2022年07月05日 公開
私がインタビューをしてきた中にも、このやり方で成功した方がいます。とある中堅企業で働くAさんは、あるとき社内の課長で自分が一番古参になっていることに気づき、「俺の会社人生は課長止まりか」とひどく落ち込んでいたそうです。
そんなとき、ある女性部下のトラブル対応に際し、たまたま暇だったAさんは、その解決に役立ちそうな人を部下に紹介してあげました。
すると数日後、その女性社員から手厚いお礼の言葉が返ってきたのです。このときの「ありがとう」が素直に嬉しく、「自分にもまだまだできることがあるのかもしれない」と気づいた、とAさんは言います。
それ以降、Aさんはすべての部下に週3回は自分から話しかけようと決め、ノートにその回数を記録するようにしたそうです。このノートをわざと机上に広げておき、部下との会話のきっかけにしていたとのこと。Aさんも相当の策士ですね。
こうして「社内でのつながり方」を身につけたAさんは、退職後に再就職。なんとそこでも昇進を重ねることができたと言います。「まさかこの歳で万年課長を脱出できるなんて」という言葉が大変印象的でした。
人望は、次の世代に役立つ情報を与えられる人に集まるものです。自分を大きく見せようとするのは逆効果。
そもそもミドルには経験からくる「暗黙知」が十二分に備わっているのですから、打ち解けた会話をすればするほど、若手に細かいアドバイスを重ねられます。そのほうが、かえって若手からも尊敬されることでしょう。
年下と風通しの良い関係を築き、経験を伝えられることもまた、大切な「仕事力」に他なりません。
要するに、50歳以降は目の前、すなわち半径3m以内の人たちと「身一つ」で上手に打ち解けられることこそが、メンタルケアのためにも、より良い人生のためにも重要なのです。
情報社会の中ですが、肝心なときに心を癒してくれるのも、実になる学びをくれるのも、結局は半径3m内の人たちに他なりません。
例えば、急な坂道でおばあさんがしんどそうにしていたら、「お手伝いしますよ」と声をかけてみる。もし問題がなくとも「いやいや大丈夫。ありがとね」と言われるだけで、温かい気持ちになると思います。
大切なのは、周囲の人に興味を持ち、自分から話しかける勇気を持つことです。「よく見かける人」が「知り合い」に変わるだけで、孤独は大きく遠のきます。
自分からアクションを起こせない人たちは、「失敗したくない」と思っているのかもしれません。しかし、人は強さよりも弱さに惹かれるものです。
会社でもそれは同様で、部下には自分の武勇伝を聞かせるより、失敗経験を話すほうが、何百倍も効果的。若い部下にとって、50代は父親と同等か、それ以上の年齢です。
「そんな人でも昔はこんな失敗をしたのか」「自分と似ているな」と知ることができれば、親近感が湧き、もっとその人の話を聞きたいという気にもなってきます。
弱みを見せることは、決してカッコ悪くありません。一歩踏み出してしまえば、意外とうまくいくものです。勇気を出して、目の前にいる人に自分から話しかけてみてください。
【河合薫(健康社会学者/気象予報士)】
千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸㈱(ANA)に入社。その後、気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演する。2004年、東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、07年、博士課程修了。産業ストレスやキャリア発達などの視点から、幅広く研究を進めている。著書に『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)などがある。
(※『THE21』2022年8月号総力特集第1部「『脳と心』の若さを保つ秘訣&習慣」より)
更新:11月22日 00:05