2017年05月10日 公開
2023年07月12日 更新
孝之氏は修業開始からあるビジョンを持って仕事をしていたという。
「父は、一般のお客様をメインに作品を作っていたのですが、私は、昔ながらの簪を復刻するような古典的な作品を作りたかったので、歌舞伎や日本舞踊といった舞台の小道具をメインに製作しようと考えていました。なので、日本髪を結う床山さんを中心に営業に回り、お得意さんを作っていきました」
とはいえ、修業開始直後の製作は、基礎的な作業もままならなかったという。
「小さな頃から父たちの仕事を見ていましたが、なかなかうまくいきませんでした。
たとえば、下絵に沿って糸ノコで板を切っていく切り回しと呼ばれる基礎的な作業も覚束ない。私は簪の飾りのモチーフに動植物を用いるのですが、葉の形はいつも歪でした」
それでも、お得意さんは仕事を与え続けてくれたのだという。
「もちろん、何度も怒られましたけどね。ただ、錺簪職人がいないから、『もうこいつを育てるしかない』という感じで仕事をいただいていました(笑)。ちょうど、舞台関係の簪職人の出入りが途絶えていた時期だったのです」
今になって、孝之氏は当時の作品を再び手に取る機会があるのだという。
「うちでは、簪の修理も承っているのですが、二十年前の自分の作品が戻ってくることがあります。今見るととても恥ずかしいですよ。こんな作品でも買っていただいていたのかと思います。でも、同時にお得意さんに育ててもらった感謝の気持ちでいっぱいです」
古来より、生命力豊かな自然の草花には、悪いものから身を守る力があると信じられてきた。そのため、飾り簪は、動植物をモチーフとすることが多い。写真奥はアメンボ、手前は桜の花。
更新:11月23日 00:05