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秀吉は家康から贈られた名茶器「初花」を天下取りに利用した

2022年03月04日 公開
2023年02月21日 更新

田中仙堂(大日本茶道学会会長)

 

茶室が「アピールの場」から「心理的距離を縮める場」に

朝廷との関係によって、秀吉は、家康から贈られた茶道具を飾ったり、家康に茶道具を下賜したりすることなく、家康自身を下座に坐らせることで、自身の側にしたがっていることを示すことができる力を手に入れました。

茶道具に象徴させて、茶席を政治的に利用することを信長から引き継いで、天下を握った秀吉です。しかし、位人臣を極めた秀吉にとっては、茶道具に権力を象徴させる意味はなくなってしまったと、私は考えます。

さて、秀吉に限らず、位人臣を極めた人に対しては、誰もが頭を低くしてしたがいます。しかし、当人にとっては、自分にしたがった人が、どこまでしたがってくれているのかが気になるところです。面従背反は世の常です。「相手が心服してくれていてくれたら」とは、権力者だれしもが考えることではないでしょうか。

秀吉の斡旋によって官位を得た大名は、朝廷からの帰りに聚楽第の秀吉に寄って、御礼を申し上げます。その場所での秀吉と大名との距離は遠く隔たっています。「近くに寄れ」と言われても、「何があるのか」と緊張するような空間です。

しかし、広間での公式の対面に引き続いて通される狭い茶席では、秀吉と間近に接するように位置しても、部屋の構造上、自然に受け入れざるを得ません。

特に2畳という極限にまで狭くなった茶室では、相手がその気になれば、手を伸ばすだけで秀吉を殺すこともできます。あえてそのような場所に自らをおくことで、秀吉は、相手との心理的距離をも、文字通り縮めようとしたと考えられます。

茶席で人を服従させる必要がなくなったからこそ、秀吉にとっても、茶席が人の心と心を結ぶ場所であることがよく理解できるようになったのではないでしょうか。

映画『インビクタス』では、南アフリカのネルソン・マンデラ大統領が、ラクビーチームの主将フランソワ・ピナールに対して、秘書を制して自ら紅茶を注ぐシーンが、大統領が主将の信頼を勝ち得る場面に選ばれています。

普段は応接間で別れる会長が、エレベーターの前まで見送ってくれたら、「自分が評価された」と思うように、そんなことをしないはずの上位者が行ってくれた行動というのは特別の意味をもって受け止められるものです。

秀吉が茶を点ててあげるというのも、初めは相手を重視していることを知らしめるパフォーマンスだったのかもしれません。しかし、お茶を媒介にしたやりとりには、互いの信頼にまで届くものがあると思いたいのは、私が茶人だからでしょうか。

茶席での信長や秀吉の行動を見ると、言葉だけでなく行動で自分たちの功績を知らしめ、後継者にふさわしいことを納得させ、自分に有利なように基準をつくり変えてきたことがわかります。言葉にならない彼らの行動をなぞらえることは、現代でも、一頭地を抜くために役に立つと思います。

そして、天下を握った後に秀吉が欲しかったものは人間同士の信頼であったということを含めて見習えば、単なる出世のためのパフォーマンスとは言われないはずです。

 

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