2017年04月25日 公開
――高速バス事業に参入されたのは、どういう理由からだったのでしょうか?
村瀬 人と人が出会う場を作るという我々の役割を、インターネットが担うようになったからです。それで業績がすぐに悪くなることはありませんでしたし、すぐに市場がなくなることもなかったのですが、世の中に対する我々の存在価値は低くなってしまいました。世の中に価値を提供できなくなったということは、数年間はよくても、10年先を考えれば存続できないかもしれません。
では、これから先の10年、我々はどんな価値を世の中に提供していけばいいのか。それを考えて、「世界中の人の移動にバリューイノベーションを起こす」という新たなビジョンを掲げることにしました。
インターネットがあれば、情報は簡単に手に入れることができます。しかし、情報を得て、どこかに行きたいと思っても、交通が不便ではなかなか行けません。そこで我々が、世界中の人たちが世界の隅々にまで簡単、便利に行けるようにしよう、ということです。
とはいえ世界は広いですから、まずは日本から。飛行機を飛ばしたり鉄道を敷いたりも我々にはできませんので、バスを使った新しい移動のサービスを始めることにしたわけです。
――「新しいサービス」というと?
村瀬 当時、会社説明会で就活生に「我々は高速バスを始めます。高速バスに乗ったことがある人は?」と聞くと、200人中2~4人くらいしか手を挙げませんでした。若い人たちの大多数は、高速バスは自分たちが使う乗り物ではないと思っていたんです。東京-大阪間の移動のためには、まず新幹線を思いつき、次に飛行機を思いつく。高速バスは選択肢として想起されない存在でした。50代の男性が使うような乗り物だったんですね。
しかし、今は200人のうち、ほぼ全員が手を挙げます。若い人たちも、目的によって、高速バスを選ぶように変わったわけです。若い女性が、東京にできた新しいお店に行くためや、東京で行なわれるイベントに参加するために、地方から高速バスを使って移動するのも普通になっています。
この変化は、我々が従来とは違う高速バスのサービスを提供したことによって生じたものです。
――具体的には、どこが違ったのでしょうか?
村瀬 50代の男性が行く服屋さんと20代の女性が行く服屋さんとは違いますよね。それが当たり前なのに、従来の高速バスには50代の男性向け以外に選択肢がなかった。だから、若い人たちが「自分たちの乗り物だ」と思える高速バスを提供することにしました。
重要なのはイメージです。「喫茶店」と「カフェ」は同じものなのにイメージが大きく違うように、バスという基本的なハードは変わらなくても、シートをピンクにしたり、清潔感を出したりと、ビジュアルを工夫することでイメージを大きく変えられます。長時間座っていても疲れにくいシートを導入するなど、機能面でも快適にする工夫をしました。
夜行バスは暗いので、隣に男性が座るのがイヤだという女性もいます。ですから我々は、女性の隣には必ず女性が座ることを確約しました。寝顔を見られるのがイヤだという方もいますので、顔を隠すカノピー(フード)をつけたシートを開発しました。このように、若い女性が高速バスに乗らない理由を1つずつ解決してきました。
――今は若い女性の利用が多いのですか?
村瀬 女性利用者が約60%です。年齢の割合は、40歳未満が約80%ですね。
――顧客に合わせたサービスを開発したということですね。
村瀬 それまではなかったマーケティングの考え方を、我々が交通業界に持ち込んだわけです。顧客をセグメント化し、それぞれのターゲットに合わせて、デザイン、機能、運賃などを決めています。20代の女性のためのシート、性別に関係なくビジネスマンのためのシートなど、シートだけでも17種類あります。
――先ほどの「インサイトを拾って商品を進化させていく」ことを、高速バスでも実践している。
村瀬 そうです。運行エリアを拡大させるとともに、顧客の要望に応えてサービスを進化させてきました。さまざまなセグメントの顧客に向けて、商品のバラエティも増やしてきました。
――他の高速バス会社との協力はしているのですか?
村瀬 参入障壁を作らないために、当社が開発した予約システムを他社に提供したり、高速ツアーバス連絡協議会に参加して安全基準を業界全体で作ったりと、市場拡大のための協力をしてきました。ただ、商品開発については、当社が独自の方法で行なっています。
――業界のトピックとしては、2013年に「高速ツアーバス」と「高速乗合バス(高速路線バス)」が「新高速乗合バス」に一本化されるという制度変更がありました。この影響はありましたか?
村瀬 適用される法律が旅行業法から道路運送法に変わることで、申請をしたり改善をしたりしなければならないことが多くありましたが、市場の拡大のために必要なことだったと思います。高速ツアーバス連絡協議会も、満場一致で一本化に賛成しました。
高速ツアーバスは、旅行業者が参入して運営してきました。旅行業者はマーケティングの発想を持っていますので、顧客がほしいサービスを開発し、業界を活性化させてきました。一方、高速路線バスは、安心して利用できる安全な公共交通機関として長い歴史を持っています。この両者が一本化されることは、顧客にとって望ましいこと。業界全体が顧客の望む姿になるということは、将来的に市場が成長できる環境が整うということです。
市場が成長してこそ、企業は健全な発展ができます。より良いサービスにより高い付加価値をつけて提供することができますから。成長しない市場を守ろうとすると、競合が起こって、運賃の下げあいになっていくだけです。
――現在は日本中に高速バスの路線網が整っているようにも思いますが、まだ市場は拡大すると見ていますか?
村瀬 面的な拡大については、他社との競合が生じるところにまで来ていると思います。ただ、まだ高速バスに乗っていない人はたくさんいます。その人たちが「乗らない理由」を解決して、「乗る理由」に変えていけば、まだまだ市場の創造はできます。
更新:11月22日 00:05