秀吉は家康から贈られた名茶器「初花」を天下取りに利用した

茶道具を贈ることで上下関係を示す

家康から初花の茶入をもらったときに、秀吉は、家康から天下人の地位を譲られたと思ったかもしれません。

しかし、家康が秀吉に認めていたのは、織田家中のナンバーワンの地位でした。

家康が天下取りをあきらめていなかったことは、織田信雄と結んで秀吉と対抗することで明らかになります。小牧長久手の戦いでの秀吉軍の敗北で知られるように、軍事的に家康は秀吉に引けをとりませんでした。

しかし、領国の伊勢に攻め込まれた信雄の方が、秀吉と先に講和を結ぶことで、大義名分を失った家康も秀吉と講和せざるをえなくなります。

時間差はありますが、信雄、家康ともに上方に上がって秀吉に臣従することになります。

家康の上洛を実現するために、秀吉が妹朝日姫を家康の妻にさせたり、母親を三河に送ったりというエピソードを思い浮かべる方はおいでになっても、上洛した家康に茶壺が贈られたことには注目されていません。先立って、信雄にも茶壺が贈られています。

贈られたと書きましたけれども、茶道具を信長が家臣に与えたことを考えると、秀吉が下賜したと言うべきでしょう。

秀吉は、茶道具を下賜することで、以前は自分が頭を下げる側であったにしても、今はどちらが上位者かを相手に知らしめたわけです。

個人的な領域に立ち入ったり、身体に触れたりすることができるのは、上位者の特権とされています。例えば、握手をする場合でも、「握手をしていただけますか」と下手にでるのか、有無を言わさず手を握ってくるかで、両者の上下関係がうかがえます。

両者の上下関係が不明確な場合、あえて上位者側に許される行動をとって、自分を上位者と印象づける戦略を好んでとってくる人と出会って、嫌な思いをしたこともあるでしょう。

しかし、国や会社を代表して行動をしている場合は、あえてその嫌な奴にならなくてはいけない時もあることを、秀吉はわかっていたようです。

天皇の前に大名たちを並べることで武家の論理を覆した

秀吉と茶と言えば、黄金の茶室で禁中での茶会を行ったことが一番有名でしょう。この茶会は、信雄が上洛して、家康が上洛する前に行われています。

関白になった秀吉は、天正13年（1585）10月7日に1度目の禁中茶会を行っており、黄金の茶室を持ち込んでの茶会は2度目の翌年正月のことです。

秀吉には禁中で前例のない茶会を実現する力があることが家康に伝わったことが、家康の上洛と関係あるかどうかはさておき、一般の人には禁中での出来事は知る由もありません。

天正15年（1587）10月1日に、秀吉は、黄金の茶室を北野神社の境内に持ち出して、茶に関心を持つ誰もが参加できる茶会を開催します。それが「北野大茶湯」と呼ばれる茶会です。

その茶会で黄金の茶室の由来が説明されたであろうことを考えると、秀吉は自身が禁中茶会を行ったことをアピールしたかったようです。

10日間予定されていた北野大茶湯が1日で終わってしまったから、と言ったら言い過ぎですが、秀吉は、天皇と自身との関係を大々的にアピールするイベントを企画します。天正16年（1588）4月14日から18日にいたる5日間に、秀吉が関白の政庁兼邸宅として京都に造営した聚楽第に、後陽成天皇の行幸を仰いだのです。

聚楽第において、天皇を前にして臣下が並ぶのは、関白の秀吉を筆頭とした官位の順番です。

武家の論理からすれば、秀吉の旧主の実子（信雄）、旧主の同盟者（家康）は、尊重し、上座を譲らなければいけない存在かもしれません。しかし、官位という物差しで測れば、秀吉の下座に位置します。また、朝廷からいただいた位を尊重しなければ、天皇に対して不敬ということになります。

そして秀吉は、後から上洛してくる地方大名たちにも、家康らが秀吉に臣従している姿を見せつけることになります。

武家の論理では、旧主君の同盟者である家康に対して下位者でありつづけなければいけない秀吉が、朝廷の論理を当てはめることで立場を逆転させたことは、ビジネスの分野でスタンダードをどちらが握るかの争いが激しく行われることにもつながっているかと思います。

日本人は「誰にでも公正な基準を」と考えてしまいますが、世界を見れば、自国に有利な基準がいかに公正な基準であるかと言いくるめることこそが自分の仕事と心得た猛者が揃っているように思えます。国際交渉の場では、日本代表に秀吉を見習ってもらいたいと思うのは私だけでしょうか。