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「AI失業は怖くない論」の落とし穴

2018年06月25日 公開
2023年07月31日 更新

【連載】「AI失業」前夜(第6回)鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)

アメリカと欧州で進む「人間の脳」への挑戦

そこでIBMは人間の脳と類似した設計思想の新しいコンピュータチップの研究を始めている。「SyNAPSE」と呼ばれるプロジェクトである。2014年にその成果として、ニューロシナプティック・チップという新しいタイプのコンピュータチップを発表した。

それはプログラム可能なニューロンを100万個、シナプスを2億5600万個搭載した半導体チップで、人間の脳で言えば右脳が担当するパターン認識の代替に使われる。このパターン認識力は、これまでの人工知能が比較的苦手としてきた分野である。それがすでにチップ化され、米軍の戦闘機の目として実用化されている。

このチップを48個連結させるとちょうど、「ネズミの脳」が再現できるレベルだというから、研究はまだ道半ばといったところであるが、目標は当然のことながら人間の脳の再現である。

EUはもっと大規模な研究を始めている。実際に人間と同じ数のニューロンを備えたシミュレーション装置の開発を手がけようとしているのだ。こちらもネズミ、猫と段階を踏んで人間に到達しようとしている。ターゲットとしては、2023年には人間の脳をシミュレートできる研究環境を整える予定である。

つまり、一つめに念頭に置いておくべきことは、今の人工知能研究は近い将来、壁にぶちあたって停滞する可能性がある一方で、今から5年後の未来には、それを突破するためのまったく新しいニューロコンピュータが出現するのである。

そして当然のことながら、「現在のプログラミング技術の延長では解決できない」問題は、新しい前提の下では解決可能な問題になる可能性がある。それだけの変化がこれから先、5年間で起きるのだ。

 

ロボティック・プロセス・オートメーションが脅威に?

そして、もう一つの落とし穴は、たとえそのような進化へのチャレンジの結果、やはり人工知能が人間を超えられないことがわかったとしても、人間の仕事の何割かが人工知能に取って代わられてなくなってしまうことには変わりがないのである。

人間と同等の理解力を持ついわゆる「汎用型の人工知能」が出現すれば、ホワイトカラーの仕事の100%を人工知能に置き換えることができる。それはニューロコンピュータの出現を待たなければ、実際には起き得ない未来だろう。

しかし人間と同等の理解力がなくても、人工知能はさまざまな部分で人間の仕事を代替できる。今、話題になっているロボティック・プロセス・オートメーションという技術がある。これは現在のレベルの人工知能が人間のホワイトカラーの事務作業を観察して、それを学習し人工知能が行なう作業へと変えていく技術である。

たとえば、ほとんどのホワイトカラー社員が行なっているであろう月末の経費処理。スケジューラーから稼働時間を申請し、交通費などの立て替え経費を請求する。部署や仕事によっては外部の協力会社からの請求書を受け取って経理に回すというような作業も発生するだろう。

このような事務作業はロボティック・プロセス・オートメーションが本格的に実用化されるようになれば、社員が行なう必要はなくなる。月末になればスケジューラーやスマホのGPSデータ、電子マネーの利用記録などをもとに人工知能が一瞬で完璧に月末処理をこなしてくれる。サラリーマンにとってはまた一つ、面倒な作業が消えることになる。

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仕事の「ごく一部」が消えるだけでも大混乱に >

著者紹介

鈴木貴博(すずき・たかひろ)

経営戦略コンサルタント

東京大学工学部卒。ボストンコンサルティンググループ等を経て2003年に独立。過去20年にわたり大手人材企業のコンサルティングプロジェクトに従事。人工知能がもたらす「仕事消滅」の問題と関わるようになる。著書に『仕事消滅』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)他があり、後者は累計20万部超のベストセラー。経済評論家としてメディアなど多方面で活動している。

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