"人生の主人公として「100年ライフ」をワクワク、楽しめる社会を創る"をビジョンとして、「人生100年時代」の個人のライフデザイン支援をテーマとしたコンテンツ開発やワークショップ、1on1型ダイアログなどを提供するライフシフト・ジャパン(株)。
ワクワクする老後を過ごすために知っておきたい、「ライフシフトの法則」について、実践例と共に紹介します。
※本稿は、『THE21』2023年7月号~11月号に連載した「40代・50代からのライフシフト実践講座」より、内容を一部抜粋・再編集したものです。
「ライフシフト」という言葉は、実は、まだ社会全体でオーソライズされた定義のない言葉でもあります。
元々は、リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットという二人のロンドン・ビジネススクールの教授が書いた書籍のタイトルですが、原題は「The 100-Year Life」、まさに「100年人生」というタイトルです。
これに日本の出版社が「ライフシフト」という書名を付けたことから、この言葉は広がりました。つまり、原書には「ライフシフト」という言葉は出てこないのです。
このため、この言葉は日本において様々な場面で色々な解釈で使われています。転職・独立・起業といったキャリア・チェンジや働き方の大きな変化を指して使われることもあれば、定年以降のシニアのセカンド・キャリアを称して使われるケースや、移住や二拠点生活といった新しい生活スタイルを求める変化を指す場合もあります。
最近では、そうした外形的にはっきりとわかる大きな変化だけではなく、企業に勤めながら副業やパラレル・ワーク、ボランティアやNPO活動などに取り組む多様な働き方を「ライフシフト」と呼ぶことも増えているようです。
青森県では2022年度から、定年後にすっかり引退してしまうことなく、息長く地域の活動に取り組む人たちを「ライフシフト人財」と位置付け、そうした人財の育成に取り組む事業を始めています。
このように多様な解釈で使われているということは、この「ライフシフト」という言葉が、多くの人のイマジネーションをかき立てているということでもあるでしょう。
私たちライフシフト・ジャパンは、そうした多様な解釈を決めつけたり、限定したりすることなく、「ライフシフト」とは、「人生の主人公として、100年ライフをワクワク、楽しむこと」と定義しています。
大切なのは、自分自身の意思で進むべき人生を選択していることでしょう。ただし、そこには少なくても、これまでの定型的な「3ステージ型モデル」(教育→仕事→引退)の人生観から、その人ならではの「マルチステージ型モデル」への"人生のシフト"を応援する想いが込められています。
本稿では、"100年ライフをデザインするワークショップ"『LIFE SHIFT JOURNEY』(ライフシフト・ジャパンが開催)で活用している「ライフシフトの法則」をフレームワークとして、40代・50代の読者の皆さん自身がライフシフトを実践するための方法論をお伝えしていきます。
「ライフシフトの法則」は、ライフシフト・ジャパンが継続的に実施しているライフシフター(ライフシフト実践者)への数多くのインタビューの中から紡ぎ出したものです。4つの法則で構成されていますが、今回は第一法則「5つのステージを通る」について深掘りしていきます。
この第一法則は、ライフシフトのプロセスを表した法則です。ライフシフトは、ある日突然起こるものではありません。数週間から数カ月という比較的短い期間に大きな変化が起こることもあれば、数年から時には数十年という長い時間の経過の中で、ようやく実現するライフシフトもあります。
しかし、そのプロセスには、ある共通のプロセス(ステージの変化)が潜んでいます。そのプロセスを「5つのステージ」という考え方で整理したのが、第一法則です。皆さん自身が、今どのステージにいるかを考えるところから、皆さんのライフシフトもスタートするのです。
最初のステージは、「心が騒ぐ」ステージです。
「何故か、今までのままではいけない気がする」「日々の生活になんとなく違和感を感じる」といった内面的なセンサーが機能して心が騒ぎ始める人もいれば、「不本意な人事異動や転職の失敗」「自分自身や親しい人の病気や死」といった外部環境の大きな変化がきっかけになる人もいます。
また、ライフシフターの中には、「見過ごせない大切な社会課題に気づき、何かその課題に貢献したいと思った」ことが「心が騒ぐ」きっかけだったという人もいます。
大手IT企業で働いていた藤田巌さんは、50歳のある日、たまたま目にした新聞記事で、施設に入っている高齢者の人たちに対して、定期的に訪問してヘア&メイクを施す「福祉美容」というサービスがあることを知り、「心が騒ぎ」始めました。
その後、藤田さんは、50代にして通信教育の美容学校に入学し、実技講習やスクーリングを通じて56歳のときに美容師免許を取得。会社を定年退職した後、60歳にして美容室を開業し、160を超える高齢者施設を訪問して福祉美容を届ける仕事を続けています。
2つ目のステージは、「旅に出る」ステージ。
「心が騒ぐ」自分の原因を探したり、その解決策を手に入れるために、「何か新しい行動を起こす」ステージです。
中には人生の「エクスプローラー(探索者)」となって、世界放浪の旅に出るなんて人もいますが、そんな言葉通りの「旅に出る」ことはなかったとしても、「何かいつもとは違う行動を起こしてみる」「今まで繋がりのなかった新しいコミュニティに飛び込んでみる」といった行動を起こすことで、自分自身の「心が騒ぐ」要因を探りにいくのです。
この第1ステージ「心が騒ぐ」から第2ステージ「旅に出る」というステップは、ライフシフトのプロセスの中で最も重要なポイントになります。
騒いでいる自分の心にフタをしてしまったり、「心が騒ぐ」状態を放置して何も行動を起こさない人には、ライフシフトの大きな変化はなかなかやってこないかもしれません。まずは「行動を起こす=旅に出る」ことが大切なのです。
そこでヒントになるのが「スモールステップ」。大きな目標や行き先が見えていなかったとしても、何か小さな行動を起こしてみる。そして、そこで感じたこと、気づいたことを大切に、次のステップにつなげていく姿勢です。
医療機関で新しい病院づくりのプロジェクト・マネジャーを務めた清水雅大さんは、その病院が開業した後に「バーンアウト(燃え尽き症候群)」と診断され、何に対してもやる気の起きない状態に陥っていました。
そこで、「自転車に乗って一人で出かける」「普段は読まないジャンルの本を読んでみる」といった日常的な「旅に出る」アクションからスタート。
その後、「料理が好き」という理由で飲食店の開業セミナーに参加してみたり、料理教室に行ってみたりといった"スモールステップ"を繰り返す中で、「農業」というキーワードと出会いました。
そして今では東京の近郊で農業に取り組みながら、農業とメンタルヘルスやキャリア開発などを組み合わせた新しいコミュニティづくりにチャレンジしています。
3つ目のステージは、「自分と出会う」ステージ。
様々な旅を続けるライフシフターは、どこかの瞬間に「ありたい自分の将来の姿」を自分の中に見つけます。
それまでの人生やキャリアを振り返っている中での気づきだったり、新しく出会ったコミュニティの人たちとの交流の中で見つかったりときっかけは様々ですが、共通するのは、誰かに教えてもらうのではなく、自分自身の中に本当に自分が目指したいと思う「ありたい自分」を見つける点です。
銀行を定年退職した山際祐治さんは、それまで銀行員として様々な仕事に取り組んできたキャリアの棚卸しをする中で、一時期、人事部で採用担当をしていたときが一番楽しかったことに気づきます。山際さんが、「自分と出会った」瞬間です。
そこから、「若者の就職活動を支援する」というテーマを見出し、定年退職後にキャリアカウンセラーの資格も取得して、60代を通じて、大学のキャリアセンターで若い世代の就職活動の支援に取り組みました。この経験を通じて銀行員時代とは違う自分を発見した山際さんは、70歳以降はさらに新しい分野でのボランティア活動に取り組むなど、柔軟なライフシフトを実践しています。
4つ目のステージは、「学びつくす」ステージ。
自分と出会ったライフシフターには自分自身の「ありたい姿」がはっきりと見えています。そんなライフシフターは突然、猛烈にインプットを始めます。「ありたい姿」を実現するために、ありとあらゆる方法で学び、インプットをしていくのです。
それは単なる"資格マニア"や何となく"英語でも勉強してみるか"といった人たちとは違い、明確な目的に向かって役に立つ情報を手に入れるステージと言えます。
また、このステージのライフシフターたちは、自分の「ありたい姿」について、積極的に周囲の人たちにアウトプットするのも特徴です。
自分のありたい姿や成し遂げたい夢を具体的にアウトプットすることで、周囲の人たちから様々なフィードバックをもらったり、思いがけない人や情報を紹介してもらったり。そうしたアウトプットが、予想外のインプットにつながっていくのです。
都市銀行を定年まで勤め上げた若宮正子さんは、定年が数年後に近づいてきた50代後半に、定年後の社会との繋がりを保つためにパソコンを購入し、まずはパソコン通信で新しい仲間探しを始めました。パソコン通信の設定も一から勉強し、3カ月かけて自分で行なったそうです。
その後、その経験を同年代の仲間に教えるパソコン教室を開いたり、表計算ソフトを活用した「エクセル・アート」を創案してデザインを楽しんだり、自らプログラムを書いて作ったアプリで「世界最高齢のアプリ・プログラマー」として注目を集めたりしました。
若宮さんがいつも口にするのは、「Just Do It!」(とにかくやってみる)。やりたいことをアウトプットし、何でも吸収して「学びつくし」、次々に新しいチャレンジを実現していく姿は、私たちに勇気を与えてくれます。
5つ目のステージは、「主人公になる」ステージ。
「学びつくす」プロセスを経て、目指していたアクション(行動)を起こし、「ありたい自分」にたどり着くステージです。
ライフシフトのプロセスが面白いのは、この5つのステージを巡って、「主人公になる」ステージにたどり着いたライフシフターは、またしばらくすると「心が騒ぎ」始め、次のサイクルに入っていくことです。
つまり、ライフシフトの旅とは、この第一法則「5つのステージを通る」プロセスを何度も回し続け、螺旋階段をのぼっていくように進んでいくものなのです。
東京でのストレスの多い生活の中で、「いつか田舎で暮らしたい」という漠然とした夢を持っていた手塚貴子さんは、農業が主産業の新潟県西蒲区に移住し、数年間の二拠点生活の後に完全移住。そうして一度は「主人公になり」ましたが、その後も新たに「心が騒ぐ」想いが湧いてきました。
そして現在は、定期購読で情報誌と食材を宅配する『食べる通信』の編集・発行に取り組んだり、農業の6次産業化のプロデューサーとしての仕事を始めて新しい商品開発に取り組むなど、次の「5つのステージ」を回し続けています。
第一法則「5つのステージを通る」は、ライフシフターの実践例の中から紡ぎ出したライフシフトの共通のプロセスです。でも、それはライフシフターだけが経験するレアな体験ではなく、誰もが経験する人生のプロセスでもあります。
40代・50代の読者の皆さんは、これまでの人生の中で何度か「5つのステージ」を経験してきているのではないでしょうか?
誰もが、今までの人生の中で、「心が騒いだ」時期や、「旅に出た」と思う転機、「自分と出会い」、「学びつくし」、「主人公になった」経験を思い起こすことができるのではないかと思います。
では、あなたは、今、どのステージにいますか?
人生100年時代、皆さんにはまだまだ長い人生の時間が残されています。今、日々の目の前のことに追われ、先のことを考える余裕なんてない! という方もいらっしゃると思います。
遠い将来の大きな目標やビジョンを考えることが難しかったとしても、ちょっと立ち止まって、今自分が「5つのステージ」のどこにいるのか? を考えることから、皆さんの「ライフシフトの旅」は始まるのかもしれません。
更新:11月21日 00:05