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安田道男(俺の株式会社常務)・元エリート証券マンのビジネス発想術

2013年07月29日 公開
2022年12月28日 更新

安田道男(俺の株式会社常務取締役)

安田道男

俺の株式会社が展開する「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」は、有名シェフの料理を手頃な値段で味わえることで人気のレストラン。

高級食材を惜しげもなく使った料理は、原価率が40%を超えるという。その代わり、立ち飲みにすることで客席の回転を3回転にして、利益を伸ばしている。

この常識破りのビジネスモデルを成功させたのが、同社・坂本孝社長と、その右腕として活躍する安田道男常務。証券業界から飲食業界に転じた異色の経歴の持ち主だ。既成概念にとらわれないアイデアを生み出すための、考える習慣についてうかがった。(取材構成:前田はるみ/写真:永井浩)

※本稿は、『THE21』2013年8月号 [総力特集・1分で「考える技術」]の内容を、一部抜粋・編集したものです。

 

考えるポイントをフォーカスせよ

安田道男

「考える習慣と言っても、何も特別なことをしているわけではなく、常に仕事のことを考えるということです。

質問にすぐに答えることができたり、他人が思いもよらない発想をする人のことを『頭の回転が速い』と表現しますが、それは頭の回転が速いのではなく、そのことを常に考えて準備しているから、すぐに答えることができるのでしょうね。

上司から見て優秀だと評価できる部下は、上司に対して多くの判断材料を提示できる人です。私の場合、上司から仕事を頼まれたときは、仕事の意図を踏まえたうえで、次のように対応するよう心がけてきました。

『この場合、A、B、Cの3つのやり方が考えられます。それぞれのメリットとリスクはこうです。これら3つのうち、私はこの理由からAがふさわしいと思いますが、ほかの2つにも私が気づいていない利点があるかもしれません』

このように選択肢を多く提示することは、上司の判断材料になるだけでなく、さまざまな事例を想定することで自分の頭が整理され、仕事にスピード感が出てきます。

一方で、上司を因らせる部下の対応は、頼んだ仕事をやらずに放っておくパターンです。

『自分はそうは思わない』といった理由で放置しているのかもしれませんが、そうすれば上司がいつか忘れてくれるのではと思っているところが問題ですね。その人は、お客様のことでも会社や上司のことでもなく自分のことばかり考えているのです」

日頃からの準備が大切だといっても、闇雲に考えていては、時間の無駄である。優先して考えるべきことは何だろうか。

「私が優先的に考えることは、いつもシンプルです。要するに利益を生み出すかどうかです。来店されるお客様は、弊社が利益を出していることを知りながらも、お金を使ってくださいます。それは、我々のサービスの価値を認めているからです。

反対に、一生懸命にやっても利益が出ない仕事は、世の中がそれに対してお金を払おうとしていない、つまり価値がないと考えられているわけです。そんな仕事に思考を費やすのは、単なる自己満足でしかありません。

私がいつも、資本主義が偉大だと思うのは、正々堂々と勝負する限り、利益が出ていることは正しいことだからです」

 

自分が置かれた現実を直視せよ

利益を生まないことに頭を使うのは、ビジネスマンとして「頭が悪い」と言わざるを得ない。しかし、儲けの出ないことにせっせと膨大な時間を費やしている人が多いと安田氏は指摘する。こういう人たちの典型的な思考パターンには「ノスタルジー」と「憧れ」があるという。

「『ノスタルジーは会社を潰す』という言葉をご存じですか? 昔を懐かしみ、『あの頃はあんないいことがあった。あのときのことを思い出してがんばろう』などと考えていると、会社を潰してしまうという意味です。

世の中はつねに進歩しており、お客様にとってよいもの、便利なものも変化し続けています。目を向けるべきは、昔の良かった時代ではなく、今の時代です。

今のお客さまの声に耳を傾けることでしか、新しいものを生み出していくことはできません。過去に思いを馳せるのは、現実逃避以外の何物でもありません。

もう1つ、『憧れは会社を破滅させる』という言葉があります。これは、自分の相対的優位性を見誤り、憧れだけで新しい分野で勝負しようとすると失敗するという意味です。

いわば、夢だけにとらわれているビジネスマンです。極端な例でいえば、イチローほどの優れた運動能力を持つ人が、将棋の世界でトップを目指そうとするようなものです。

夢を見ることは悪いことではありませんが、相対的な優位性とは、生まれ持った才能や、自分がすでに保有しているものの中にあります。ところが、すでに持っている才能には目を向けず、努力して獲得したものだけが価値があると考えがちです。

いわゆる、ないものねだりです。そうではなく、自分にすでに備わっているものの中から、相対的優位性が発揮できる闘い方を探るほうが、現実的であり、儲けにつながる可能性が高まります」

ここで安田氏は、憧れと相対的優位性の見極めにおいて命運を分けた例を挙げた。憧れで勝負しようとして敗れたダイエーと、優位性を見棲めて成功したイトーヨーカドーである。

「以前、ダイエーが百貨店事業に参入し、失敗に終わったことがあります。スーパーを経営する人は、百貨店の経営に憧れを感じるものかもしれません。

しかし、考えてもみてください。スーパーが経営する百貨店に対して、消費者は魅力や価値を感じるでしょうか。この例はまさに、自分たちの才能を見誤った結果だと私は思います。

一方で、イトーヨーカドーがすばらしいと思うのは、スーパーを経営しながらセブン・イレブンという雑貨屋を始めたことです。スーパーはもともと、地元商店の客を奪いながら大きくなってきた経緯があります。普通に考えれば、自分たちが踏み台にしてきた業界へは参入しないでしょう。

イトーヨーカドーは、スーパーの運営で培った在庫管理などのノウハウがあれば競争優位性を発揮できると考え、あえて規模や商圏の小さな雑貨屋に参入したのです」

俺の株式会社は、坂本社長も安田常務も異業種からの参入組である。「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」を始めるにあたり、自分たちの優位性をどのように見極めたのだろうか。

「業界の主要プレーヤーのやることを真似しても、自分たちに勝ち目はありません。我々は業界では最後発の会社であり、巨大資本があるわけでもないので、調達や仕入れにおいて劣勢であることは目に見えています。

では我々の強みは何かと言えば、飲食業の素人だからこそ、業界の常識や既成概念にとらわれない自由な発想ができることです。加えて、坂本社長の存在もインパクトがあります。

ブックオフコーポレーションの創業者として古本業界で初めてチェーン展開を成功させ、シェアを6割にまで伸ばした坂本社長なら、飲食業でも何かすごいことをやってくれるに違いない。

そういった期待があれば、有名な料理人を集めることもできるはずです。それが自分たちの優位性になると考えました」

 

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