2017年05月02日 公開
2023年04月06日 更新
これでわかるのは、相手が求めることや知りたがっていることに応えてからでなければ、どんなに魅力的な長所を伝えても、商品は売れないということだ。
「商品の説明をする際、最新の技術や画期的な機能といった『すごい情報』ばかりを伝えがちです。でも私は、『当たり前の情報』をなるべく早い段階で伝えることを心がけています。
以前、高機能オーブンレンジを実演販売したとき、『二段調理ができる』『スチーム調理ができる』などと素晴らしい最新機能をこれでもかと話したのに、まったく売れなかったことがあります。原因は、『当たり前の情報』が抜けていたことでした。
その商品がいかに高機能でも、お客様が『レンジ』と聞いて思い浮かべるのは温め機能です。そこで『冷凍と常温の食品を同時に入れても、自動センサーで温度差を感知し、一分半後にはどちらもムラなく温まります』という説明から始めたところ、一日に二台か三台しか売れなかったオーブンレンジが百台以上売れるようになりました。
売る側は『こんな当たり前のこと、わざわざ言わなくていいだろう』と思っても、お客様は当たり前のことがわからないから不安になる。先に当たり前の疑問を解消してあげれば、そこに信頼が生まれます」
実演販売士というと、熱のこもったトークでぐいぐい押していくメージを持つかもしれない。だが松下氏は、むしろ一歩引いて話すことが多いという。
「セールスをされる側は、断りたいのが本音。『買わされてたまるか』と思うのが普通です。
だから私は実演販売でも、『買わなくていいので、ちょっと見ていってください』といったフレーズを繰り返し使い、断りやすい空気を作ります。するとお客様も心理的なプレッシャーがなくなり、居心地の良さが生まれる。誰か一人が楽しそうに私の話を聞いていれば、次々に人が集まり、勝手に『買いたい』という空気が高まっていく。あとは普通に話しているだけで、10個、20個と売れていきます。
商品の短所も、早い段階で伝えますね。『私は正直者なので、先に弱点を言っちゃいますが』と話した後、すぐに弱点を打ち消すだけの強みを並べます。良いことばかり言われると、『何か隠しているのでは』と疑心暗鬼になる。あえてデメリットを見せたほうが、相手はこちらを信用してくれます」
今でこそ伝説級の売上げを誇る松下氏だが、もともとは口下手で人前で話すのも苦手だった。
「ある時点から、『カッコよく話そう』『うまいことを言ってやろう』という感情を捨てて、『話すのが下手でも、商品が売れればいいじゃないか』と考えるようになってからは、緊張しなくなりました。自分の仕事の目的はあくまで商品を売ること。それさえ達成できれば、多少とちったり噛んだりしても、誰に迷惑をかけるわけじゃない。これくらい割り切ったほうが、話すのが楽しくなりますよ」
《『THE21』2017年4月号より》
更新:11月24日 00:05