2014年01月31日 公開
2013年(昨年)のプロ野球ペナントレースは、東北楽天ゴールデンイーグルスの優勝で幕を閉じた。読売ジャイアンツを死闘の末に倒し、球団創設9年目で初めて手にした日本一の栄冠は、東日本大震災で被害を受けた東北のファンのみならず、日本中の人に勇気と感動を与えた。
その中で、前人未到の記録を打ち立てたエース・田中将大投手とともに注目を集めたのが、2012年8月に外資系証券会社から転身し球団社長となり、1年で優勝を成し遂げた立花陽三氏だ。まったくの異業種に飛び込んだ立花氏に、どのような思いを持って仕事を成し遂げてきたのかをうかがった。
<『THE21』2014年2月号より/取材構成:山口雅之/写真撮影:鶴田孝介>
[立花陽三氏のプロフィール]
1971年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒。高校一大学時代はラグビー選手としても活躍。大学卒業後はソロモンブラザーズ証券に入社。その後、ゴールドマン・サックス証券を経てメリルリンチ日本証券入社。2011年、同社常務執行役員就任。その後、2012年8月から現職。2013年には球団史上初の日本一を達成する。
「優勝と黒字化」。これが、立花氏が球団経営を引き受ける際、三木谷浩史球団オーナーから課せられたミッションだった。しかし、それまでAクラスが1度だけ、初年度以外は営業損益も赤字続きだった球団の状況を考えれば、簡単には引き受けられなかったはずだ。
「確かに、周囲からもよくそう言われます。でも、たとえばビジネスの世界で事業を起こし、業界トップに立てる確率は、おそらく数万分の1以下です。それに対してパーリーグは6球団ですから、確率だけで言えば1位になる確率は6分の1。しかも毎年全球団ゼロからいっせいにスタートする。素人ゆえかもしれませんが、確率でいえばそれほど低くないのではないか、と考えたのです。
黒字化については、プロ野球参入の際に球場改修に投じた総額約90億円の減価償却費を除けば収支はほぼイーブンでしたから、舵取りさえ間違わなければ十分可能だと感じていました。
結果、優勝という成果を上げることができ、黒字化も達成できそうな状況です。ただ、これは私の力というより、その前の8年間で行なってきたチーム作りが正しかったからです。1年間だけ何かやったところで、優勝できるはずがありません」
しかし、強くなれば選手の年俸も上がる。優勝と黒字化を両立させるのはなかなか難しい。
「実際、私も最初三木谷オーナーに『どちらを優先すべきですか?』と聞いたくらいです。でも、やはり『強いから、優勝するから黒字化する』ということに
尽きると思います。強ければお客様は球場に足を運んでくれ、グッズも売れます。実際、優勝した昨年は、観客動員数が対前年比8.8%増の128万1087人、グッズの売上げも約8億円から約16億円に増えました。また、CS(クライマックス・シリーズ)や日本シリーズに出場すれば、テレビ中継の放映権も入ります。強ければ何でもいいわけではありませんが、やはりチームが強いということが、球団経営にとって一番重要なファクターであることは間違いありません」
とはいえ立花氏は、野球に関しては門外漢。そこで、元外資系金融マンとしての経験を活かし、緻密な数字分析でチームの弱点を突き止めていった。
「2012年のイーグルスは、全試合の総失点数が467。これはリーグ3番目の少なさです。一方、総得点数は491で、こちらはリーグ第4位。また、チーム本塁打の52本はリーグ最少でした。課題は守りよりも攻撃面、特に長打力のなさが得点力不足につながっているのではないか。そう思って打線を見ると、いい中距離打者はいるが、クリーンアップを安心して任せられる長距離打者が見当たりません。さらに、一般的に左打者は左投手に弱いと言われます。ほんとうにそうかは別にして、イーグルスのレギュラーには左打者が多く、相手の左投手に抑え込まれて敗れる試合を何度も見てきました。そこで、補強のポイントを『右打ちの長距離打者』に絞ったのです。そうして獲得したアンドリュー・ジョーンズとケーシー・マギーは、優勝に大きく貢献してくれました」
データ活用において重要なのは、データそのものではなく、「それを誰が知っているか」だと主張する。
「データそのものはどの球団も持っているものです。ただ、それをフロントだけでなく、監督、コーチ、選手全員で共有できてこそ、生きてくるのです。ジョーンズやマギーの補強も、データを見ながら星野仙一監督やコーチ陣と意見交換をして出した結論です。星野監督は怖い印象をお持ちの方もいると思いますし、正直、私も最初はそう思っていましたが(笑)、実際にはとてもクレバーで、こちらの話もよく聞いてくださる方です。
優勝したいまもそのスタンスは変わりません。たとえば2013年のイーグルスの総得点と総失点の差は91点。実は4位の福岡ソフトバンクホークスは98点で、数字だけ見ればうちより上なのです。それでも優勝できたのはまさに現場の力ですが、フロントとしてはこの『七点の差』を埋めなくてはならない。ただ頑張ろうではなく、データをもとに課題を明確にし、現場とフロントが一体となって課題解決に取り組むための『共有化』こそが重要なのです」
ただ、補強には大金が動く。その責任を負うのはあくまで球団社長だとも言う。
「たとえばジョーンズはメジャーリーグで通算434本塁打を打った大物で、その実力は誰が見ても明らかです。でも、イーグルスの中心選手にふさわしい野球観や人間性の持ち主かどうかは、実際に会ってみないと判断がっきません。彼とはアトランタのレストランで4時問かけて話し合いました。その結果、彼の野球に対する情熱やプレイヤーとしての自信と誇りは我々にとって必要であり、投資金額に見合うと確信でき、その日のうちに契約を結んだのです」
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更新:11月25日 00:05