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なぜピカソはキュビズムを生んだ? クレイジーとみなされた「ものの見方」

2025年01月09日 公開
2026年01月20日 更新

末永幸歩(美術教師/アーティスト )

バイオリンとギター

美術教師の末永幸歩です。このコラムでは、アート作品に向き合ったり、小さな子どもがみつめる世界に想いを馳せてみることで、物事を異なる角度からみつめ直し、自分だけの答えをつくる「アート思考」をしてゆきます。本稿ではパブロ・ピカソの作品『バイオリンとギター』についてご紹介します。

※本稿は、『THE21』2024年6月号連載「ビジネスパーソンのためのアート思考トレーニング」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

クレイジーと呼ばれた人

Apple Computer(現・Apple)が1997年に打ち出した「Think different.」という広告映像があります。あえて日本語訳するなら「異なる視点で考える」といったところですが、そこには一企業の宣伝とは言い切れないメッセージ性があるように感じられます。

その映像は、次のナレーションから始まります。

「クレイジーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むように、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。現状を肯定しない」

ナレーションとともに、20世紀に活躍した人物が次々に映し出されていきます。アルベルト・アインシュタイン、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、ジョン・レノン、トーマス・エジソン、モハメド・アリ......。その映像の最後に映し出されるのが、パブロ・ピカソです。

パブロ・ピカソは、人物の目や鼻の向きをチグハグに描いたり、『バイオリンとギター』という作品のように、静物をまるで積み木のようにカクカクと描いたりする、「キュビズム」と呼ばれる表現を生み出したことでよく知られています。

非現実的な作品からは想像できませんが、ピカソはキュビズム表現を生み出す過程で「リアリティーのある表現」を追求していました。

その結果、「1地点から見える光景を描く」という従来の絵画の考え方から離れ、「様々な角度から捉えた複数の光景を1つの画面に再構成する」というまったく新しい表現に至ったのです。

しかし、キュビズム絵画に対する当初の評価は惨憺たるものでした。ピカソはパリを中心に活動していましたが、それまで彼の作品を高く評価していたコレクターですら、「フランス美術にとって何たる損失だ」と言って落胆したといいます。

ピカソ独自の「ものの見方」は、創造性が賛美されるはずのアートの世界ですらも「クレイジー」とみなされてしまったのです。

わずか13歳から美術学校に通い、写実絵画の腕前を発揮したピカソであれば、既存の絵画技法をさらに極めたり、その延長線上の表現をしたりすることで周囲から称賛される絵を描くこともできたはずです。

それでも、他の人とは異なる「自分のものの見方」に蓋をしておくことができない──アトリエで一人、新たな表現を模索するピカソの姿が目に浮かびます。

その後、キュビズムは絵画表現の新たな地平を切り拓き、20世紀以降のアートに多大な影響を与えることとなりました。

「Think different.」の最後は次の言葉で締めくくられます。

「彼らはクレージーだと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから」

 

グチャグチャと塗っていると思っていたが実は...

話は転じますが、3歳の娘が描く絵は、私の目には「変わったもの」として映ることがあります。

気持ちの良いお天気の日、絵の具セットを携えて娘と公園に行ったことがあります。私が草花の絵を描くことにした傍らで、娘は赤い絵具を筆につけると、何を描くでもなくただグチャグチャと塗り始めました。

1歳児ならまだしも「もう少しまともなものを描いたら......?」と私は内心思ってしまいました。

しかししばらくして、娘が絵の具を塗りながら何か呟いているのに気がつきました。耳を傾けると、「お掃除、お掃除」と言っているのが聞こえます。

私は「なるほど!」と合点しました。娘にとって、絵筆は「モップ」、絵の具は「洗剤」、画用紙は「床」であり、モップを洗剤液に浸して、床を隅々まで掃除していたのです。

画用紙に筆と絵の具で「絵を描こう」としていた私と、白い床をモップと洗剤で「掃除しよう」としていた娘とは、絵に対する「ものの見方」がまったく異なっており、その結果として、私と娘の描くものがまるで違うのだと気づきました。

 

多様な「ものの見方」を心に携えることの意味

アーティストたちは、自分なりの「ものの見方」を信じ、新たな表現を生み出しています。

他方、子どもたちは、ごく自然に大人の常識とは異なる「ものの見方」で世界を捉え、独自の表現をすることがあります。

アーティストや子どもから教わることは、「ものの見方」を変えるとまったく別の世界が広がり、それまで当たり前だと思っていたのとは異なる答えの可能性があるということです。言い換えれば、多様な「ものの見方」を心に携えることによって、1つの物事に対しより多くの答えを見出すことができるのではないでしょうか。

 

【末永幸歩(すえなが・ゆきほ)】
美術教師/アーティスト。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、都内の中学校や高等学校で展開してきた。子どもの創造性を育むワークショップ、大人向けアート思考セミナーなど、アートに関する活動を年間100回以上行なう。プライベートでは4歳児の子育て中。著書に22万部突破のベストセラーとなった『13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)がある。

 

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