々の認知限界、つまり人間の情報処理能力の限界を圧倒的に拡張する時代に入ります。すでに人間がするよりもAIがしたほうが質もスピードも高いことが次々と出てきています。
ただ、大きなイノベーションが起こると、これまでの社会の認識やルールと合わなくなるので、新たな社会システムや法律を築かねばなりません。当初はそれが間に合わず、大きな混乱を招きます。
例えば、1908年に世界初の量産型自動車であるT型フォードが登場したときは、これまでの公共交通機関だった乗り合い馬車を一気に駆逐しました。シカゴでもニューヨークでも10年強で馬車に取って代わったのですが、大量の自動車を走らせるためには、交通ルールを整備したり信号をつくったりする必要がありますが、当初はこれらがなかったので、大混乱を招いたのです。
ちなみに、日本で最初の市電を走らせたときには、鉄の塊が猛スピードで走るとは思わず、見物客との衝突事故が起こったそうです。そこで何をしたかというと、市電のスピードを落として、その前を、提灯を持った飛脚が走ったといいます。もうギャグですね。
もっとも、今もT型フォードや市電が登場したときと同じようなことが起こっています。AIやデータサイエンスが社会実装されたことで、今までの法律やルールが合わなくなり、大混乱しています。
例えば、「トロッコ問題」と言われますが、AIが人間の生死を判断してよいかどうかは、どこの国の法律にも書かれていません。AIが就職や入試の判定をすべてしていいかというと、明確なルールはありません。
AIに限らず、国際秩序にしても貿易にしても、これまでの工業化社会に合わせて作られてきたシステムやルールは耐用年数を超過しています。今は世界中のシステムやルールを作り直す時代にあるといえるでしょう。
前述したように、アメリカ一極体制の時代から、4極が存在する時代に変わりつつある今、システムやルールの変更・再構築は一筋縄ではいきません。国際的な紛争や通貨危機が起こったときに誰が助けるのか、気候変動に関して世界的なシステムやルールをどうつくるのか、戦争に端を発した難民をどの国がどう受け入れるのか......。山積する問題に対して各国の足並みは揃っていません。
おそらく今の混乱は数十年単位で続くでしょう。
以上が、私の基本的な時代認識です。
こういうと、「自分で時代を読めなくても、識者が見通した時代観を知っておけばよいのではないか」と思うかもしれませんが、それだけでは足りません。
自分が働いている業界・仕事の未来を見通すには、他の人の時代認識を取り入れながらも、置かれた環境に合わせた、自分ならではの「時代認識モデル」をつくっていくことが大切です。すると、それが自分ならではの判断軸となります。
では、自分ならではの「時代認識モデル」をつくるには何をすれば良いでしょうか。次回でお伝えしましょう。
(次回に続く)
【御立尚資(みたち・たかし)】
京都大学経営管理大学院特別教授。京都大学文学部米文学科卒。ハーバード大学で経営学修士(MBA with High Distinction, Baker Scholar)を取得。日本航空㈱を経て、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に入社。日本代表(2005~15年)、BCGグローバル経営会議メンバー(06~13年)、経済同友会副代表幹事(13~16年)などを歴任。著書に『経営思考の「補助線」』(日本経済新聞出版)、『使う力』(PHPビジネス新書)、『「ミライの兆し」の見つけ方』(日経BP)などがある。
更新:01月24日 00:05