2025年02月27日 公開

日々仕事が忙しくて定年後のことを考える余裕なんてない──そんな50代も多いのではないだろうか。しかし、「定年後の居場所のなさに途方に暮れている人が増えている」と、博報堂でシニアビジネスの専門部隊に携わる三嶋浩子氏は指摘する。充実した定年後を迎えるために、「未定年」のうちにしておきたい学び直しとは?(取材・構成:林加愛)
※本稿は、『THE21』2024年2月号の掲載記事より、内容を抜粋・編集したものです。

定年後の人生について、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。仕事から解放されて、自由気ままな毎日を満喫......という方は、実は少な目。実際には、その「自由」を楽しめていない方が多くを占めます。
シニア世代にヒアリングを行なっていてしばしば出会うのが、「行き先探し症候群」に陥っている方々です。何もすることがなく、家にも居づらく、どこに行けばいいかわからない。日がな一日どこかで時間をつぶしつつ「明日はどこに行こう?」と途方に暮れる。そんな方が増えているのです。
さて、現在50代の皆さん。このような毎日が皆さんにも訪れると言われたら、どう感じますか?
私が属している「博報堂シニアビジネスフォース」では、定年を控えた世代、主に40代後半から50代の方々を「未定年」と名づけています。言わば定年世代の予備軍ですが、定年後を見越して準備を始めている方はほとんどいません。「まだまだ仕事が忙しく、将来のことを考える暇がない」という方が大多数です。
しかし遠からず、その忙しさは終了します。そのときもし、何もすることがなかったらどうなるでしょう?
そう、未定年世代は本人が思う以上に、危機的状況にあるのです。日々の多忙さと「心中」することなく、ぜひ今のうちから準備を始めていただきたいと思います。

「準備」のうち、とりわけ重要な柱となりうるのが本記事のテーマ、「学び直し」です。近年、学び直しは一種のホットワードとなっています。しかし実は、何かと誤解を伴いがちな概念です。
例えば、「リスキリング」との混同。リスキリングもブームになっている言葉ですが、学び直しとはまったく意味が違います。
リスキリングは、社会的要請に基づき、企業や組織が行なうものです。ITなどの成長分野に人材を移動させるべく、社員にスキルを学ぶよう奨励し、環境を整える。つまり主体は企業にあります。
対して学び直しは、本人の意志が起点になります。学ぶ内容は本人次第、その先に設定する目的も様々。非常にパーソナルな、個々の生き方に関わるものです。
学び直しで、とりわけ大事なポイントは「目的」です。時折、目的を設定せずに学び直しをしてしまう方がいます。知的関心が高いのは良いことですが、どう活かすかという視点なしに「ただ学ぶ」だけでは、適切な準備にはなりません。
私が通った大学院の仲間にも、そのタイプの方がいました。
Aさんは52歳、二児の母。国家公務員を務める傍ら週4日大学院に通い、誰よりも多くの講義を履修し、いずれにも優秀な成績を収めています。さらには海外からの留学生のホストマザーなどの活動にも熱心。学力も意欲も抜きんでた、エネルギッシュな女性です。
問題は、そんな彼女が今なお「迷っている」ということです。将来的には大学で教えたいと考えているそうですが、「何を?」と問うと答えはあいまい。仕事の延長線上の学問でもなし、といってほかに「これだ」と言える分野が見つかっているわけでもなし。好奇心の赴くまま手あたり次第に学び、絞り切れずにいるのです。
Aさんのケースは、「タイパ」の悪い学び方の典型例。若い頃と違って、残された時間は限られているにもかかわらず、「学ぶのが好き」だけであれこれ手を出すのは非効率です。
ここは、「どうなりたいか」を最初に考えるのが正しい順番です。キャリアアップによって収入を維持する、特定のスキルを使って人の役に立つなど、目指す姿は人それぞれでしょうが、いずれの場合も、そのイメージから「逆算」して、何を学ぶかを決めることが大事です。

「どうなりたいかわからないから、何を学ぶかもわからない」というときは、人生の「棚卸し」をしましょう。自分自身がどう生きてきたか、どんな価値観を持っているかを分析するのです。
棚卸しをするには、「書き出す」ことが有効です。そこで役立てていただきたいのが、「人生の見落とし点検表」です。過去から現在を振り返り、①成果、②失敗、③出会い、④気持ちの4つの観点から、経験を書き出してみましょう。
事実関係だけでなく、「気持ち」を書く欄も設けてあるのがポイントです。思いや感情は行動の原動力であるにもかかわらず、会社員として粛々と働くうち、めったに振り返らなくなるものです。ここを掘り下げると、忘れていた思いを再発見できます。
子ども時代の経験を書く欄もあります。遠い記憶を掘り起こす意義は、社会人時代以上に大きいでしょう。好きだったこと、褒められたこと、やり残したこと。これらの中にも、今後の生き方のヒントが隠れています。
より細かく見直したいときは、厚生労働省のホームページにある「ジョブ・カード」も助けになります。これは就活中の学生やネクストキャリアを意識する人向けの自己理解用フォームですが、学び直しをしたい人にも非常に有効です。
ジョブ・カードには「キャリア・プランシート」「職務経歴シート」「職業能力証明シート」の3種があり、とりわけお勧めなのがキャリア・プランシート。価値観や関心事、認識している強み、取り組みたいことなどの欄を埋めていくことで、忘れていた経験が蘇ったり、重視していなかった長所を見直せたり、何に喜びややりがいを感じるのか気づくこともできます。自分がこれから得るべきものが何か、も見えてくるでしょう。
一人ではうまく棚卸しできそうにない、という方にも、お勧めの方法があります。意外かもしれませんが、ハローワークに行くことです。
ハローワークの利点は主に2つ。一つは、キャリアコンサルタントのコンサルティングを無料で受けられること。相談相手がいれば考えもまとまりやすく、プロの助言を通して思わぬ発見も得られそうです。
もう一つは、「教育訓練給付金」の申請ができること。能力開発のための訓練や学びに際して、受講費の一部が給付されるのですが、対象となる資格や講座は約1万5000もあります。多くの人はその存在を知らないか、知っていても「多すぎて選びづらい」と感じがちですが、ここもキャリアコンサルタントのアドバイスを受ければ万全。少ない負担で最適な学び方に出会える場として、存分に活用できます。

棚卸しをしっかりと行なった方は、これまで培ったスキルとは「まるで違う新しいこと」を学ぶ必然性は生まれないと思われます。過去から現在のストーリーと連続性を持った、今後進むべき道が見えてくるからです。
学び直しの成果を最大化する方法として、私が提唱するのは「トッピングスタディ」。これまで行なってきた仕事やスキルを「太らせる」ような知識や技能を付加する学び方です。
再び、大学院で出会った方の例を挙げましょう。
Bさんは、大手建設会社でビル設計に携わる一級建築士。彼がそのキャリアを「太らせる」べく学んだのが、「ヘリテージマネージャー(地域歴史文化遺産保全活用推進員)」の知識です。ヘリテージマネージャーは、文化遺産を継承・伝承する専門職。働きながら養成講座に通い、資格取得後、さらに55歳で大学院に入学。都市経営の修士号を得たあと、芸大の博士課程に進んでいます。
定年後は個人事業主として働きたいと考えているBさん。ヘリテージマネージャーというトッピングがあることで、数多くの同業者から一歩抜きんでた存在となるでしょう。
私自身の例も紹介しましょう。私はコピーライターとして長年キャリアを積んできましたが、周囲には優秀なコピーライターが数多くいて、60歳以降も生き残りたいならこのままではいけない、と考えました。
そこで、キャリアを「太らせる」ために、キャリアコンサルタントの資格を取得しました。一見コピーライティングとは別分野のようですが、これもまた、トッピングスタディです。
キャリアコンサルタントを意識したきっかけは、4年前、同志社女子大学の非常勤講師として、コピーライティングを教え始めたことです。この授業はコピーライターを育てるためというより、コピー制作のノウハウを、就活のエントリーシートなどの文書作成スキルに役立てることを主眼としたもの。生徒から受ける質問や相談も就活に関するものが自然と多くなり、その中で、よりきちんとしたアドバイスができるようになれれば、と考えたのです。
このように、すでにあるスキルと、別分野の学びを「掛け合わせる」ことも、仕事や人生の幅を広げるうえで有意義な方法と言えるでしょう。
一方、「定年後は、これ以上キャリアは要らない」という方もいるでしょう。そんな方は、趣味を楽しんだり、仲間と交流したりできる「居場所」を求められるだろうと思います。冒頭に述べた「行き先探し症候群」を避けるためにも、そうした場所は欠かせません。
ただしここには一つ、盲点があります。趣味や交流、すなわち「自分が何をしたいか」だけで考えると、居場所を得ても、徐々に味気なくなりやすいのです。
今の生活が多忙なほど、「退職後はやりたいことをやるぞ」という思いは強まるもの。好きなときに好きなだけゴルフ三昧だ、と楽しみにしている方も多いと思われます。
しかし、実際にその生活に入られた方々の話を聞くと、楽しいのは最初の3カ月だけなのだとか。平日働いて週末に遊ぶから楽しいのであって、毎日となると楽しみも色あせる、と多くの方がおっしゃいます。
仲間も、趣味や楽しみだけでつながっていると、時として仲たがいすることもあるそう。とりわけ、技術を競うような趣味であれば妬み嫉みが生まれやすい傾向があります。
ですから、居場所を考えるときは、したいことや好きなことだけではなく、もう一つ、軸を加えましょう。
名づけて、「してさしあげる精神」。人のため・社会のために何ができるか、を考えることが、良い活動の場に出会う秘訣です。誰かのために、という目的があれば、そう簡単に飽きは来ません。少々の人間関係トラブルが起こっても、それ以上の喜びを得られます。
誰かの役に立つと、承認欲求が満たされます。「ありがとう」と言われれば免疫力が上がるとも言われており、若さや健康を保つ効果も大いに期待できそうです。
以上のように、定年後に向けた準備や心がけは数多くありますが、もう一つ知っておいていただきたいのが「偶然」を引き寄せる生き方です。
キャリア論の大家であるJ・クランボルツ教授は、『計画された偶発性』という理論を提唱しています。すなわち、「人のキャリアの8割は、偶然の出来事によって決まる」。
にわかには信じがたいですが、振り返ると思い当たるのではないでしょうか。社会人になって配属された部署、携わった仕事内容、出会った人はたいてい偶然であり、それらが積み重なった先に、今の自分があります。とすると「これからの自分」も、多くの偶然によって形成されていくことになります。
そこで「良い偶然」に出会えたら、セカンドキャリアも含めた今後の人生が、大いに充実するでしょう。クランボルツ教授は、「良い偶然」をつかむために必要な精神性を5つ示しました。
それは、①新しい学習の機会を絶えず模索する「好奇心」、②失敗に屈せず努力し続ける「持続性」、③新しい機会は必ずやってくると信じる「楽観性」、④一つの行動や態度にこだわらない「柔軟性」、⑤リスクを取って行動できる「冒険心」です。
この理論を踏まえて、私からお勧めしたい習慣があります。5つの気持ちを携えつつ、毎日の出来事に絶えず問いを投げかける「ライフ・パトロール」を、実践してみてください。
一つの仕事を仕上げたら「この中に自分の強みがあるかも?」、人と知り合ったら「何かチャンスにつながるのでは?」というふうに。映画や小説、目に映る風景などすべてのものに対して、「こういうものが自分は好きなのかも?」と問いかけることも有効です。
人生の沿道にもう一人の自分を立たせ、「出会いの種」を探りながら日々を送りましょう。この先の人生をより豊かにする鍵は、皆さん自身が握っているのです。
更新:03月03日 00:05