2024年11月05日 公開
年齢も価値観もバックグラウンドも異なる人たちと共に働く職場で、人間関係の悩みは避けて通れないもの。わび氏は自衛官時代、上司からのパワハラを受け、一度はメンタルダウンを経験。その後転職を果たし、現在は自身の経験から得た「メンタルダウンしないための対策」を発信している(Xフォロワーは17万人超)。『THE21』12月号ではその知見を聞いた。(取材・構成:横山瑠美)
※本稿は、『THE21』2024年12月号より、内容を一部抜粋・編集したものです。
今は会社員の私ですが、かつては陸上自衛隊の自衛官でした。職場の人間関係には恵まれていたと思います。入隊から10年間は順風満帆そのものでした。
ところが、転属をきっかけに、上司によるパワハラが始まりました。私からの連絡や相談はすべて後回しにされた挙句、やっと時間を取ってもらえたと思ったら、長時間の指導と人格攻撃を受けます。それらを部署全員の前でされたこともあります。上司の矛先は仕事に関することに留まらず、弁当の中身や乗っている車など、些細なことにまで言いがかりをつけられました。
このような攻撃を受け続けた結果、日々の仕事は停滞。ただでさえたくさんある仕事にますます時間がかかるようになりました。パワハラに耐えながら、早朝5〜6時から深夜1時ごろまでの激務に従事し続けていたのです。
それでも私は、「自分の働く場所はここしかない」と思い込んでいました。大学卒業後、すぐに入隊したため、よそでは通用しないと思っていたのです。プライベートでは子どもが生まれたばかりで、今退職するわけにはいかないという思いもありました。幹部自衛官であり、下からどう見られているかも相当意識していました。苦しんでいる姿を見せるわけにはいかなかったのです。
ついにはまともな思考ができなくなり、パワハラを受けるのは「自分の努力が足りないせいだ」と自責の念にかられるまでになりました。誰かに相談したり、転職を考えたりすることさえできなくなっていたのです。
心身もSOSを発していました。食事がのどを通らない、眠れない、寝ても夜中に何回もトイレに起きる──。街中で「この車にはねられたら仕事を休めるかもしれない」と考えたこともあります。ここまでが、10年ほど前のことです。
その後メンタルダウンから回復し、転職にも成功しましたが、あのときは本当につらい、どん底の時期でした。
今は「人生100年時代」と言われ、働く期間はどんどん長くなっています。長く働き続けていれば、楽しいことばかりではありませんし、ときには私のような「危機的状況」が起こらないとも限りません。長く働き続けるためにも、日々のストレスをうまく解消しながらメンタルダウンしないようにすることが大切です。
多様な価値観を持つ人が大勢働く職場では、人間関係のストレスをゼロにすることはほぼ不可能です。それでも、過去の私のようにメンタルダウンするほど状況が悪化するまで放っておいてはいけません。そうならないための、職場での振る舞い方のコツをお伝えします。
年齢関係なく、組織で仕事をしている人にお勧めしたい考え方が、「劇団『社会人』」です。大人であっても嫌いな人は嫌いですし、無理なものは無理です。しかし、それをそのまま態度や行動に出してしまうと仕事になりませんし、職場での人間関係がますますギクシャクしてしまいます。そこで会社では、自分の正直な気持ちはいったん脇に置いておき、「自分は劇の中で『社会人』という役を演じているんだ」と思い込むのです。
ただし、「劇団『社会人』」には注意点があります。それは、あまりにも実際の自分とかけ離れた演技をしないこと。かけ離れすぎていると、演技がつらくなってしまいます。
自分の中で譲れないことは死守するけれども、それ以外のことは周りに合わせる。それくらいのちょうど良い距離感を見つけて社会人を演じるのがコツです。
職場では、相手の正義を潰さないことも心がけてください。あなたに譲れないことがあるように、相手にも譲れないことがあるはずです。価値観は人によってそれぞれ違いますが、正義もまた同じです。立場が異なれば、正義も異なります。
会議で、相手の意見に賛同できないなと思っても論破はしない。異なる意見を受け止めて、妥協点を探り、仲間にしていくようなイメージで話をしてみましょう。そうすれば、相手の恨みを買って人間関係が悪化するような事態はほとんど起こらないはずです。
もう一つ、職場での振る舞い方のコツとして大事なことをお伝えします。それは、嫌なことは嫌とはっきり言うことです。パワハラをする人は自分より弱い相手を探しています。格好の標的になるのは、不器用かつ真面目で、何を言っても反抗しない優等生タイプの人。私がまさにこのタイプでした。
上司からの理不尽なパワハラを受けていた当時、私は「自分の努力が足りないんだ」「いつかきっと認めてもらえる」と考え、反撃するどころか自分をさらに追い詰めていました。
そんな頑張りもむなしく、いくら結果を出してもパワハラはひどくなるばかり。それもそのはず、パワハラをする側にとって、対象が仕事をできるかできないかは、あまり関係ないのです。単に反撃してこない相手を選んでいるだけなので、当時の私のような考え方では、よりドツボにハマってしまいます。
自分の要求を押しつけてきたり、プライベートにまで干渉してきたりするようなヤバい人には、早い段階で「こいつを標的にするとまずい」と理解させることが肝心です。おかしいと思うことがあれば、みんなの見ている前で思いきり反論しましょう。そうすれば、ヤバい人は意外と引き下がり、2回目の攻撃に出てくることはほとんどありません。「一線越えてきたら撃ちますよ」の気概でいきましょう。
メンタルダウンしないためには、普段から自分の心を回復させる術を複数持っておくことも大切です。私はメンタルダウンしてから、二度と同じようなことが起こらないよう、心を安定させるためのルーティンをいくつも作っています。
まず、朝は早起きして、外で太陽光を浴びることを意識しています。
通勤のときには近所のお寺にお参りして、「社会人として頑張ってきます」と手を合わせます。帰りにもお参りして「今日も何とかうまくいきました」と報告し、気持ちを切り替えるきっかけにしています。
お寺や神社はお願い事をする場所という印象が強いかもしれませんが、報告と御礼をするだけでも心が軽くなります。SNSでこの方法を紹介したところ、実践してみたというフォロワーさんからも良い感想をいただけました。日本人にはお寺や神社が「効く」のでしょうね。
職場では、いきなり仕事に手をつけず、コーヒーを飲みながら15分ほどかけて、その日の仕事の全体像を見渡し、進め方を考えます。仕事中は、休憩時間を利用して散歩に行き、リフレッシュしています。
帰宅後によく行なうのが、お香を焚くことです。1日が終わって眠るころになると、過ぎ去ったことへの後悔や未来に対する不安が頭の中に浮かんできがちです。そんなときにお香の香りを楽しみながら立ち上る煙を見ていると、不安定な心がだんだんと落ち着いてきます。
心の問題は気合いで乗りきれると考える人もいるかもしれませんが、疲れた心は短時間では回復しないと、メンタルダウンの経験から痛感しました。小さな心の回復イベントをたくさん用意しておき、ちょっと疲れたら、すぐに回復させる。そのほうが回復が早いと感じています。
ルーティンのほかにお勧めしたいのが、「やさしい世界」をたくさん持つことです。仕事をしていると否定されたり、叱られたりすることがあります。そんなとき、仕事に依存しすぎていると「職場での否定=人生の否定」と悲観的に考えてつらくなってしまいます。
時間を忘れて没頭できる趣味、心ときめく推し活、身体も心もすっきりする運動。何でもいいので、自分の否定されない「やさしい世界」を持ち、休日はその中で気分よく過ごしましょう。そうすれば、仕事のダメージをまともに受けることは減っていきます。
「公務員になるか、大企業に入社できれば人生安泰」と言われることがあります。しかし、一度メンタルダウンした経験から、公務員になることや大企業への入社は「本当の安定」ではないと気づきました。
「本当の安定」とは、いつでも転職できる準備が整っていることです。危機的状況に陥っても「退路」があれば、気持ちに余裕が出てきて心が安定しますし、次の行き先が確保できていれば経済的にも安心です。だから私は、いざというときのために、普段から転職活動をしているのです。
ちなみに私は今の職場に満足しており、辞めたい気持ちはまったくありません。それでも転職活動を続けるのは、今の職場が永遠に平和とは言い切れないからです。
ヤバい人が1人入ってくるだけで、それまでの人間関係は一気に崩壊します。私は、もうかつてのような思いは二度としたくないと思っています。だからこそ、常に転職活動して退路を準備しておくのが私にとっての日常なのです。
「よそに行く気がないのに転職活動するなんて」と思われるかもしれません。しかし、転職活動をせずに安閑としているのはリスク以外の何物でもありません。
普段から環境を変えることに対するハードルを下げておかないと必要なタイミングで行動できませんし、メンタルダウンしてしまうと転職活動は不可能です。実際私も、最初の転職活動を始めるまでには長い休養期間が必要でした。普段からの転職活動は「避難訓練」のようなもの、と考えましょう。
定期的にスキルの棚卸しをして職務経歴書を更新し、半年に1回ほどのペースで面接を受けてみる。そうすることで、いざ転職をしようと考えたときの準備ができるのです。
また、自分の知識や経験が一歩外に出ればレアであり、自分のような人を求めている企業が意外に多いことにも気づくと思います。皆様も、まずは転職サイトに登録して自分の市場価値を確かめてみることから、始められてはいかがでしょうか。
私は自衛隊では同期の中で成績トップ、仕事はすべて無難にこなしてきましたが、転属すると一転、上司から「お前、使えねぇな」と罵倒されることになりました。しかし今は、「防災・危機管理のプロ」として好待遇で働いています。どんな人にだって、合う場所は必ずあります。転職活動を続けて、本当の安定をぜひ手に入れてほしいと思います。
【わび】
危機管理屋、元自衛官。大学卒業後、陸上自衛隊幹部候補生学校に入隊。師団司令部や方面総監部に勤務するが、激務とパワハラによりメンタルダウンを経験し、市役所に転職。現在は「危機管理屋」として企業に勤務。最新刊『人生から逃げない戦い方 メンタルダウンから生き延びた元幹部自衛官が語るユル賢い生存戦略』(扶桑社)が11月14日に発売予定。
更新:11月06日 00:05