日本の住宅市場は、大きな転換期を迎えています。少子高齢化や都市化が進み、人々の暮らし方が変化する中で、住宅に対するニーズも変化しています。かつては新築一戸建てが人気でしたが、現在は中古マンションの価値が上昇し、都市部のコンパクトなマンションへの需要が高まっています。なぜ、このような変化が起こっているのでしょうか? 書籍『グレートリセット後の世界をどう生きるか』より解説します。
※本稿は、長嶋修著『グレートリセット後の世界をどう生きるか』(小学館)より一部抜粋・編集したものです。
現在、全国1741自治体のうち、747自治体(2024年3月31日時点)が街のコンパクト化を進める「立地適正化計画」に取り組んでいます。ただ、中には本気で取り組んでいるとは到底思えない、補助金目当てのいい加減な自治体政策も多く、したがって多くの住民に危機感も共有されていないようです。
しかし、このような状況は全く持続可能ではありませんので、いつかどこかで本格的に取り組む必要があります。都市計画というのは息の長い取り組みですから、本来は長期的な計画を立ててじっくり取り組むべきところ、何もしてこなかったツケを一気に払うといったことになるかと思います。
1968年に都市計画区域を「市街化区域」と「市街化調整区域」に分類し、市街化を促進する地域と抑制する地域とに分けましたが、それをもう一度行うイメージです。現在の市街化区域を、人口減少社会に合わせてさらに小さく区切るのです。
こうなると、市街化を抑制する地域に分類された地域では、現在市街化調整区域で住宅ローンを利用できないのと同様に、住宅ローンが使えなくなるでしょう。そうなると不動産価格は大暴落です。上下水道や道路・橋などのインフラ修繕をはじめとする行政サービスは後回しにするか打ち切られるでしょう。「必要ならば中心部に集まってください」というわけです。
新築住宅は早晩「高嶺の花」となります。その兆候がすでに新築マンション市場に現れているのを私たちは目撃しているわけですが、時間の経過とともに一戸建て市場にも波及するはずです。
「家を買うといえば中古住宅があたり前」といった、他の先進国と同様の常識に日本も遅ればせながら変わるわけです。そもそもアメリカでは、日本で言う中古住宅のことを「Existing House」つまり「既存住宅」と呼びます。日本においても中古住宅という呼び方はやめた方がいいかもしれませんね。
んー、かといって、既存住宅という呼び方も何かカタい感じがしますね。何か適切な呼称が見つかるといいのですが。
新築マンションの「供給減少」や「価格高騰や陳腐化による魅力低下」といった事態は、実はすでにマンションを保有している人にとっては、非常に有利に働きます。
新築がない、買えないとなれば中古マンションを買うしかないわけで、中古マンション市場が活性化すれば、保有するマンションの価値が維持、ないしは上昇方向に働くためです。
これが日本以外の先進国の住宅市場で働くメカニズムです。買ったマンションの価値が落ちなければ、住宅購入という行為が人生における重要な資産形成の一環となります。
1億円で買ったマンションが20年後1億円かそれ以上で売れるなら、売買時の諸費用や住宅ローン金利、固定資産税といったコストを差し引いても、毎月の家賃や更新料を払わないでよいため、損得勘定で言えば圧倒的に賃貸でいるより買った方がお得だということになります。それは「価値が落ちてなくなる耐久消費財を買った」のではなく、「資産に投資した」ということなのです。
実際問題としてこの20年くらいの間に好立地でマンションを買った人たちは、ほぼ例外なく儲かっています。買った時より現在の方がマンション価値がアップしているのです。
特にこの10年くらいに「都心・駅前・駅近・大規模・タワー」といったワードに象徴されるマンションを買った人は、東京都心においてはその価格が平均的に2倍以上、神奈川・埼玉・千葉では1.7倍くらいに値上がりしています。住宅ローンを支払うことがいつの間にか資産形成となっていたわけです。
日本の住宅業界には「新築を買ったそばから建物価値が落ち、住んだ瞬間に3割減、10年で半値、20〜25年程度でほぼゼロ」といった定説がありましたが、少なくとも中古マンション市場ではすでにこうした方程式が崩れつつあります。
とはいえ不動産の価値は1にも2にも3にも立地であり、要は「都心・駅前・駅近」といった利便性の高い、中長期的に人口流入が見込める立地であることが大前提です。
一方で一戸建て市場は、マンション市場が大盛り上がりを見せてきたこの10年、ずっと鳴かず飛ばずといった状況だったところ、ようやく火がつき始めたのが2020年のコロナ禍における「緊急事態宣言」以降です。多くの人がリモートワーク(在宅勤務)を経験したことで「住まいの見直し」「もう一部屋ほしい」といったニーズが生まれ、持ち家志向が高まりました。
しかしこの時すでに新築・中古マンション市場は相当程度値上がりしていました。それを嫌って、あるいは3LDKが主流であるマンションより一部屋多い4LDKがメインである一戸建て市場に流れたわけです。
しかしこの一戸建て市場のブームというか需要はすでに一巡し、2023年後半になると多くの新築一戸建て事業者が在庫を抱えるようになり、2023年度末の決算期を迎えるにあたり、場合によっては千万円単位の大幅な値引き販売をしたケースもありました。
とはいえ、かつてのバブル崩壊やリーマン・ショックといった大きな値崩れには至らず、市場を大きく壊さない範囲でのブーム終了、といったところです。
コロナ禍で着火した一戸建ての需要が一巡したといっても、住宅需要が全て枯れるわけではなく、前述の通り相変わらずマンション市場、とりわけ中古マンション市場は絶好調です。
なぜ一戸建ての需要は低く、マンションは高いのか。その理由はごく単純な話で、つまるところ「立地」ということになります。
共働き世帯は2001年から2021年の約20年間で約1.3倍も増加しており、夫婦のいる世帯全体の約7割に達しています。2人とも通勤に利便性を求めるうえ、買い物をはじめとする生活利便性を高めるにはどうしても、できるだけ「会社に近く」「都心に近く」「駅に近く」といった選択になります。
たとえて言うなら「駅徒歩20分、100平米のマンションより、駅2〜3分、60平米のマンションがいい」といったイメージです。居住空間をはじめとする快適性より何より「時間」が大切なのです。駅から遠くなれば必要になる自動車の保有比率も、若年層であるほど年々低下を続けています。
したがって新築マンションデベロッパーも、あくまで利便性の高い立地優先でマンション用地の仕入れを行うようになります。しかし、そうなると土地値がかさむうえに、容積率が大きいタワーマンションのような大規模マンションを計画することになります。
事業規模が大きくなると、中小の相対的に体力の劣るマンションデベロッパーの事業機会が失われ、三井・住友・三菱・東急・野村といった大手系による、好立地の、大規模・タワーマンション供給がメインとなった近年の新築マンション市場が形成されるわけです。
2008年リーマン・ショック前のプチバブルのころは、新築マンション市場における大手系の比率は25〜30パーセント程度でしたが、現在では半分〜3分の2が大手によるものとなっているのはそのためです。
日本の住宅市場は主に戦後になって形作られました。戦後の復興と高度経済成長の、圧倒的な住宅不足を解消することを目的としていたのですが、この時代遅れの政策がそろそろ根本的な転換期を迎えています。そしてそのタイミングはおそらく「もうすぐ」です。
更新:11月21日 00:05