人の名前と顔がなかなか記憶できないという悩みを抱える人は少なくありません。これは名前を“記号”としてとらえているため。単なる数字や記号は「感情」が動かないので、記憶として残りにくいのです。
名前の記憶に関するこんな実験があります。ある人を紹介するとき、「名前はBaker(ベイカー)です」と言った場合と、「職業はBaker(パン屋)です」と言った場合とでは、後日確認した際、後者のほうが記憶に残っていた人が多かったのです。これは「パン屋」という職業を伝えたことで、受け手が脳裏にその人が働いている姿や店のイメージを膨らませ、感情を動かしたためと考えられます。
ですから、相手の名前を覚えようとしたら、その名前のイメージを膨らませればいいのです。たとえば山本という名前ならば「この人は本が大好きで、『山』のような『本』に埋もれて生活しているんだ」などとその姿をイメージするのです。もちろん、勝手な妄想でかまいません。そのイメージで感情が動かされることに大きな意味があります。先ほど、私は1,000桁以上の数字を覚えられると言いましたが、実は数字そのものは覚えていません。ざっくり言うと、1~99までの数字ごとに人物や行動などを決めていて、数字を覚えるときは該当の人物や行動を書かれた数字順に思い浮かべ、ストーリーを組み立てているのです。
この感情を利用した暗記術は、受験で覚える語呂合わせと基本原理は同じ。「遣唐使廃止は894年」と数字で覚えようとしてもなかなか覚えられませんが、「894(はくし)に戻そう遣唐使」とイメージを喚起させれば、一発で覚えられます。
ただ、それでも人間は忘れる生き物なので時間が経つと徐々に記憶は薄れていきます。定着させたい記憶は「回数」を重ねること。その極意は“薄く、多く”です。つまり、英単語100個を4時間で覚えるとしたら、1日で4時間かけて覚えるよりも、1日1時間ずつ4日間で覚えるほうが長期的な記憶として定着しやすいのです。
そして最後に、記憶力を高めるのに欠かせない「意志」の力です。私たちは毎日、膨大な情報に接していますが、覚える意志を持たないかぎり、ほとんどを忘れます。私も車のキーやテレビのリモコンの置き場所を忘れることはよくあります。こんなときはたいてい、考え事をしていたり、何かに気をとられたりしています。
記憶力の大会でも、周囲の雑音に気を取られているときは課題がまったく頭に入ってこなくなります。覚えようとする意志は、集中力とも言い換えることができるのです。
暗記の集中力を高めたいとき、私が行なうのは「腹式呼吸」。お腹を膨らませながら深く吸って、ゆっくりと息を吐き出すことを繰り返すうちに、心の緊張や滞りが解けて、目の前のことに意識が集中できるようになります。
それでも、集中できないとしたら、脳のワーキングメモリー(一時的に情報を脳内にとどめ、同時に別のタスクの処理も行なう機能)が雑念や不安などの感情で占拠されて、十分に活用できていない状態かもしれません。その場合、心にある雑念や感情を紙に書き出してみるのもお勧めです。書いて可視化することで気持ちが解放され、ワーキングメモリーに他のことを記憶する余裕ができるのです。
更新:11月24日 00:05