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老親との会話はなぜこじれるのか? 介護疲れの原因となる「高齢者の二大バイアス」

2024年10月07日 公開

竹林正樹(青森大学客員教授 )

 

ケース① 介護サービスを使ってほしい

日々の生活に支障を来すようになった親を見て、子どもが「介護サービスを使おうよ」と提案しても、頑として受け入れない親は多いものです。今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫だという「現状維持バイアス」が働いている状態です。

私の父も、似た状況になったことがありました。そのとき私が取った方法は、「フランス料理店にランチに誘い、医学部に通う姪(父にとっては孫)に説得してもらう」でした。

ここには、父の現状維持バイアスを解除するナッジがいくつも仕込まれていました。

一つ目は、時間帯を昼間にしたこと。昼間は理性が強く働き、バイアスが抑制されるのです。理性は、朝は満タン→いったん下がる→昼食で復活→再び低下→夜はほぼ空っぽになります(したがって、夜に説得すると断られる確率が高まります)。

二つ目は、日常と違う環境を設定したことです。普段と同じ場所で、同じ人から同じことを言われると、同じ返事をしたくなるのが現状維持バイアス。そこでフランス料理店という非日常空間で、息子ではなく孫から説得してもらいました。

フランス料理店を選んだのは「衣装効果」を期待したからでもあります。身なりを整えて行儀良く過ごす場では、会話も「きちんとしよう」と思う心理です。

もう一つ、「メッセンジャー効果」も意図しました。「何を」言われるかより、「誰から」言われるかで、人の心は大きく動くもの。医学生の孫に身体を心配されて、「大丈夫だ」と言い張るのは少々恥ずかしい、と父も感じたはずです。

ところがそれでもなお、「介護サービスを使おう」への父の答えはNOでした。

そこで私は、最後のナッジを実践。「話を聞いてくれてありがとう」と言って、そこで話を切り上げたのです。これは「ピークエンドバイアス」という、出来事の「最後」が強く記憶される心理を利用したものです。この場面で「なんでイヤなの?」としつこく食い下がっても、拒否反応が強まるだけで逆効果。対して「ありがとう」とさわやかに終われば、会話全体がポジティブな印象になります。

その効果もあってでしょうか、父は帰りの車の中で「そこまで言うなら」と、同意してくれました。

 

ケース② エンディングノートを書いてほしい

エンディングノートを書くのが億劫、と感じる親は多くいます。死のことなんて考えたくないし、相続などの煩雑な話にも向き合いたくない。そう考えたとき、親は「先送り」をします。後々の必要より「今の楽」を選ぶ、つまり現在バイアスが強く働くのです。

これを解除するには「同調バイアス」がカギ。「お母さんくらいの年になると、みんな書くらしいよ」と聞くと、「そうなの?」という気になりやすいのです。ケアマネジャーなどプロの方から、「皆さん書かれています」と言われると、さらに説得力が増します。

また、保険会社には、アドバイザーが訪問して書き方を教えてくれるところもあります。これを利用すると、親の中では「わざわざ来てくれたのだから、書かないと申し訳ない」という「返報性バイアス」が働きます。複数回通ってもらうと、「次回までに書き進めておかないと」という、「コミットメント」の心理も働き、さらにスムーズです。

第三者の力を借りない場合は、「億劫」を解除する手助けが有効です。それにはまず、「一緒にやろう」と誘うこと。そばに座って、協力しながら進めていくと親も心丈夫です。

特に「最初の一行」を書いてもらうことが大事です。物事は、第一歩がもっとも面倒なものです。逆に言うと、その一歩さえ踏み出せば二歩目、三歩目に進みやすくなります。

とりわけお勧めなのが、一ページ目の一行目に「名前」を書いてもらうこと。署名をすると、「保有バイアス」が働きます。「自分のもの」という認識ができ、ひいてはノートを書くことが「自分ごと」になります。名前を書くために表紙をめくるアクションも、第一歩を強力に後押しするでしょう。

 

ケース③ 父に免許を返納してほしい

身体の衰えてきた父親が運転を続けるのは心配。しかし本人は、免許返納を断固拒否、というシーン。残念ですが、お父さんを説得するのはまず不可能でしょう。身体が衰えてきたからこそ「自由に動く足」を手放したくない。そこには、強烈な保有バイアスが働いています。

ですから、変則技でいくのはいかがでしょうか? 免許返納の目的は「本人の安全を守ること」なので、運転しない状況をつくれればいいのです。

それには、車を視界から外すのがベスト。子どもの家など、お父さんから見えない場所に車を置き、「長期修理が必要なんだって」と伝えるのはいかがでしょうか。目の前に車がなければ、別の選択に目が向きます。誰かに乗せてもらう、タクシーを利用するといった新しい移動方法を経験してもらい、徐々に慣れるのを待ってみます。

なお、タクシー利用に対して「お金がもったいない」と言う親もいるでしょう。タクシーはその都度支払いをするため、お金がかかる印象を受けやすいのです。逆に、マイカーの維持費は実際より安く感じます。ガソリン代+税金+保険料他で月に4〜6万円程度と、実はタクシーより割高になることも。しかし支払う機会はガソリンスタンドや高速に入るときのみなので、「苦痛」の頻度が低いのです。

ということは、タクシーの「苦痛」も減らせばいいのです。タクシー会社から月ごとの請求書を送ってもらって、子どもが支払うかたちにすれば解決できます。親のストレスも減り、子どもも安心できるでしょう。

 

ケース④ デイサービスの頻度を増やしたい

お父さんがデイサービスに行ってくれている時間は、介護に明け暮れる家族のつかのまの休息。もっと通ってくれたらいいのに......と願うも、父親は「つまらないから週一回でいい」の一点張り。「現状維持バイアス」が強い状態です。

こちらは「休息がほしいんだ」という本音も言えず、何ともストレスフル。そしてお父さんはお父さんで、本音があると思われます。「つまらない」は表面上の理由で、おそらくは人間関係が快適ではないのでしょう。

この場合、「違う曜日にする」のが一番簡単な対策です。違う顔ぶれの利用者と良好な関係を結べれば、一気にデイサービス好きになる可能性があります。

それでもダメなら、別の介護サービスで外出してもらうのがお勧めです。例えば「通所リハビリ」。身体を動かすだけでなく、マッサージも受けられるサービスです。

お父さんはきっと、デイサービスを受けている自分が「どう見えるか」も気にしていると思われます。高齢者の中には、しばしば、「お遊戯のようなことをさせられる」「無力な老人に見えそう」という理由で、デイサービスを受けたがらない方がいます。その点、通所リハビリなら、介護というより健康習慣に近く、印象はずいぶん違います。

このようなアプローチのことを「フレーミングナッジ」と言います。「介護=世話をされるのが情けない」という枠組みでとらえている相手に対し、「リラックス&健康増進の時間」という、新しい切り口を提供してあげるのです。

 

ケース⑤ 母が溜め込んだモノを片づけたい

久々に実家に行ったら、お母さんがモノを溜め込んで足の踏み場もない状態。「捨てよう」と言っても聞いてくれず、しまいには大喧嘩に......。このシーンでは、お母さんに「保有バイアス」があるのに加えて、親子双方に「コントロールバイアス」が働いています。

人は誰しも、他者をコントロールするのが好きで、コントロールされるのが嫌いです。子どもは「片づけさせたい」といら立ち、親は「指図されたくない」と腹を立てる。これではいつまでも平行線です。

必要なのは、まず子どもの側が自分を省みることです。「今私は、本人のために『捨てよう』と言っているのではなく、ただ自分に従わせたいだけでは?」と。

バイアスを自覚したら、次は「純粋に本人のため」に片づけるべき部分をピックアップします。親のものとはいえ、勝手に処分するのは好ましくありません。お母さんにとって危険でないものはそのままでOK。逆に、古い食品や、転倒しそうな場所に積んだもの、割れ物などは明らかに危険なので、片づける必要があります。

このように絞り込んでもなお、お母さんは抵抗するでしょう。そこで有効なのが「これ、捨てなよ」と言う代わりに、「これ、もらえるかな?」と言ってみることです。お母さんはきっと、気持ち良く応じてくれるはず。人の役に立つことは進んでやりたい、という気持ちが働くからです。このアプローチを「利他性ナッジ」と言います。

 

いかがだったでしょうか。いずれも、「寄り添う努力」よりもナッジの「仕掛け」によって、事態が動きだしていますね。

今ご苦労されている皆さんも、努力で心をすり減らす必要はありません。通じ合えないからといって、自分を責めるのも禁物です。認知バイアスがある限り、すれ違うのは当たり前。それを知ったうえで「通じる接し方」を実践すればいいのです。

皆さんが親御さんと会える機会も、話す時間も、この先どれだけあるかわかりません。限りある時間をお互い笑顔で過ごすために、このノウハウを役立てていただけると嬉しいです。

 

著者紹介

竹林正樹(たけばやし・まさき)

青森大学客員教授

青森県出身。青森大学客員教授。Master of Business Administration、博士(健康科学)。行動経済学を用いて「頭ではわかっていても、健康行動できない人を動かすには?」をテーマにした研究を行なっている。ナッジで受診促進を紹介したTED(テッド)トークはYouTubeで80万回以上再生。『介護のことになると親子はなぜすれ違うのか』(Gakken)などの著書がある。

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