2019年04月05日 公開
2023年05月16日 更新
『天使と悪魔』や『ダ・ヴィンチ・コード』が大ヒットした「ロバート・ラングドン」シリーズの最新作です(原書は2017年、邦訳は18年に出版)。象徴学を専門とするハーバード大学教授のロバート・ラングドンが派手な殺人事件に巻き込まれ、美女とともに追われる身となりながら、アクションを繰り広げつつ、美術や古典や宗教などについての知識を駆使して謎を解いていく、というフォーマットは、本作も変わりません。そして、最新科学が登場するのも、これまでと同様です。つまり、これまでと変わらず面白いので、安心して読んでいただきたいと思います。
本作では、ストーリーの他にも、ページを繰る手を速めさせる要素がありました。
今回の事件は、世界的に有名な未来学者が、宗教を根幹から否定するような大発見を発表している最中に、オンラインでもオフラインでも衆人環視の中、暗殺されるというもの。そこで彼が語ろうとしていたのは、「われわれはどこから来たのか」「われわれはどこへ行くのか」という二つの問いに対する答えでした。人類(生命)の起源と未来についての、科学的な答えです。それを口にする直前に、狙撃されてしまうのです。
発表に先立ってその内容を知らされた、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖職者の3人は大いに動揺し、狼狽するのですから、きっとすごい答えに違いない。もしかすると、作者であるダン・ブラウン氏は内容を明らかにすることなく物語を終えるのかもしれない、とも思いながら読み進めていくと、どうもきちんと説明するようだ。これだけハードルを上げておいて、いったい、どんな答えを用意しているのか……。
その答えに納得できるかどうかは、実際に読んで確かめていただければと思いますが、作中でも書かれているように、人は神が創ったものと考えるのか、自然法則によって発生したものと考えるのかによって、倫理というものに対する考え方が大きく変わってくるというのは、その通りだろうと思います。創造主たる神を信じている人にとっては、倫理は神に根差したもの。では、神を否定し、科学を信奉する人は、倫理の基盤をどこに置けばいいのか? 本作に登場する最新科学はものすごくハイスペックなAIなのですが、AIにとって倫理とは何か?
もちろん、これ自体は古くからある問題で、アイザック・アシモフの「ロボット3原則」もあれば、それを踏まえた世界で鉄腕アトムも何度も悩むわけですが、AIの進歩が著しい今、巧妙にアクション大作の中に組み込んで描かれると、また違って感じられてきます。
さて、日本にはもともと万物の創造主たる神という考え方はなかったわけで、では、何を倫理の基盤にしていたのか。『THE21』2014年8月号で宗教学者の島田裕巳氏に取材をしたときの記事を読み返してみると、「”神”ではなくても、日本人が無意識に従い、行動原理としているものはある。それは”世間”ではないでしょうか」とありました。そこで、また話が飛ぶのですが、たまたま最近読んだ『僕は、そして僕たちはどう生きるか』(梨木香歩著)という小説を思い出しました。
梨木氏は素晴らしいファンタジー小説を書かれる方で、高校生の頃に『裏庭』という作品を読んで以来、何冊か読んでいるのですが、『僕は、そして僕たちはどう生きるか』は他の作品と毛色が違っていて、メッセージがストレートで、教育的です。タイトルは、最近、マンガ化されてベストセラーになった『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎著)にちなんだもので、主人公のあだ名も、『君たちはどう生きるか』と同じ、コペル君です。
『僕は、そして僕たちはどう生きるか』のメッセージは、簡単に言えば、「世の中が『普通』と言うことを信じるな」ということで、それは、「倫理の基盤を世間に置くな」ということのような気がします。
作中では、大戦中に徴兵から逃れて一人で洞穴に隠れていた人物が、そのとき、ずっと考えていたことが、「僕は、そして僕たちは、どう生きるかについて」だったとされています。
『オリジン』は、こんな面倒なことを考えなくても楽しめる娯楽作品です。しかし、考えようと思えば、そのきっかけにもなる。それもまた、良いところではないでしょうか。
執筆:S.K
更新:11月22日 00:05