2016年10月15日 公開
2023年05月16日 更新
『GreenFan』のヒットで感じたのは、「枯れ果てた市場にドンと良いモノを出せばすごく目立つし、勝てる」ということです。
昨年、発売して大ヒットした『BALMUDA The Toaster』もそうですが、メーカーも顧客も「扇風機ってこんなもの」「トースターってこんなもの」と思い込んで進歩が止まっていた、言わば「寝ている」状態のときに、すごく良いモノを作って乗り込めば、「寝込みを襲った」のと同じですから、確実に勝てるのです。
『GreenFan』はそうした市場の面白さを私に教えてくれましたし、倒産寸前だった当社を年商20億円超の会社にしてくれました。しかし、一つだけ、季節商品であるという欠点がありました。売れる時期が夏に限られるうえ、気温が平年より高かったり低かったりすることで、販売数が20%ほども上振れしたり下振れしたりします。生産は外部に委託しているので在庫の管理が難しく、資金的に危ない目に遭うことも少なくありませんでした。在庫の山を前にして、「良いモノを作ろうと頑張ったけど、こんなに在庫が残って大変な目に遭うなんてバカらしいな」と思うこともありました。
そんなときに考え始めたのが、人は「モノ」ではなく「体験」に対してお金を払っているのではないか、という仮説です。
きっかけは、浅草にある『レストラン大宮』のシェフの本を買ったことです。書店で手に取ってページを開くと、ハンバーグのレシピが書いてある。買って帰って、週末に家でそのとおりに作るとすごく美味しくて、子供が大喜びしました。
そこで、「自分は、なぜこの本を買ったのだろうか?」と振り返ったのです。
美味しいハンバーグを食べたければ『レストラン大宮』に行けばいい。浅草はそれほど遠くありません。それなのに、なぜその本を買ったのか。それは、本を見た瞬間に、「これを家で作れば子供たちが大喜びして、『父ちゃん、すげえ!』となるだろうな」と空想したからです。ハンバーグという「モノ」が食べたかったわけではなくて、子供が喜ぶという「空想の体験」に対してお金を払った。これは、どんなことについても同じではないかと考えたのです。
モノが不足していた高度成長期なら、モノを作れば売れました。でも今は、皆がすでに十分にモノを持っている時代。モノを持っている人にモノは売れません。それなのに、昔と同じ考え方で、「工場の稼働率を上げるために、とにかく作らなければ」とモノを次々と作り、「作ったからには売らなければならない」となると、結局は思うように売れず、値崩れを起こして、経営が悪化するだけです。
皆が買っているのは「体験」なのではないか。この仮説を突き詰めていく中から『BALMUDA The Toaster』が生まれました。
トースターも長い歴史を持ち、もはや進化は考えられない「枯れた商品」だと思われていました。しかし、トーストが素晴らしく美味しくなるという感動的な「体験」を提供できれば、多くの人に必要とされるはずです。
かつてスペインを放浪していたとき、ものすごくお腹が空いてたどり着いた街のパン屋さんで買った、たった1個のパンの美味しさを、私は今も忘れられません。そのときの「体験」を届けたい。そう考えて開発した製品です。
「皆、モノなんかいらないけれど、素晴らしい体験は求めている。だったら、体験を売ればいいじゃないか」。これが、今の私たちの仮説です。その仮説に則って、新しい商品を出そうと開発を進めています。
当社の目標は「クリエイティブで夢見た未来を、テクノロジーの力で実現して、世界の役に立つ」こと。これからも、家電に限らず、さまざまな素晴らしい「体験」につながる商品を開発していきたいと考えています。
【第2回】へ続く
《取材・構成:桑原晃弥 写真撮影:まるやゆういち》
《『THE21』2016年10月号より》
更新:11月23日 00:05