世界中のファンから支持され、今なお発展を続ける日本のコミック業界。日本で優れた作品が生み出され続ける理由は何なのか。
そして、急激な技術革新を起こしたAIは、コミック業界にどのような影響を与えるのか。『ラブひな』や『魔法先生ネギま!』の作者として知られ、現在は参議院議員を務める赤松健氏に話を聞いた。
※本稿は、『THE21』2023年11月号「コミック業界好調の真因とAIが変える未来」より、内容を一部抜粋・編集したものです。
――3年連続で過去最高の売上を更新するなど、コミック業界の勢いが止まりません。その要因は何なのでしょうか。
【赤松】コロナ禍での巣ごもり需要などもありますが、最大の要因は、電子化の波にうまく乗れたことでしょう。
下のグラフを見れば明らかですが、直近数年の紙媒体の売上は、最盛期の半分程度になっています。ただ、それを補って余りあるだけの実績を電子媒体が残せているため、結果として業界全体が潤っていると言えます。
――とはいえ、コンテンツが多様化した現在でもなお、ここまで愛されるのは不思議です。
【赤松】コミックを制作するコストはアニメや映画と比べて低いため、先鋭的な作品にも実験的に挑戦しやすいです。
そもそも描き手が多いという日本の文化的土壌もあって、個性豊かな作品が次々と生み出されているのが、世界中の人々を魅了している理由の一つではないでしょうか。
そして、それらの作品の中で売れたものが、アニメ化や映画化につながる。その企画段階でも、絵を見れば世界観がひと目で理解できるというコミックの特徴がプラスに作用します。
そして何より、日本でのコミック文化がここまで栄え続けているのは、表現の自由が担保されているからでしょう。日本のような、コンテンツの清濁併せ呑む国は、自由な活動を求めるクリエイターにとっては憧れの地となっています。
中国の言論弾圧などは有名ですが、知られていないだけで規制が行なわれている国も少なからず存在します。例えば、ある程度パロディが合法化されているフランスでも、日本の同人作品のように、自由な二次創作はできないのです。
――表現の自由が担保されている安心感が、創作活動に活気を与えているのでしょうか。
【赤松】そうですね。近年では韓国が国を挙げてサブカルチャーに力を注いでいます。先ほどお話しした電子媒体についても、「LINEマンガ」や「ピッコマ」といった大手サイトは韓国系企業が運営しています。
ただ、韓国で『SLAM DUNK』や『ドラゴンボール』といった世界的な大ヒットコミックが生まれているかと言えば、現状ではそうとは言えません。
日本が大ヒット作を生み出せる要因として、表現の自由の存在は小さくないでしょう。
2022年より参議院議員を務める赤松氏。基本政策は「表現の自由を守る」「日本の『文化GDP 』倍増化計画」など。
――表現の自由の保護は、赤松さんが参院選に出馬された際の公約でもありますね。
【赤松】はい。昨年、国連女性機関が日本経済新聞に掲載された広告に対して抗議したことからもわかるように、今や表現規制の圧力は国外からもかけられる時代であり、我々はそれに対処しなければなりません。
現状、国内からコミックやアニメを規制しようという法律ができる可能性は低いと思います。ただ、国際的にそのような内容の条約を結んでしまうと、それに準じた形で国内法を整備しなければならなくなるので、それは避けなければなりません。
――我々、一読者としては、表現の自由を守るために何ができるでしょうか。
【赤松】発信力があって、表現の自由を守ると公言している人を応援してください。
私と共に「表現の自由を守る会」を立ち上げた山田太郎氏が、19年に54万票を集めて当選しました。それだけの票を背負った議員が「自分は表現の自由を守るために当選したんだ」と言えば、少なくとも党内では規制法案を通そうという流れには、なかなかなりませんから。
今年漫画家デビュー30周年を迎える赤松氏。左の写真は、日本文化の総合博覧会「Japan Expo 」に参加し、現地のファンと交流する様子。
――近年ではAIを用いたイラスト作品が急増しています。表現の自由や著作権などの権利問題は発生するのでしょうか。
【赤松】AI作画について現在議論されているのが「学習元データの透明性」です。AIが画像を生成できるようになるためには、時に何億枚という既存のイラストを学習する必要があるのですが、それが著作権者から許諾を得ていない「無断学習」であるとして、一部から批判の声があがっています。
とはいえ、AIにイラストを学習させること自体に何ら違法性はなく、「無断学習」という言葉そのものが本来は誤りです。
私としては、AIイラストを商業利用しようという段階で、学習元となったクリエイターに何らかの方法で利益が還元されるといった形になるのが好ましいと考えています。
何億枚にも及ぶイラストの作者に利益の一部を等分するというのは不可能なので、音楽業界におけるJASRACのような包括的に管理できる機関か、何らかの基金を設立することで、業界全体のために利益を活用するのが現実的な方法ではないでしょうか。
あるいは、学習済みの生成AIを公式で販売してしまうという方法も考えられます。例えば、鳥山明先生の画風でイラストを生成したい人は、公式の鳥山明モデルの生成AIを購入すれば、自由に使ってよしとします。
そうすれば、公式以外のAIは海賊版として扱うことができるため、ある程度コントロールできるわけです。また、学習元のクリエイターに直接的に利益を還元できます。
そもそも現時点ですでに生成AIはいたるところで利用されていて、今後も加速していくことでしょう。すでに走り始めた技術である以上、禁止の方向で訴えかけるというのは、無理なのではと考えています。
――自分のイラストを学習されることや、自分と同等以上の作品が瞬時に生成されることに対して悲観的なクリエイターも散見されます。
【赤松】自分のイラストを学習されたくないというクリエイターに関しては、「ここに投稿されたイラストはAI学習されません」という、ゾーニングされたプラットフォームを作ることで、安心感とモチベーションにつながるのではないでしょうか。
そこではAIで生成されたかどうかの判定技術や、フェイクニュース対策の技術も進むことでしょう。
「AIが自分より上手いイラストを描くようになってしまった」という方もいるでしょうが、チェスや将棋の世界を見てください。AIが人間より強くなって久しいですが、今でも多くの人に楽しまれています。
コミックの世界においても、絵を描くことそれ自体の楽しさを思い出していただければと思います。
更新:12月04日 00:05