2021年03月01日 公開
2023年02月21日 更新
2020年、2つの大ヒットコンテンツが生まれた。一つが、マスクを始めとした感染予防グッズや除菌グッズ。もう一つが『鬼滅の刃』だ。まったく様子が異なるこの2つの事例から導き出されるもの、それは「従来型のマス・マーケティングの終焉」だというのが、マーケティングのプロである小阪裕司氏だ。果たしてどういうことなのか、お話を伺った。
※本稿は、小阪裕司著『「顧客消滅」時代のマーケティング』(PHPビジネス新書)の内容を抜粋・編集したものです。
2020年、この年を象徴するような大ヒット商品が二つ生まれた。一つは「マスク」に代表される感染防止グッズ。もう一つは、日本映画界の興行記録を塗り替えた『鬼滅の刃』だ。この二つの事例から見えてくるものがある。それは「マスを狙い続けることの難しさ」である。
いわゆる「マーケティング」という言葉は、かつては「マス・マーケティング」と同義だった。多大な広告費を投入して露出を増やし、広く知らしめることでヒット作を生み出す。
大雑把なターゲットの区分は行うが、あとはとにかく露出量を増やしてフロー、つまり一見の顧客を取り込むことを目指す。つまりそこでは、世の中にはニーズの海があり、そこに向かってどのように自社の商品を売っていくのかを考えるのがマーケティングだということになる。
この手法が最も効果を発揮したのは、世の中に圧倒的にモノが不足していた戦後の経済復興期、そして高度成長期だ。当時は、新しいモノをどんどん買うことが、豊かになることと同義だった。
たとえば自家用車を持つことは大変なステイタスであり、隣の家が買ったら自分たちも買わなくては、と誰もが考えた。私自身、子供の頃に初めて親が自動車を買ったときの誇らしい気分をいまだに覚えている。
だから、CMや広告によって自動車の露出を増やせば増やすほど「欲しい」という欲求を喚起することができた。「チキンラーメン」など昭和のヒット商品の歴史を紐解いてみると、「CMが転機になった」といった記述がよく出てくるのは、まさにそのためだ。
しかし、今の日本において、必要なものはほぼ行き渡ってしまった。そして、「CM発の大ヒット」も、とんと聞かなくなってしまった。
それでもある程度の年齢以上の人はまだモノに対する執着があるかもしれないが、若い人になればなるほどそれがなくなる。必要なモノを持っていなければ借りればいいと考える。世の中は明らかに「ミニマリズム」に向かっている。
一方、世の中が多様化することで、人々が欲しいものもまた、多様化していった。今でもマーケティングの本を読むと、顧客の分類方法として「F1」(20~34歳の女性)「F2」(35~49歳の女性)などという用語が載っていたりするが、もはやそんな大雑把なターゲティングでは真のニーズを把握できない時代になっている。
確かに「ミレニアル世代は全体的にこういう傾向を持っている」といった世代ごとの行動様式や思考特性はあるが、結局、何を買うかは人それぞれ。ある服を見て「どうしても欲しい」と思う35歳の女性会社員もいれば、全然関心を持たない35歳の女性会社員もいる。
多様化するということは商品数が増えるということだから、当然、一つひとつの商品の売上は下がる。むしろ、隣の人が持っているものは持ちたくないというニーズすら生まれる。つまり、大ヒット商品が必然的に生まれにくい時代になっているのだ。
次のページ
「やっぱりマスだ」の原点回帰ほど危険なものはない >
更新:12月02日 00:05