コロナ禍で住宅市場は活況を呈し、多くの人々の予想を裏切りました。日銀のゼロ金利政策やリモートワークの普及が後押しとなり、特に湾岸タワーマンションは人気を集め、資産価値を上昇させています。しかし、専門家の多くはこうした動きを予測できず、市場の急激な変化に翻弄されています。書籍『グレートリセット後の世界をどう生きるか』より解説します。
※本稿は、長嶋修著『グレートリセット後の世界をどう生きるか』(小学館)より一部抜粋・編集したものです。
不動産をはじめとする、あらゆる資産価格を上昇させる要因となった、言い換えれば円の価値を相対的に下げることとなった日銀のゼロ金利政策は、2024年に入りやや修正されました。
金融機関の融資姿勢にわずかな変化をもたらしたものの、しかし大勢には全く影響ありません。東京オリンピック・パラリンピック後には建築費が一段と高騰し、不動産価格も高騰。むしろ不動産市場をめぐる世間の予測とは逆の動きを示しています。
2020年4〜5月の緊急事態宣言の最中は新築・中古共に取引が半減したものの、1990年のバブル崩壊や2008年リーマン・ショックのような価格下落は見られませんでした。
緊急事態宣言が明けて以降は、たまっていた需要が噴き出すどころか、住宅市場は大活況を呈しました。リモートワーク(在宅勤務)を経験することで「もう一部屋ほしい」「住まいを見直したい」といったニーズが強まり、低金利の住宅ローンに加え「住宅ローン控除」といった事実上の「金利分以上の補助金制度」を背景に、これまで価格を上げてきた3LDK主流のマンションに加え、4LDKメインの一戸建て市場にも火がついたのです。
もっとも一戸建て市場は現在、少なくとも新築についてはアフターコロナの需要は一巡し、2023年後半あたりから調整期に入っています。とはいえバブルが崩壊するといったドラスティックな事態には至っておりません。
東京・渋谷区のオフィス空室率は、2020年4〜5月の緊急事態宣言中には急激に、しかも突出して上昇しました。しかしそれは小規模オフィスが多いうえ、IT系など機動力の高い企業が多く集積していたという渋谷特有の要因があったためで、現在ではすっかり元に戻るどころか、むしろ賃料が上昇しています。
主に2000年代前半から本格的に供給開始されてきた湾岸タワーマンション。
「埋め立て地は人が住むところではない」
「ホントの金持ちはあんなところに住まない」
「いずれバブル崩壊する」
「やがて廃墟化する」
「湾岸タワマンは災害に弱い」
「買ってはいけない」
などなど一部では散々な言われようでしたが、2000年代以降に湾岸タワーマンションを買った人は、ほぼ例外なくその資産価値を上昇させています。
ちなみに「廃墟化」するかどうかは個別のマンション管理の問題であり、それが湾岸であるかとかタワーであるとかいうこととは直接の関係はありません。
さらに「災害に弱い」説について。例えば水害リスクに関しては、都心湾岸地区はむしろ内陸部に比してリスクは低いというシミュレーションが出ているほか、タワーマンションには「免震」「制震」「高強度コンクリート」といった構造が用いられており、耐震性には一定の配慮がされていますし、2011年の東日本大震災を受けて、多くのマンションで「非常用電源」「備蓄の確保」といった対策が施されてもいます。
東京オリンピック・パラリンピックで選手村として利用された「晴海フラッグ」は、一度に大量供給されるため「オリンピックというレガシーがなくなれば売れないだろう」などと言われたものの、ふたを開けてみれば応募倍率は最高数百倍といった大活況。その割安感からくる魅力で、多くのいわゆる「転売ヤー」まで登場する始末でした。
「大量供給された晴海フラッグのせいで、都心タワマンの相場も乱れ、崩れる」とも言われましたが結果は逆。むしろ晴海フラッグの活況につられて周辺のタワーマンション相場も上昇させました。
ご覧いただいたように、「世論」というか「世の中の風潮」というのは、往々にして間違えるものです。それはなぜか。その正体が「マス」だからです。「大多数の意見」というのはしばしば大外しするのです。
それでは「大多数の意見」とは、具体的にどのように創られるのでしょうか。ひとつには「専門家のワナ」があります。「専門家」というものは往々にして「肝心な時に間違える」ものです。
例えば専門家が株価の予想をする場合には、これまでの市場の流れを踏まえるのはもちろん、それと同等かそれ以上に「他の専門家はどう考えているか」が大事であったりします。
万が一でも自分が見落としや勘違いをし、的外れなことを言って他の専門家に笑われたくないからです。上手に空気を読んだうえで、専門家としておかしくない、穏当な発言をしたいのです。それが各業界・界隈で生きていく知恵とも言えるでしょう。
あるいは所属している組織の意向もあります。実際、2024年早々に日経平均株価が4万円を超えると予想した専門家は何人、何パーセントいたでしょうか? 少なくとも私が知る限りほぼ皆無だったと思います。
年末年始に発行された経済系の週刊誌に掲載された「2024年株価大予測!」のような特集を読み返してみてください。株式市場の専門家のコンセンサスはだいたい3万円前半〜中盤でした。ところがその直後に日経平均は4万円を突破しています。そうした記事を参考にして、多くの読者は投資の可否や銘柄選択をするわけです。
もちろんそのような行動様式は、市場が安定して定常状態にある時、つまり「一定のレンジで上下動している」「安定して上昇基調にある」「長らく下降局面にある」などの際には、文字通り「穏当な意見」であり、おおむね正解と言えます。1990年バブル崩壊以降は長いデフレが続きましたので、その前提で考えておけば大きく外れはしませんでした。
しかし近年で言うと「2000年ITバブル崩壊後の資産価格上昇」「2008年リーマン・ショック前のプチバブルとその崩壊」「2012年の民主党から自民党への政権交代によるアベノミクスと、翌年の黒田バズーカによる株高、不動産高」「2020年以降のコロナ禍とその後のゴールドや仮想通貨、絵画や高級車・高級ワインなども含む資産全面高」など大きな潮目の変化は、ほとんどの専門家が予想すらできなかったはずです。
昨今のように、不可逆性を帯びた大変化、歴史的な大転換の時代にあっては、従来型の定型フォーマットに乗った思考・意見は全く役に立たないどころか、大外しをするといった弊害をもたらします。それで「想定外だ」といったワードが連発されるわけです。
本来、想定外というものはあってはならないことで、たとえ天災地変であっても、具体的な日付や場所は想定できないながらも、その可能性は日ごろから念頭に置いておくべきであるはずです。
加えて各業界・各分野の専門家の多くは「タコ壺化」しています。例えば株式市場について考える前提として、今や株や金融の知識だけでは到底太刀打ちできるものではありません。不動産市場について予測する時、不動産や建築・都市計画、経済・金融程度の範囲をカバーするだけでは、もう全く立ちゆかなくなっているのです。
もちろんどの業界にも、数は少ないものの慧眼をお持ちの、本当の意味でのプロがいらっしゃることを、私は知っています。いずれにしても、2020年以降のコロナ禍のように「想定外」の事態が次々と起きるであろう未来においては、いわゆるカッコ付きの専門家は、今後も予想を外し、間違い続けるでしょう。
更新:11月21日 00:05