2016年08月26日 公開
この熟断思考を使って、次の課題を考えてみましょう。
営業の仕事をしているあなたは、ターゲットとするA社に何度も足を運び、関係構築に努めてきました。しかし相手の担当者が煮え切らず、なかなか契約が取れません。ここで手を引いて、他社の営業に労力を使うべきかどうか迷っています。
そこでまずは、「いつ頃、どうなったら嬉しいか?」を書き出します。この「嬉しい姿」は複数あって構いません。最初に浮かぶのは、「年度末に、個人の売上げ目標を達成できたら嬉しい」でしょう。しかし、このフレーミング作業を丁寧に行なっていくと、「1年後に、同期で一番と言われるくらいの営業スキルが身についたら嬉しい」「3年後に、今の倍の売上げを達成できたら嬉しい」といった具合に、当初のフレーミング(=課題のとらえ方)がどんどん進化していきます。
次に、それぞれの「嬉しいこと」を実現するために、自分にできること(=選択肢)を書き出します。さらにその選択肢を選んだ場合、「年度末までに売上げがどうなるか」「来年度以降の売上げがどうなるか」「どれくらい自分のスキルを磨けるか」という不確実要因を考えます。
そして最後に、「年度末までの売上目標達成」「来年度以降の営業成績の発展性」「自分のスキルアップ」という三つの価値判断尺度に照らし合わせ、どの選択肢がどのくらい嬉しいかを測定、つまり自分の心に聞いてみます。
その結果、次の三つの選択肢に対し、「相対的な嬉しさ」は以下の通りになったとします。
・選択肢1
A社の担当者に徹底して食い下がり、ありとあらゆる営業手法を試してみる。契約が取れなくてもスキルは磨けるし、得た経験や知識は来年度以降の営業成績にもプラスに働く。それに関係を継続する限り、年度末までの成約の可能性もゼロではない。また、A社とはこれまで長年取引をしてきており、来年以降担当が変わったりすればまた大きな売上げにつながる可能性もある。
→少し長期的に考えれば、失うものがほとんどなく、不確実性シナリオも考慮したうえで、相対的な嬉しさは「大」
・選択肢2
A社との関係は維持するが、かける時間は四分の一に減らす。そのぶんの時間は、契約まであと一歩のところまで来ていて、うまくいけばA社と同程度の今期の売上げが見込めるB社の営業に充てる。これにより、年度末の売上げ目標を達成できる可能性は高まるが、B社は調達先をコロコロ変えるという評判があり、来年度以降の売上げにどれだけ貢献するかは不透明。またB社の担当者はこちらの提案を簡単に受け入れそうなので、スキルアップには貢献しない。
→意外と得るものが少なく、相対的な嬉しさは「小」。
・選択肢3
A社との関係を完全に断つ。優柔不断な相手を無理に説き伏せたとしても、それほど大きな契約は取れないだろうし、A社の担当者が代わらない限り、これ以上のビジネスに発展する可能性も低い。だったらA社を切り、長期的なより大きな持続的契約も見込める営業先C社を新規開拓すれば、年度末の売上目標は達成できなくても、一年後のスキルアップや三年後の売上倍増にはつながる可能性が高い。
→短期的な目標は実現しないが、長期的な目標の実現可能性が高まり、相対的な嬉しさは「中」。
ここまで来たら、あとは自分の心に従って決めてください。今回の場合は「選択肢1」を選ぶことになりましたが、必ずしもそれが常に正しいわけではありません。意思決定の検討過程で、「自分は思っていた以上に長期的な目標を重視しているのかも」と気づいたら、「選択肢3」を選ぶということもあるでしょう。熟断思考でしっかり検討した上での決断であれば、どちらも正解で質の高い意思決定なのです。
熟断思考を使うと、このような意思決定が可能になり、意外な決断に辿り着くことも多いのです。質の高い意思決定は納得感が強いため、実行に向けての意欲、やる気が自ずと高まり、したがって成功の確率がより高まるという効果も期待できます。
《『THE21』2016年8月号より》
更新:11月22日 00:05