2017年09月07日 公開
2022年12月15日 更新
ドキュメントスキャナーや携帯端末の開発・生産に始まり、IT事業、そして宇宙事業と、世界をマーケットに〝攻める経営〟で突き進むキヤノン電子。1999年の社長就任以降、世に先駆けて働き方改革を実行し、生産性アップと新規事業開発を進めてきた酒巻久社長に、企業を前進させる仕事のムダとり、時短の実現についてうかがった。(取材・構成=麻生泰子、写真撮影=長谷川博一)
政府が「働き方改革」を提唱するずっと以前から、社員の生産性を上げるさまざまな改革に取り組んできたことで知られるキヤノン電子。社長の酒巻氏は働き方改革の必要性を、日本が経済大国としてナンバーワンに君臨した1980年代後半から痛感していたという。
「キヤノン本社にいた1989年から、時短戦略の重要性を訴え続けてきました。当時、製造業を中心とする二次産業で日本はアメリカに勝ちましたが、アメリカはそれを機に二次産業を主とする産業構造から脱却、三次産業に移行すべく大転換をしました。〝強いアメリカ〟の復活を目指し、人材の意識改革、個の尊重、将来のための投資など抜本的な改革を行ない、それが現在のアメリカ経済の好調につながっています。
日本でも、長期的な視野に立ち、技術至上主義から第三次産業への移行を進める必要がある。そのためには『人』を中心とした構造改革を進めるべきだと考え、そのための提案書も作ったのです。まぁ、当時の上層部からは一蹴されましたけどね」
その意味で、やっと時代が追いついてきたとも言えるが、酒巻氏が注意を促すのは「なんのための時短か」という「目的」だ。
「政府と経済界が主導する『プレミアムフライデー』では、時短はあたかも仕事を早く終えて飲みに行くためにあるように思えますが、それは大きな間違いです。
仕事の効率化によりできた時間で講演会に行ったり本を読んだりして新たな知識を得たり、自分の将来を考えたりという『成長戦略』にこそ使うべきなのです。ただ飲んで憂さ晴らしをするだけならなんの発展性もありませんし、第一健康にも悪いでしょう」
一方で企業側も、時短は会社を強くするためのものだと認識する必要があるという。
「会社が戦略としての時短を打ち出すことで、社員の意識改革が進み、新たな業務効率化の知恵が生まれてくる。その結果として効率化が進み、社員が各自スキルアップする時間が生まれることで、事業の質が高まっていく。そして、会社がさらに進化していくのです。
時短戦略は社員のみならず、会社を質的に向上させ、強くする最善の方法なのです」
時短を実現するために酒巻氏が実践した手法は極めてユニークだ。たとえば「会議は立って行なう」「朝イチでメールは見ない」など。その意図はどこにあるのだろうか。
「社員が働きやすく、物事がスピーディに進む職場環境を目指した結果、自然と出てきた施策です。たとえば会議は会議室で座って進めるものだという意識では、会議の進行は遅くなり、そもそも会議室を用意する手間もかかります。そこで、『立ち会議』を提唱し、オフィスの一角に高い机を用意し、立って会議するスタイルを採用したところ、意思決定のスピードが格段に上がりました。
また、『朝イチでのメールの禁止』は、朝の最も頭が冴えている時間にメール処理に時間を取られるのは明らかに無駄だから。そもそもメールはムダの多いコミュニケーション手法であり、キヤノン電子では原則、同じ部署内でのメールは禁止にしています。
ちなみに工場では、通路に5メートルを3.6秒で歩かないとアラームが鳴るシステムを導入しました。これは、データに基づき導き出された最も効率的かつ疲れにくいペースで、これを身体になじませるために採用しました」
酒巻氏の持論は「人間は持てる能力のせいぜい80%しか使っていない」ということだ。
「だから工夫によってはいくらでも効率化の余地はあるはずですが、いきなり『効率を20%上げろ』というのは無理があります。私はそんなとき『労働時間を従来の3%減らす代わりに、5%だけ効率を上げろ』と言います。これなら努力次第でなんとかなりそうですよね」
更新:11月22日 00:05