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イノベーションに共通するのは志? 再び「日本型経営」に注目すべき理由

2022年09月12日 公開

名和高司(一橋大学ビジネススクール客員教授)

 

今こそ見直される日本型経営の力

実はこうした流れをたどっていくと、日本が伝統的に重視してきた考え方に行きつく。その代表的なものが近江商人のいわゆる「三方よし」だろう。売り手だけでなく買い手も満足し、さらにその商いが世の中の発展に貢献すべきという考え方である。

近江商人の系譜を引く伊藤忠商事は2020年に、グループの企業理念をこの「三方よし」に改訂した。住友グループが大事にしている「自利利他」の企業精神も同様だ。自分たちが利益を上げることが国家や社会の利益になり、それがまた自社の利益になるという循環の重要性を説く。

パナソニック創業者・松下幸之助の「水道哲学」もまた、今こそ見直したい考え方だ。水道の蛇口をひねれば水が出るような気軽さで使えるよう、必要な製品を安価に、広くあまねく普及すべきという松下の考え方は、ともすればコモディティ化の話と同一視されがちだが、そうではない。

誰もが発展の恩恵を享受すべきという考え方は、今こそ重要性を増している。このように、今まで時代遅れの日本的な考え方だと思われていたものが、再び脚光を浴びるようになっているのだ。

 

「成長を求めない」のは現実逃避ではないか?

つけ加えるならば、松下をはじめとした昭和の経営者たちは、経済的な繁栄を重視した。松下が創設したPHP研究所の最後の「P」がプロスペリティ(繁栄)を示しているのがそれをよく表している。

昨今、「これ以上の経済的な繁栄はいらない」という言説をしばしば耳にする。成長のみを求めた行きすぎた資本主義が多くのひずみを生み出したのは事実だが、経済的な成長なくして、世の中に山積する様々な問題や不幸の解決は不可能だ。

それを無視して「今のままでいい」と考えるのは、明らかな逃避だと私は思う。ただし、社会を良くすることと経済的な繁栄を同時に求めることは、そう簡単ではない。これはまさに渋沢栄一が言うところの「論語と算盤」であり、本来的には二律背反である。

その2つを切り分けるのではなく、「and」で結ぶには、非連続なことをせざるを得ない。つまりは、イノベーションだ。明治の経済人たちが絶えざるイノベーションを求めていたのはそのためだ。

 

「道を究める」ことが価値を生む時代に

さて、このパーパス経営という言葉だが、正直、パーパスという言葉はどうもしっくりこない。打算的な感じがしてしまうのだ。前述のように私はこの言葉を「志」として、パーパス経営のことを「志本経営」と言い換えている。

日本型イノベーションの根本には常に「志」があった。例えば、明治の元勲たちを多数輩出した松下村塾において、吉田松陰が塾生たちに問い続けたのはまさに「あなたの志は何か」ということであった。

その教育が、明治の政治家たちの精神的な支柱になったのである。志という字を分解すると、「士」「心」となる。士とは武士の士であると共に、弁護士や栄養士などの士でもある。

つまり、1つの道を究めようとする求道者であり、プロフェッショナルだ。「華道」「茶道」「柔道」など、あらゆるものを道として究めようとするのが日本人の特性であると考えると、士の心である「志」を中心に据える志本経営もまた、極めて日本的だ。

だからこそ、志を中心に据えた「志本経営」こそが、日本が再び世界に伍していくために重要であり、読者の皆さんが抱えている「行き詰まり」を打破するためにも必要なのだ。

 

【名和高司(なわ・たかし)】1980年、東京大学法学部卒業、三菱商事入社。90年ハーバード・ビジネススクールにてMBA取得(ベーカー・スカラー)。その後、約20年間、マッキンゼーのディレクターとしてコンサルティングに従事。2011〜16年、ボストンコンサルティンググループのシニアアドバイザー。14年より30社近くの次世代リーダーを交えたCSVフォーラムを主宰。10年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、18年より現職。多くの著名企業の社外取締役やシニアアドバイザーを兼務。

 

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