何かと忙しい40~50代ビジネスパーソン。休日も仕事のことが頭から離れず、夜もしっかり眠れないという方も多いのではないだろうか。
心療内科医・鈴木裕介氏によると、リラックスの極意は「ゆっくりと呼吸し、ゆっくりと身体を動かす」だという。リラックスモードに入ることで、身体や心が「本当に欲するもの(=自分ニーズ)」に気づくプロセスにもなるそうだ。
『THE21』2024年12月号では、鈴木氏に「本当の休み方」を聞いた。(取材・構成:林加愛)
※本稿は、『THE21』2024年12月号特集「「脳」と「心」のトリセツ」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
ビジネスパーソンは、ともすると「自分ニーズ」を見失いがちです。仕事とは、取りも直さず「他者のニーズ」に応えること。そこに毎日携わっているため、いつしか自分のニーズが後回しになりやすいのです。
身体へのアプローチと併せて、そうした環境に対しても、何らかの対処をしましょう。四方を他者ニーズに取り囲まれているような毎日を送っているなら、いったんそこから離れる必要があります。
「そんなこと、とても無理だ!」と感じたでしょうか。上司や部下や顧客から常に何かを要求され、プライベートでも家事や家族サービスを求められ、ことによっては老親の介護も......という状況から離れるのは、たしかに困難に思えますね。
しかし、決して不可能ではありません。仕事・家庭・実家、とジャンルごとにタスクの優先順位をつけ、その中で優先度の低いものは「しない」と決める。そうやって少しずつでも時間と心の余裕をつくるのです。
「どれも切り捨てられない」のであれば、それは明らかに一人で対処すべき事態ではありません。各タスクの簡略化や、人の力を借りることなどの対処が不可欠な状態でしょう。上司に仕事量を考え直してもらう、部下に仕事を割り振る、家事や介護をアウトソーシングする、などの方法を考えてみましょう。
すぐに実行するのは難しいかもしれませんが、焦らないこと。ひとまず1日5分、自分のことだけを考える時間を持つことから始めましょう。前編記事の「首の運動」でもしながら、身体の求めに耳を澄ましましょう。
さて、そうは言いつつも、「自分ニーズ」を独力で取り戻すのは難しいものです。一人で考えているとつい「周囲に迷惑をかけないか?」という他者視点が舞い戻ってくるからです。そんなときは、信頼できる第三者に相談しましょう。人の意見が、自分を客観視する助けになります。
ただし、相手の選定には注意が必要です。上司や同僚など仕事で関わる相手より、中立的な立場の人が望ましいでしょう。友人でも、「ポジティブを強いる」タイプの人は避けたほうが吉。ネガティブな状態を受け容れてくれる人が適任です。もちろん、プロのコーチやカウンセラーに相談するのも良い方法です。
年齢を重ねるほど、弱った姿を見せることをためらう傾向がありますが、その発想は転換が必要です。人に助けてもらうチャンスを探してつかむことは、一種の「筋力」です。筋トレのように、繰り返し経験して慣れることで、抵抗感はなくなっていきます。
中年以降は、この筋力をつけることが人生の質に直結します。重い責任を負って疲れやすい年齢だからこそ、SOSを出す勇気を持ちましょう。
適切な休み方ができていれば、そのうち自然に、意欲や気力がよみがえってきます。「そろそろ○○したい」と思えたら、活動を再開してもOKです。逆に、「そろそろ○○しなくては」という義務感で無理に動くのはNG。無理が利かなくなったとき、再びダウンしかねません。
時折、この「しなくては」からなかなか抜け出せない人がいます。「頑張らないと怒られる、見捨てられる」という恐れが消えない状態です。
自分の心身が壊れかけているのに他人のために頑張るのをやめられないのであれば、それは何らかの「トラウマ」が影響している可能性があります。例えば幼少期の支配的な親子関係などが影響して、相手の顔色を窺うことが「生存戦略」として定着してしまったのかもしれません。
自分の生殺与奪が他者の意向に握られた環境であれば、自分よりも相手のニーズを優先させることは生存上最適な戦略です。まるで捕虜のように、他者に過剰に迎合する戦略を大人になっても取り続けている人は決して少なくありません。このように、過去の恐怖体験が原因で、今も自動的に心身が反応してしまうのがトラウマなのです。
もし自分に当てはまりそうなら、「その戦略は今も必要か?」という自問が解除の入り口になります。無力だった当時なら他人に従うしかなかったかもしれませんが、時が経った今なら違った選択もできるはずです。
まずそこに気づき、「この生存戦略は、もう手放して良い」と認識することで、これまでとは違うパターンの生き方を選択する可能性が生まれます。
今ある疲れを解消したあとも、新たなストレスはやってくるもの。それらに柔軟に対処できるような、心の基礎体力もつけておきたいところです。
そのエッセンスは、「ゆっくり」です。スローであることは、最短距離で目的を目指すことでは得られない価値があります。これからは、回り道や寄り道をしながら景色を楽しむような生き方を取り入れてみてはいかがでしょうか。
つまり、「これまでの人生で通らなかった道」を通ってみるのです。心理学の世界でも、中年期にこれまでの自分とは違うことを経験し、未知の自分と向き合うことが人生を豊かにする、と言われています。
大掛かりなことは必要ありません。昔、苦手だと思って敬遠していたこと──食べ物、スポーツ、音楽、何でもいいから試してみましょう。「意外に面白い」と発見できたら、それが未知なる自分との出会いになります。「自分はこういう人間」という思い込みが、意外に当てにならないと気づくでしょう。私も、これまで興味のなかった料理を始め、今では低温調理に夢中です(笑)。
ずっと仕事一辺倒で趣味がない、という方にも、この方法は有効です。楽しみ方を知らないというのはそれこそ思い込みで、未知の部分を耕していないからに過ぎません。
新たなフィールドを耕すことは、他者や社会から与えられるやりがい(その代表格が「仕事」です)にぶら下がる人生から、自分で楽しさや面白さを創り出す人生にシフトすること、とも言えます。
他者から喜びを用意してもらっていると、要求に追われて日々を過ごすことになります。しかし自分で自分を喜ばせる方法を持っていれば、人生が安定します。そう、自分ニーズで生きられるからです。しなやかで豊かな心を携えて、ぜひ、これからの人生を輝かせてください。
更新:01月22日 00:05