
日々、多忙なビジネスパーソン。限られた時間の中で、いかに効率良く知識や教養を身につけるかは、常に頭を悩ませる問題だろう。本連載では、そんな悩みを抱えるビジネスパーソンに、スキル向上に役立つ書籍を厳選してご紹介する。今回は、渡邉雅子著『論理的思考とは何か』(岩波新書)を取り上げる。

「この資料、ロジックが通っていないよ」「もっと論理的思考を鍛えないと」――ビジネスパーソンなら、一度は耳にしたことのある指摘だろう。
しかし、私たちが「論理的思考」と呼んでいるものは、果たしてどこまで普遍的な"正しさ"をもつのだろうか。上司の語る「ロジック」が、実は単なる一つの思考様式に過ぎない可能性について、深く考えたことはあるだろうか。
本書『論理的思考とは何か』は、私たちが日常的に使う「論理的思考」という概念が、どのような思想伝統に根差したものであるかを明らかにする。
そのキーワードは「実質論理」である。
論理学の入門書を手に取り、そこで扱われる"形式論理"の記号や厳格なルールに圧倒された経験をもつビジネスパーソンは多いはずだ。本書は、それらを必要最小限に紹介しつつ、あくまで実社会で活用される「実質論理」に主眼を置くことで、読み手にとってより身近な視点を与えてくれる点が特徴的だ。
著者である渡邉雅子氏は、「目的によって適切な論理的思考は異なる」という重要な観点を提示する。通常、ビジネスの現場で頻繁に耳にするのは、結論を先に提示し、ファクトを並べて最後に再度結論を示すアメリカ式エッセイ構造だ。短時間で経済合理的な意思決定を下すうえで、このスタイルは非常に効率的であるため、ビジネスの領域で支持されているのも当然だろう。
一方、本書ではフランスのディセルタシオン、イランのエンシャー、日本の感想文といった、まったく異なる目的や文脈で培われてきた論理的思考の体系も紹介される。
ディセルタシオンは「政治」の領域で異なる意見を糾合し、エンシャーは「法」の領域で確固たる真理を導くための手がかりとなり、感想文は「社会」の領域で共感や理解を育む。つまり、どの思考法が最適かは、何を達成しようとしているかによって変わるのだ。
近年、相手の感情を軽視し、正論を振りかざして論破するような行為が「ロジカル・ハラスメント」として問題視されている。本書は、そうした行為が「論理的思考」の多様さを理解しない無知の表れであるという事実を提示している。
アメリカ式エッセイ構造は結論に素早く到達するために洗練された手法かもしれないが、それだけで人間は動かない。とりわけ合意や納得が不可欠な場面では、日本の感想文に象徴される共感的な思考が力を発揮する。
「論理的思考」の多様な形を知ることこそが、より豊かなコミュニケーションや問題解決を可能にする第一歩なのではないだろうか。
結局のところ、「論理的思考」とは単なる結論ファーストやファクト重視だけを指すのではなく、場面や目的に応じて多彩に使い分けられるべきものだ、というのが本書の核心的主張である。
ビジネスの現場でも、結論ファースト型のアプローチではかえって行き詰まることがあるかもしれない。そんなときこそ、本書を通じて自分自身の思考法を振り返り、さらにバリエーションを増やす契機にしてほしい。
自分が知らなかった「論理」の世界を覗くことで、実践的かつ柔軟な思考力を身につけるヒントが見つかるに違いない。
更新:03月29日 00:05