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老親との会話はなぜこじれるのか? 介護疲れの原因となる「高齢者の二大バイアス」

2024年10月07日 公開

竹林正樹(青森大学客員教授 )

介護

「老齢になった親と、ちゃんとコミュニケーションをとっておきたい」。いつか後悔しないために、50代で必ずやっておきたいことの一つだ。しかし、エンディングノートのことや介護のことはなかなか言い出しにくく、意見がぶつかってしまうことも。『THE21』2024年10月号では、行動経済学の「ナッジ理論」を用いて、親子間のコミュニケーショントラブルを解決する方法を専門家に聞いた。(取材・構成:林加愛)

※本稿は、『THE21』2024年10月号特集「50代で必ずやっておくべきこと」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

老親との会話はなぜこじれるのか?

「お母さんのために言っているのに、なぜわかってくれないの」「親父はなんでこんなに頑固なんだ」――老親とのコミュニケーションには、こうしたストレスがつきものです。

こちらもつい言い方がきつくなり、そのつど後悔。「次はもっと優しくしよう」と決意し、なのにまたまた失敗して落ち込む......そんなことを繰り返してはいないでしょうか。

最初にお伝えしておきましょう。その問題は「優しさ」では解決しません。誠意や愛情のみで頑張るのは、むしろ危険。介護疲れや関係破綻を招くもとです。

皆さんはこれまでに、第三者(介護のプロを含めて)から「ご本人の心に寄り添って」とアドバイスされたことがあるかもしれません。しかし、その言葉を鵜呑みにするのも禁物です。親といえども、他者の心は窺い知れないもの。そこに寄り添おうとしても、いずれ限界がきます。

では、なぜ、そうしたすれ違いが起こるのか。それは、人の脳が「自分に都合よく、解釈を歪めてしまう習性」を持っているからです。

この習性を「認知バイアス」と呼びます。認知バイアスとは、物事を感じるときの、認識の偏りや歪みのこと。どんなに正しく伝えたつもりでも、認知バイアスがある限り、相手は歪んだ解釈をしてしまいます。

この認知バイアス、実はすべての人間の本能に埋め込まれているもので、それ自体はいいものでも悪いものでもなく、人類が生き延びるために不可欠なものでした。例えば「同調圧力」も認知バイアスの一つですが、元をたどれば、太古の人間が集団で協力し合うために生まれました。そして、これがあったからこそ、人類は絶滅を免れたのです。

最近の研究で、人の判断や行動は90%以上が本能に基づくもので、理性の働く割合は10%に満たないことがわかってきました。理性の力は高齢になるほど働きづらくなるため、本能に埋め込まれている認知バイアスも、加齢とともに強く出てくるようになります。これが、老親との間で生じる「なぜわかってくれないの」の一因です。

ここで生まれるすれ違いの解消に役立つのが、私の研究テーマでもある「ナッジ」です。

ナッジは直訳すると「そっと後押しをする・肘でつつく」という意味で、「ついそうしたくなる心理」を刺激して、相手に自発的に行動を起こさせる仕掛けのことです。このノウハウを、親とのコミュニケーションに取り入れることで、親が自発的に行動を変えていくことが期待できます。

ではまず、親子それぞれにどのような認知バイアスが働きやすいかを紹介し、次にナッジを上手に使った解決法を解説していきます。

 

高齢者に見られる「二大バイアス」

認知バイアスの一例

親に関して押さえるべきは「高齢者の二大バイアス」です。

一つ目は「現状維持バイアス」(=今のままでいたい、と思う心理)です。新しいことに抵抗感があり、たとえ合理性がなくとも従来のやり方に執着します。「○○医院の薬は効かない」といった話を延々とする割りに、「じゃ、別のお医者さんに行ってみる?」と言うと嫌がる、などが典型例です。

二つ目は「現在バイアス」。目の前のことを過大評価する、つまり「今が大事」と感じる心理です。このバイアスが働くとせっかちになり、些細な用事で「今すぐ来て!」と他人を呼び出す、などの行動が多くなります。「現在バイアス」は「将来のメリットよりも目の前のこと」を優先する傾向とも言えます。

これは、高齢になった自分を想像すると理解しやすいと思います。例えば現在50代の私は、80歳になったときを見越して投資をしていますが、もし今80歳なら、投資などせず好きなことにお金を使うでしょう。残された時間が短いほど「今が大事」になるのは、ごく自然なこととも言えます。

 

親に対して「採点」が厳しくなる理由

一方、子ども側にはどのような認知バイアスが働くのでしょうか。老親に関する悩みでよく聞くのが、「他人には親切に振る舞えるのに、親に優しくできない」というもの。これは、「投影バイアス」が働いているせいと考えられます。

投影バイアスとは、「今までこうだったから、これからもそうだろう」という思い込みです。昔と同じ、しっかりした親の姿を期待する一方、今の親の姿との違いに直面し、イライラするというわけです。

このとき同時に「帰属バイアス」(=相手のせいだ、と感じる心理)も起こります。昔とは違う親の態度を、あたかも自分に対する悪意のように感じてカチンとくるのです。

「自己奉仕バイアス」(=自分に優しく他者に厳しい評価をする心理)も働きます。自分の行為は実際より素晴らしく、人の失敗は実際よりダメに見えるため、「自分はこんなに尽くしているのに、お母さんときたら」というストレスが溜まります。

また、「後知恵バイアス」(=後から知ったことについて、最初からわかっていたような気持ちになるバイアス)もあります。親が失敗したとき「前々から危なっかしいと思ってたよ」などと言ってしまうのが典型例です。

自分に生じるこれらのバイアスは、本能によるものなので止めることはできません。しかし自覚するだけでも意味があります。「このバイアスのせいで、自分は過剰に腹を立てているのだ」と、客観的かつ冷静な視点を得られるからです。

ここからは、よくある親とのすれ違いと、その原因となるバイアス、そしてケースごとのナッジを用いた対処法を紹介しましょう。

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著者紹介

竹林正樹(たけばやし・まさき)

青森大学客員教授

青森県出身。青森大学客員教授。Master of Business Administration、博士(健康科学)。行動経済学を用いて「頭ではわかっていても、健康行動できない人を動かすには?」をテーマにした研究を行なっている。ナッジで受診促進を紹介したTED(テッド)トークはYouTubeで80万回以上再生。『介護のことになると親子はなぜすれ違うのか』(Gakken)などの著書がある。

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