2017年10月01日 公開
2023年07月12日 更新
日本を代表するリゾート運営会社・星野リゾートでは、「遊び」や「楽しみ」の中に仕事のヒントを見つけたり、逆に仕事をきっかけとした趣味を楽しんだりしている社員が多いという。そのような「遊びと仕事」の融合の事例を『THE21』の誌面で紹介してきた連載「星野リゾートの現場力」を、オンライン限定連載として継続。第2回は、オーベルジュである「ロテルド比叡」より、地元の伝統食をフレンチにアレンジするシェフの仕事をリポート。《取材・構成=前田はるみ》
琵琶湖を望む比叡山に立つ「ロテルド比叡」は、星野リゾートでは珍しい宿泊施設付きレストラン、つまりオーベルジュを標榜する施設である。ここの看板料理は、滋賀に古くから伝わる発酵食「鮒鮓(ふなずし)」を使ったフランス料理。フランス語で「看板料理」を意味する「スペシャリテ」として、ゲスト全員に提供している。
「滋賀で有名な郷土料理といえば、鮒鮓です。ただ、香りや味が個性的なので、人によっては好き嫌いがあります。鮒鮓の個性を残しつつ、初めての方にも食べやすいようアレンジして提供しています」と話すのは、滋賀県出身の料理長、岡亮佑さん。同じ発酵食であるフレッシュチーズや貴腐ワインと組み合わせることで、見た目にもおしゃれで、かつフルーティでさわやかな味わいに仕上げた。
ただ、個性の強い食材ゆえに、「召し上がった方全員が『美味しかった』というわけにはいかない」。それでも大半の人は、「想像と違って美味しかった」と感想を口にするという。
その土地を訪れたゲストには、その土地ならではの体験をしてもらいたい――。こうした思いが、星野リゾートの「おもてなし」の考え方の根幹にはある。鮒鮓を使った料理は、まさに滋賀ならではの体験と言える。
そうはいっても、個性の強い鮒鮓をあえて食べたいと思うゲストは少ないかもしれない。だからこそ、鮒鮓を鮒鮓のまま出すのではなく、フレンチのアレンジを加えて提供する。そうすることで、ゲストは予想と期待をはるかに超える驚きと感動に出会うことになる。これが星野リゾートの「おもてなし」であり、他にはない「星野リゾートらしさ」を生み出している。
鮒鮨を使ったフランス料理
料理長の岡さんにとって、ロテルド比叡での仕事はとても充実したものだという。
岡さんは、大阪の調理師専門学校を卒業後、関西や東京のフレンチレストランで約11年間働いた。当時、いつも頭にあったのは、「あのシェフの料理が食べたい」と言われるような料理人になりたいということ。そのために、自分には何ができるだろうか。模索しながら日々を過ごすうち、生まれ育った土地で自分なりの料理をつくりたいと考えるようになった。
生まれ故郷の滋賀県に戻った岡さんは、地元ホテルのレストランで働き始めた。ところが、そのホテルは、滋賀ならではの料理で勝負するよりも、都会型サービスを取り入れることで、都会のホテルに近づこうとしていた。
「なんか違うな」――そう思っていた矢先、ロテルド比叡の運営が星野リゾートに委託されるという話を耳にした。地方の特色を生かした同社の運営手法には注目していたこともあり、2016年3月、星野リゾートへの入社を決めた。翌年3月からは、ロテルド比叡の料理長に就任。滋賀の食文化を取り入れたメニュー開発を任されている。
料理長としての仕事は、厨房の中だけにとどまらない。食材業者との会話で、「地元でこんなものを作っている人がいるよ」と聞けば、休日を使って実際に会いにいく。これまでに農家や琵琶湖の漁師、近江牛を取り扱う業者、器をつくる作家のもとを訪れた。
「ある近江牛取り扱い業者の方は、『生産者の顔や人柄を知ったうえでなければ取り扱わない』とおっしゃっていました。食品は直接口に入るものですから、それがどのように育てられ、取り扱われてきたのかを把握することは、食の安心安全を確保するうえで重要です。私たちがお客さまに自信を持って料理をお出しするためにも、生産者や業者の方々がどのような思いで仕事をされているのか、その思いに共感できる方々との出会いを大事にしたいですね」
出会いを通じて魅力ある食材に出会い、メニューやサービスに反映されることもある。「自分が知り得た地元の魅力を、ロテルド比叡の料理を通じて発信できることは楽しいですし、やりがいを感じます」と岡さんは話す。
更新:11月21日 00:05