2016年03月11日 公開
2022年06月07日 更新
出井氏は、とくに、あえて他の人がやりたがらない場所にリポジションするのがいいと言う。
「皆がやりたがることは、希望してもなかなかできません。一方、敬遠されることは挑戦させてもらいやすく、大きなチャンスをつかめます」
その好例が、出井氏が42歳のときにオーディオ事業部長に就任したことだ。1979年当時、日本全体がオーディオ不況に陥っていて、ソニーもその例に漏れず苦しい状況にあった。そんな事業部の長にあえて立候補したのだ。
「商品を生み出すことに関わる事業部長になりたいと考えていたのですが、ソニーの事業部長はエンジニアの親方。理系出身者が就くのが通例で、私のような文系出身者が就いた例はありませんでした。その前例を覆すにはどうしたらいいかと考え、不振部門に着目したのです。他の部門ではとても取り合ってもらえなかったと思いますが、オーディオ事業部長はなり手がいなかったようで、すんなりOKが出ました」
技術のことがわからない事業部長など前代未聞だったが、このチャンスを活かして、出井氏は事業再生のノウハウやさまざまな技術の知識を身につけ、大きく成長できたという。
「さらに幸運だったのは、CDという新技術が登場したこと。これによってオーディオ事業部の売上げが回復し、私もデジタル技術についての知見を身につけることができました。主力事業がいつまでも主力であり続けられないように、お荷物とされていた事業が次の主力になることもある。今のように変化のスピードが速い時代はなおさらです。そう考えると、不振部門に行くことは決してマイナスではないのです」
その後に配属されたレーザーディスク事業部やホームビデオ事業部も決して花形とは言えなかったが、良い経験になったという。
「正直、レーザーディスク事業はあまり興味がなく、気が乗らなかったのですが、ハリウッドの人脈を作ることができ、のちに手がけた映画事業に活きました。不本意だった仕事もやっていれば面白くなるし、思わぬ収穫もある。楽しんでいれば、必ず得るものがあります」
40代でリポジションをして、自分がまったく経験のない仕事に就いたとき、出井氏が強く意識していたことがある。それは、「知ったかぶりをしない」ことだ。オーディオ事業部長に就任すると、若手のエンジニアに対しても、「よく知らないので教えてほしい」と素直に頭を下げた。
「40代にもなってその部署の仕事を何も知らないというのではバカにされるし、示しがつきません。そう思うと、知ったかぶりをしたくなります。しかし、これほど危険なことはない。とくにエンジニアのように専門的な知識を持った人の前で知ったかぶりをすれば、すぐに見破られて、相手にしてもらえなくなります。それよりも、『知らない』と勇気を持って言えるほうが信用されるし、助けてもらえます」
ただし、まったく勉強しなくていいというわけではない。自分でも勉強しておくことは必要だ。
「ゴルフをやらない人がゴルフのスイングの話を聞いても理解できないと思いますが、下手でもゴルフの経験が少しでもあれば、それなりにスイングの話を聞くことができます。これと同じで、技術がわからなくても、少しでも勉強していれば、理解度はまったく変わってきます。私はリポジションのたびに本を買いあさり、必死で勉強しました。そのうえで素直に教えを請えば、少なくとも無下にされることはないでしょう」
出井氏は、40歳を超えたら「第3の時間を持つ」ことも勧める。
「第3の時間とは、仕事でも家庭でもない、1人でじっくりと物事を考えられる時間のことです。このような時間を持たないと、リポジションのような大事な決断はできません。日本のビジネスマン、とくに家庭を持っている人は、他国のビジネスマンと比べて、この時間が圧倒的に少ないと思います」
出井氏も、多忙の合間を縫って、強制的に「第3の時間」を捻出していたそうだ。
「たとえば、一人旅によく行きました。配偶者が許してくれないかもしれませんが、それなら出張と組み合わせればいい。朝早く出発し、新幹線のこだまに乗ってゆったり行けば、考える時間が作れるでしょう」
忙しいというのは言い訳にすぎない。時間を捻出する方法などいくらでもあると言う。
「たとえば、飲み会を一次会で帰れば1~2時間は捻出できる。『付き合いが悪いと出世できない』と心配する人もいるかもしれませんが、会社もそこまでバカではありませんよ。自分の時間はついないがしろにしがちですが、これを確保するかどうかで、あなたの価値が決まると思います」
更新:11月22日 00:05